今月の平台/ 『午後のチャイムが鳴るまでは』阿津川辰海
文字数 2,307文字
書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!
毎月刊行される多くの文芸書の中から、現役書店員が月替わりで「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介します!
「青春」と聞いて、あなたならいつの時代を思い浮かべるだろう。
今まさに青春真っ最中? いくつになってもずっと青春中?? 人によって定義はいろいろだろうがやはり学生時代、特に高校時代を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。
義務教育でない代わりに中学生よりは自由で、未成年だから大学生よりは不自由で。学校という限られた空間でいつだってどんなことにだって全力投球していたあの頃。例えば部活動やアルバイトや趣味、そして「馬鹿馬鹿しいこと」とかに。
『紅蓮館の殺人』や『透明人間は密室に潜む』など年末ミステリランキング常連の阿津川辰海が、今年新たに生み出したのは、初の学園ミステリーとなる『午後のチャイムが鳴るまでは』。タイトル通り午後のチャイムが鳴るまでの間の、たった65分間の昼休みに企てた、絶対バレてはいけない「完全犯罪」を描いた短編集だ。完全犯罪といってもそこは高校生、決して法に触れるようなことではない。学校を抜け出してラーメンを食べることを誰にも知られずに成し遂げるため、クラスのマドンナに想いを告げる権利を得るため、文化祭に特別な部誌を刊行するプレッシャーから逃げるため、ある人の中で解けない謎になるため、そんな理由で彼らは全力で「完全犯罪」を目論む。そしてその謎を「探偵」はたった65分間の昼休みのうちに解き明かしてしまうのだ。これはまさしく「馬鹿馬鹿しいことに情熱を捧げる、愛すべき馬鹿どもの青春ミステリー」(あとがきより)なのだ。
私はあの頃を思い出して甘酸っぱい気持ちになり、そこかしこに張り巡らされた伏線たちに最後の最後まで楽しく踊らされた。特に第1話と第3話の男子諸君にはもう完全にヤラれた。大人になってしまった私からみたら本当にくだらない理由で「完全犯罪」を目論んでしまう「愛すべき馬鹿ども」が愛おしくてたまらない。同じクラスにいたら「完全犯罪」の片棒くらい担いであげたのに。あんなくだらない馬鹿騒ぎを全力でやれることがとても羨ましい。あなたもぜひ愛すべき馬鹿どもたちの青春を体験してみませんか?
丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊
原田ひ香 小学館
早期退職し、念願の喫茶店を開くが半年で潰してしまった純一郎。妻や娘と心がすれ違いながらも再就職活動。疲れた心を癒やすのは、趣味の喫茶店巡り。順風満帆な元同僚やかつての仲間たち。純一郎が我が身を振り返り、選び取った道にじんときました。
高坂書店 井上哲也さんの一冊
加藤シゲアキ 講談社
「一枚の絵」の謎から広がるミステリー。絵画に残されたイサム・イノマタと云う署名、日本最後の空襲の地秋田県土崎、石油、著作権、家族愛、殺人……種々のピースがピタリと嵌った時、どんな「なれのはて」が待っているのだろうか? まさに「読書の秋」と「芸術の秋」にピッタリの作品ではないか!
出張書店員 内田剛さんの一冊
塩田武士 朝日新聞出版
事件の闇に隠されていた真実の愛に涙が止まらない。時代の臭いや空気の粒子までも再現した筆力に驚嘆。社会の空洞に血の通った息吹を吹きこんだこの一冊は、著者の揺るぎなき覚悟も伝わる令和の傑作だ。
紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみさんの一冊
小川哲 新潮社
『地図と拳』も『君のクイズ』も凄かったですが、今回も天才ってなりました。どこからが虚構、あるいは本当なのか……哲学っぽく煙に巻かれてしまった気もするし、誠実な噓のような気もする。でもそんなことすらどうでもよくなるくらい面白い‼
佐賀之書店 本間悠さんの一冊
小川哲 新潮社
小説家・小川哲さんを一人称とした、まるで私小説のような内容。内容は哲学的でありながら、非常にユーモラスな語り口にこみ上げる笑いを抑えきれない……! 読む楽しさが凝縮した傑作です。大満足。
丸善丸の内本店 高頭佐和子さんの一冊
高瀬隼子 文藝春秋
書いた小説がテレビで紹介されてから、周囲の人々の態度が変わっていくことに戸惑う新人作家が主人公。これって、著者の実体験? そんなふうに思って読み始めたのですが……想像の範囲に収まらない、深い小説でした。
ときわ書房本店 宇田川拓也さんの一冊
ガブリエル・ゼヴィン 早川書房
年間ベスト級。ゲームによってつながった少年少女がクリエイターとなり、ゲーム制作を通じて描かれる三十年近くにわたる恋愛以上の濃密な関係に、心が激しく震えた。
丸善博多店 徳永圭子さんの一冊
中村文則 講談社
不条理劇を観ているような気持ちで第一部を読んだ。あくまで劇、と思っていたら段々と現実感が襲ってくる。目を離したら負けるような気がして、止めることも読み終えることも怖くて仕方ないままだった。悪意と嫉妬が絡まり合ってちょっと共感している自分が怖くなる。
この書評は、「小説現代」2022年12月号に掲載されました。