その恋、叶えたいなら「野性」に学べ! 『パンダより恋が苦手な私たち』試し読み②

文字数 4,054文字

動物たちの求愛行動をヒントに、人間の恋の悩みをスパッと解決!?

イケメン変人動物学者とへっぽこ編集者コンビでおくる、笑って泣けるラブコメディー「パンダより恋が苦手な私たち」がいよいよ6月23日発売されます! その刊行を記念して、試し読みを大公開!

今日は「第1話 失恋にはペンギンが何羽必要ですか? ①」をお届けします!


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第1話 失恋にはペンギンが何羽必要ですか? ①



目の前に、五枚のメモ用紙がババ抜きのように広げられる。

「さぁ、一枚引いて」

 メモ用紙の向こうでは、紺野先輩が真剣な表情で見つめていた。

 切れ長の目に茶色く染めた肩までのストレート。勝手なイメージだけど、ノーカラーのジャケットを着こなせたら仕事ができる人だと思う。

 入社以来、私はずっとこの人に仕事を教わってきた。

 人気記事を連発する編集部のエース、所沢在住の熱狂的な西武ライオンズファン、ノーカラーのジャケットを華麗に着こなす三十一歳独身。

「いっとくけど、どれもあたしが死ぬ気で通した企画だからね。やるからには、本気で良い記事にしなさいよ」

「わかってます。それ、三回目ですって。もういいですか、引きますよ」

 真ん中のメモ用紙に指をかけた瞬間、先輩の細い目の奥がギラリと光った。どうしてもやりたい企画だったらしい。それなら初めから外しといてくださいっ。

 一枚右にずらすと、小さな舌打ちが聞こえる。さらにもう一枚右にずらす。今度は、すんなり引かせてくれた。

 私たちが担当している雑誌『リクラ』の五月号の企画を決める編集会議が行われたのは、三日前のことだった。

 私が出した七件の企画はすべてボツ。先輩は十件出して、五件が採用された。記事は、企画を出した人が担当者になる。つまり、デキる人に仕事が集まる仕組みだ。

 でも、今回はさすがの紺野先輩もキャパオーバーだったようで、編集長から一件を私に回すように指示が出た。その運命の引継ぎが、このババ抜きだ。

 編集会議では、雑誌に載せる記事をざっくり三種類に分類している。

 その月の目玉になる特集企画、表紙にも大きく載って売り上げに一番影響する。二つ目が、それ以外の小さな企画。特集に比べるとコンパクトで、ページ調整のために削られたりもする二番手の記事だけど、その分、ちょっとした冒険もできて意外な反響を得られたりするので侮れない。そして三つ目が、複数号にわたって掲載する連載企画。一つのテーマに絞った記事や芸能人のエッセイなどを常にいくつか載せている。

 私が引いたのは三つ目、連載企画だった。

 企画タイトルは『SNSと連動した読者参加型の恋愛コラム』。

 思わず、最後の五文字を二度読みする。恋愛コラム。噓だろ。

「……これ、会議で最後に決まったやつですよね?」

「そう。うちのSNSのフォロワーとかホームページを見に来る人とかって、他誌に比べて少ないのよ。圧倒的に。それで、ネットと連動した企画を出せって編集長から言われて、とりあえず出したのがこれ」

 シンプルな企画だった。雑誌のホームページに特設コーナーを作って読者から恋愛相談を受け付ける。寄せられた相談のうち、明らかにアウトなものを除いて、ホームページと雑誌のSNSアカウントで公開する。読者から共感できるものに「いいね」をつけてもらい、一番支持を集めた恋愛相談をテーマにして著名人が恋愛コラムを書くというものだ。

 会議では、コラムニストは「リクラ読者層の知名度が高く、過去に熱愛報道などで騒がれた著名人」となっていて、数名の候補者リストがついていた。企画自体はシンプル、読者が興味を持つかどうかはコラムニスト次第だろう。

『リクラ』は、二十代後半から三十代前半の働く女性をターゲットにした、習い事や家で出来る趣味などの新しいオフ時間の提案をメインにした雑誌だ。タイトルの意味は、雑誌の立ち上げ当初のコンセプト「リラックス・リフレッシュ・リリースな暮らし方」を縮めたもの。

 話題の料理教室や英会話教室の体験レポート、自宅でできる脚が細くなるストレッチ、これから流行りそうなインテリア雑貨の紹介など、隙間産業を狙うようにひたすら習い事や趣味についての記事を取り扱っている。ライバルが少ないこともあり、五年前の創刊以来、好調な売り上げを維持していた。

 雑誌のターゲット層は既婚者かシングルかを限定していないので、恋愛コラムの連載は雑誌コンセプトとしては問題ない。既婚者でも恋愛記事を楽しみにしている読者は多いというデータもある。自分の恋愛がひと段落しても、みんな興味があるらしい。

「どう、やれそう?」

「自信ないです。他の企画にしてもらえませんか? 他なら、なんでもやりますから」

「んー。でも、クジ引きだし」

「ほとんどやらせでしたよねっ。恋愛コラムの担当なんて……私、そんなに恋愛経験ないですよ。先輩の方が、読者の気持ちがわかるんじゃないかと」

 そこで、地雷を踏んだことに気づいた。

 編集部のエースは、耳に掛かっていた髪を後ろに流しながら笑みを浮かべる。ただし、目はまったく笑ってない。西武ライオンズがクライマックスシリーズで敗退した翌朝と同じ表情だった。

「へぇ。私の方が読者の気持ちがわかるんだ。それって、私も恋愛が上手くいってないからってことかな? 恋愛相談する側の気持ちがわかるって言いたいのかな? あんたも言うようになったねぇ」

 うわぁ。やばい。先輩のめんどくさい部分が出てきた。

 紺野先輩は、飲み会のたびに彼氏ができないと愚痴っている。入社してからずっと聞いているので、少なくとも恋人いない歴は三年オーバー。そして私は、恋愛経験は少ないけれど、五年間付き合っている恋人がいる。半年前から同棲中。

「あの、そういう意味ではなくてですね。先輩は、他の人の気持ちになるのが上手というか、読者の心がよくわかっていらっしゃるというか」

「冗談だって。そんなに必死な顔しないでよ」

 噓だ。一瞬、殺気を感じた。

 そもそも、なんでこんな企画出したんだ。編集長に言われて適当に出したら予想外に通って、私に投げたわけじゃないですよね!

「とにかく、恋愛コラムっていっても、あんたが書くわけじゃないんだから。書くのはコラムニスト、あんたは編集するだけ。ライターさんの記事をまとめるのと同じよ。だから、そう気負わないでいいよ」

「確かにそうですけど……そういえば、コラムニストって決まったんですか?」

「うん。リストの上から三番目の人」

 誰がコラムを書くかにかかってる企画だ。コラムニスト探しから、ということになると大変だったけど、さすがノーカラーのジャケットが似合う人は仕事が速い。

 ファイルから前回の編集会議の資料を取り出し、先輩の企画書に添付されていたリストを見る。会議中は自分の企画が通るかで頭の中がいっぱいで、ほとんど目を通してなかった。

 上から三番目。

 モデル。灰沢アリア。

 心臓が止まるかと思った。

「知ってる? 最近は雑誌もテレビでも見なくなったけど、昔、すっごい人気だった」

「……もちろん、知ってますよ。あの人が、コラムを書くんですか?」

「アリアって、当時はゴシップクウィーンでもあったでしょ? 色んな俳優やデザイナーと噂になってた。三十代になった彼女が恋愛を語るって、面白いと思わない? それにさ、『リクラ』の読者層って、私もそうだけど、彼女がブレイクしてたときに高校生や大学生だった世代なのよね。これ、話題になると思うな」

 確かに、先輩の言う通りだ。

 私が小学生のころ、彼女の名前を聞かない日はなかった。

 ティーンズ雑誌の専属モデルとしてデビューし、瞬く間にティーンエイジャーのカリスマになった。数々のコレクションに出演し、数えきれないほど雑誌の表紙を飾った。自由奔放な言動でバラエティ番組でも活躍していた。

 だけど、若者たちは常に自分たちと同じ年代のカリスマを求めている。

 アリアも二十代半ばになると露出が少なくなり、だんだん人気もなくなって、三年ほど前からぱたりと見なくなった。

 彼女のイメージを頭の中に並べる。超新星のように眩い光を放ち、いつの間にか芸能界から消えた伝説のスーパーモデル。かつての若者たちのカリスマ。元ゴシップクウィーン。

 そして、私にとっては、神さまだった。



6月17日公開「第1話 失恋にはペンギンが何羽必要ですか? ②」に続く!

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あらすじ

中堅出版社「月の葉書房」の『リクラ』編集部で働く柴田一葉。夢もなければ恋も仕事も超低空飛行な毎日を過ごす中、憧れのモデル・灰沢アリアの恋愛相談コラムを立ち上げるチャンスが舞い込んできた。期待に胸を膨らませる一葉だったが、女王様気質のアリアの言いなりで、自分でコラムを執筆することに……。頭を抱えた一葉は「恋愛」を研究しているという准教授・椎堂司の噂を聞き付け助けを求めるが、椎堂は「動物」の恋愛を専門とするとんでもない変人だった! 「それでは――野生の恋について、話をしようか」恋に仕事に八方ふさがり、一葉の運命を変える講義が今、始まる!

瀬那和章(せな・かずあき)

兵庫県生まれ。2007年に第14回電撃小説大賞銀賞を受賞し、『under 異界ノスタルジア』でデビュー。繊細で瑞々しい文章、魅力的な人物造形、爽快な読後感で大評判の注目作家。他の著作に『好きと嫌いのあいだにシャンプーを置く』『雪には雪のなりたい白さがある』『フルーツパーラーにはない果物』『今日も君は、約束の旅に出る』『わたしたち、何者にもなれなかった』『父親を名乗るおっさん2人と私が暮らした3ヶ月について』などがある。

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