今月の平台/『伝言』中脇初枝

文字数 2,212文字

ひら-だい【平台】…書店で、書籍や雑誌を平積みする台のこと。


書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!

毎月刊行される多くの文芸書の中から、現役書店員が月替わりで「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介します!

「今月の平台」担当書店員、

出張書店員内田剛さんの仕掛けたい1冊は――

『伝言』中脇初枝

 広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれている「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という碑文は多くの方の記憶に刻まれているだろう。しかし未だかつて地球上から争いが絶えたことはない。終結の見えないロシア・ウクライナ問題しかり、この国にも戦争に向かおうとする不穏な空気を感じざるをえない。戦争と平和は人類普遍の、そして現在進行形のテーマなのである。


 本書は太平洋戦争末期の満州が舞台である。醜い争いは「聖戦」とされ、誰もが祖国の勝利のためにすべての自由を捧げていた。学生だった「わたし」が秘密裡に工場で作らされていたのは、おぞましい人殺しの道具「風船爆弾」だった。知らぬこととはいいながら、犯した罪に対する後悔は、決して拭い去ることはできない。


 夕日の美しい大地、理想の国だと信じていた満州国は、実際には砂上の楼閣であった。敗戦の報を聞いた日本人たちは、我先にと土地を棄てて逃げ出していく。それまで支配されてきた中国人たちの反撃。新たに侵入したソ連兵からの虐待。自決用の青酸カリを身に忍ばせて、命がけの逃避行が繰り広げられる。


 極度の困窮によって八方塞がりとなった日本人たち。人間性さえも全否定された絶望の日々。数多の死を目の当たりにした重すぎる闇。こうした体験は絶対に後世に伝えなければならない。なぜなら我々が暮らしている現在はこうした「事実」の上に成り立っているからだ。「知る」ことからすべては始まる。読めば誰もが歴史の傍観者ではいられなくなるだろう。


 決して目を背けてはならない戦争の記憶を綴る。これは著者のライフワークといってよい。本書は2015年『世界の果てのこどもたち』、2019年『神の島のこどもたち』から連なる一冊。日本各地の昔話を収集し続ける中脇初枝は、まさに現在の「語り部」である。その真摯な眼差しは、いつも未来に、故郷に、そして子供たちに注がれている。彼女のような作家がいる限り、日本から平和の灯が消えることはないだろう。

現役書店員が今月「仕掛けたい!」と思う一冊は――

丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊


『十戒』

夕木春央 講談社


「決して殺人犯を見つけてはならない」度重なる要求を必ず守らなければ、身の危険が迫る緊張度マックスのミステリー! 真相にも衝撃でしたが、犯人が判明してからのラスト数行で背筋が凍りました。読み直し必須です!

紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さんの一冊


『ぎんなみ商店街の事件簿』 Brother編Sister編

井上真偽 小学館


多重推理の井上真偽がまたやってくれました。事件も手がかりも同じなのに、なんで別の作品が出来ちゃうの。Brother編、Sister編、2冊どちらから読んでも驚愕間違いなしの傑作です。

高坂書店 井上哲也さんの一冊


『恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ』

川上弘美 講談社


川上弘美さんの持たれている独特な世界観が好きだ。本作は自伝的私小説風かつエッセイっぽい掌編集であるが、主人公・八色朝見を通して描かれる世界は、やはり川上ワールドそのものだと思った。こんな歳の取り方も悪くない。

丸善丸の内本店 高頭佐和子さんの一冊


『恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ』

川上弘美 講談社


積み重ねてきた年月と経験があるからこそ、一緒に過ごした時間も、別々に生きた時間も、大切に思い合える穏やかな関係があるということに、この小説が気づかせてくれた。ずっと大事にしたい贈り物のような一冊。

紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみさんの一冊


『鵼の碑』

京極夏彦 講談社


17年ぶりの百鬼夜行シリーズ。17年前の『邪魅の雫』の頃の記憶が曖昧なのに本の内容は覚えてるのはなんででしょう? 「鵼」の謎解きもちろん、いつものメンバーがわちゃわちゃして「この世には不思議なことなど何もないのだよ」と言われる恍惚感たるや。

ときわ書房本店 宇田川拓也さんの一冊


『鵼の碑』

京極夏彦 講談社


予告から、じつに十七年。やはり今月は、本作を挙げぬわけにはいかないだろう。読めども読めども摑むことのできない全容が収れんを経てついに形となり、これが〝鵼〟か!? と目を開かされる衝撃。長き空白は、大きな満足で埋められた。

出張書店員 本間悠さんの一冊


『ヨルノヒカリ』

畑野智美 中央公論新社


家族に恵まれず、家庭そのものに良い感情を持てない光くんと、恋愛感情のわからない木綿子さんの同居生活。現状の定義には当てはまらない関係性や、人との距離感が丁寧に描かれており読んでいてとても気持ちが良かった。

丸善博多店 徳永圭子さんの一冊


『鏡の国』

岡崎琢磨 PHP研究所


見た目のことに苦しまずに日々を送れることがいかに幸せか。傷を抱えて生きる若者たちの行方が描かれた小説を亡き叔母から預かった姪は虚実を往復し、母と子、兄弟姉妹に連鎖する思いを探る。

この書評は、「小説現代」2022年11月号に掲載されました。

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