今月の平台/『くもをさがす』西加奈子

文字数 2,285文字

ひら-だい【平台】…書店で、書籍や雑誌を平積みする台のこと。


書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!

毎月刊行される多くの小説の中から、現役書店員「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介!

さらに、月替わりで「今月の平台」担当書店員がオススメの1冊を熱烈アピールしちゃいます!

「今月の平台」担当書店員、

うなぎBOOKS本間悠さんが熱烈アピールする一冊は――

西加奈子『くもをさがす』

 カナダでがんの宣告を受けた西さんは、その時44歳だった。奇しくも本を開いた時、私はちょうど44歳の誕生日を迎えたばかりで、勝手に運命めいたものを感じてしまう。『くもをさがす』は、がんになったことを切欠に綴られる、西加奈子さんの生活の記録だ。


 移民が多く、多様性の街であるカナダ・バンクーバーは、皆が助け合って暮らすことがベースだという。家事をこなすのが難しくなった西さんに、半年間に渡って友人たちから届けられた世界各国の夕食たち、さりげなく子連れで遊びに来て、子どもの相手をしてくれる友人親子、画材屋の店員さんが、抗がん剤の治療をしていると知って商品を無料にしてくれたことなど、生活に互助の精神が根差しているエピソードは挙げればキリがないほどだ。


“このような共生も、本来は当たり前のことだ。だがそれを「当たり前のこと」として皆で共有している街は、マイノリティに対してだけではなく、結果全ての人に優しい。”


 今まさに入管法改正が強行採決されようとしていて、LGBT法の「差別は許されない」という文言が「不当な差別はあってはならない」と書き換えられたりする日本。その当たり前が共有されていない息苦しさが、日々の暮らしを蝕んでいる。


 読みながら「私はずっと誰かとこういう話をしたかったんだ」と内なる渇望に気づく。


 性的な広告が気になることや、守られるべき人権のこと。SNSではまるで見当違いの批判を受けたり、身近な人とは意外と話しづらかったりする政治的なことも、『くもをさがす』には当たり前に共有されていて、本を開いている時間はそのまま私のセーフスペースになった。西さんの真摯な声に耳を傾けながら、私もまた西さんにずっと語りかけていた。


 闘病中の西さんを支えたたくさんの創作物のように、本書もまた、私を構成する大切なパーツになった。これからの暮らしを語る上で『くもをさがす』が共通言語となればいい。この息苦しさも少しはマシになるはずだと、心からそう思う。

現役書店員が今月「仕掛けたい!」と思う一冊は――

丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊


『コメンテーター』

奥田英朗 文藝春秋


奥田英朗さんの大人気シリーズ! 枠にとらわれない精神科医の伊良部一郎! 相変わらずの活躍?ぶりで、無茶苦茶な診察と思いきや、読み終わった後が清々しくて、気づいたら、読んでいる私も癒やされていました。とうとう公共の電波にのってしまった伊良部先生‼ どうなるかお楽しみな一作ですよ!

紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さんの一冊


『ローズマリーのあまき香り』

島田荘司 講談社


濃厚で濃密で驚愕な謎を、天才名探偵・御手洗潔が華麗に解いていくさまにただただ感嘆。帯の文言【神が遣わした名探偵】に偽りなし!

ときわ書房本店 宇田川拓也さんの一冊


『ローズマリーのあまき香り』

島田荘司 講談社


控え室で殺されたはずの世界的バレリーナが、死後も大勢の観客を前に最後まで踊り続けた!? この不可解極まりない謎に、名探偵・御手洗潔が挑む。無関係と思えたいくつもの断片と大掛かりな仕掛けから、壮大なドラマが立ち現れる本格推理巨編。

大垣書店イオンモールKYOTO店 井上哲也さんの一冊


『滅茶苦茶』

染井為人 講談社


読み始めは、切なすぎてシンドクて気分は最悪。三人の悲惨がどんどん増幅されて行き、嗚呼、もう辛い。本を閉じたいのに、でも止められない。この救いの無い物語は、どう結末るんだ。

丸善博多店 徳永圭子さんの一冊


『アントンが飛ばした鳩 ホロコーストをめぐる30の物語』

バーナード・ゴットフリード 白水社


幼い日のうら悲しい思い出に始まり、ナチス支配下の過酷な時間を精緻な言葉で遺したユダヤ人写真家による物語と記録。悲劇の中にいる人間を綴る力みのない言葉と命の迫力に圧倒される。魂が焦がれた美と善が詰め込まれていた。

紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみさんの一冊


『赤い月の香り』

千早茜 集英社


噓の匂いってどんな匂い? 怒りの匂いってどんな匂い? そんなわからないはずの匂いまで文章のあいだから漂ってくる。好みの本をみつけると、つい「いい匂いがする本」と言ってしまう。もちろんこの本はめちゃくちゃいい香りがしました!

丸善丸の内本店 高頭佐和子さんの一冊


『口訳 古事記』

町田康 講談社


わがままで乱暴な神々の繰り広げる壮大な物語に大興奮! 『古事記』がこんなに面白いなんて……。今まで散々売ってきたのに気が付かなかったアホな私を、目覚めさせてくれた町田康氏に心から感謝をしております。

出張書店員 内田剛さんの一冊


『夜空に浮かぶ欠けた月たち』

窪美澄 KADOKAWA


たくさんのストレスで道に迷っても必ず寄り添う人がいる。人生は一度きりだからこそ、立ち止まってもやり直してもいい。切実な生きざまの吐露と癒される道行きに涙が止まらない。この世を生き抜くヒントと優しさに満ちた心の処方箋となる一冊。

この書評は、「小説現代」2023年7月号に掲載されました。

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