今月の平台/ 『Q』

文字数 2,218文字

ひら-だい【平台】…書店で、書籍や雑誌を平積みする台のこと。


書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!

毎月刊行される多くの文芸書の中から、現役書店員が月替わりで「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介します!

「今月の平台」担当書店員、

ときわ書房本店宇田川拓也さんの仕掛けたい1冊は――

『Q』呉勝浩

 ここ数年の世のなかの変容と異常と停滞が生々しく切り出された呉勝浩の『Q』は、まさに〝現在〟を映した物語と評することもできるだろう。そして、傷害事件を起こし執行猶予中の身である町谷亜八(ハチ)が、血のつながらない姉の睦深(ロク)からのメッセージで、極めて重大な過去の罪といま一度向き合い、動き出すことになる、犯罪小説テイストの群像劇として読み進めることもできる。


 しかし本作は、そうした物差しでは測れないくらい大きくうねり、奔流となってたちまち読者を吞み込み、変容と異常と停滞の世のなかにはびこる憂いや退屈や諦念を押し流すような勢いで突き進む。こうしてクライマックスに向けて高々と昇り詰めていく巨大な力を生み出す中心的な存在が、ハチとロクの弟で、ダンスの天賦の才を持つ侑九(キュウ)だ。


 華々しいデビューを飾り、大衆の注目を集め、さらにプロデューサーの百瀬により、カリスマ〈Q〉となったキュウは、世界中にSNSを通じて拡散され、熱狂的なファンを獲得していく。そうして心を摑まれ、突き動かされた者たちが各地で引き起こす様々な事件や運動。その熱狂に群がり、流れに乗じようとする者たち。さらにかつてない大規模ゲリラライブの準備が進められるなか、〈Q〉を狙う何者かの脅威が迫る。


 今後、国内外を問わず、あらゆる小説を死ぬまで読み続けたとしても、ここまで〝持っていかれる〟感覚をもたらすものには、そう何度も出会えないだろう。


 なぜこれほど惹かれるのか。ページをめくる手がもどかしくなるほど先を追わずにはいられなくなるのか。理由のひとつは、本作が才能と表現についての物語だからだ。突き抜けた才能への強烈な憧れ、魅せられることの悦び、けれど手が届かないがゆえに湧き上がる妬みと呪い。そして類まれなる才能を持つ者だけが現実に囚われることなく達することのできる境地と澄んだ美しさ。ここには人間が芸術に惹かれることの本質が極めてエモーショナルな形で描かれている。型破りで、途轍もない、けれど忘れがたいほど美しく、さらに〝現在〟だけでなく未来も感じさせてくれるような、そんな物語なのだ。

現役書店員が今月「仕掛けたい!」と思う一冊は――

丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊


『黒い絵』

原田マハ 講談社


原田マハさん、新境地! ひとの心に潜む闇をこれでもか! と描き切った物語の数々。それでいて、切なくて。未だに不思議な余韻に浸っています。この原田マハさんは癖になります。

高坂書店 井上哲也さんの一冊


『黒い絵』

原田マハ 講談社


マハさんの十八番・安定の美術物語と少しダークな彼女の新たなる一面に触れられる大満足な作品集。ノワールな「黒・原田」さんをしみじみと味わって頂きたい。

出張書店員 内田剛さんの一冊


『スピノザの診察室』

夏川草介 水鈴社


日常と隣り合わせにある生と死。真の幸福はいったいどこにあるのか? かけがえのない「命」と真摯に向き合う医師の姿があまりにも眩しい。愛おしい人間味、揺るがぬ哲学。人が生きるうえで必要な「学び」が凝縮された物語。

紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみさんの一冊


『地雷グリコ』

青崎有吾 KADOKAWA


小さい頃階段でやった「グリコ」がこんなにスリリングなゲームになるなんて! 他にも「だるまさんがころんだ」などたくさんのゲームで真剣勝負が行われます。ルールを知らない? 大丈夫! そんなこと気にならないぐらい面白い。ゲームの先に待っている結末にもまたグッとくる。

佐賀之書店 本間悠さんの一冊


『一億円の犬』

佐藤青南 実業之日本社


噓をつきまくる女と、噓をつかない犬。噓から始まった1人と1匹の邂逅が、お互いの運命を大きく動かしてゆく。ミステリとしてもピリッと引き締まった傑作でした!

丸善丸の内本店 高頭佐和子さんの一冊


『じい散歩 妻の反乱』

藤野千夜 双葉社


どこを切り取ってもしんどいばかりの超高齢社会ですが、何とか明るく乗り切りたい人、必読です。悩んで暗い想像をするより、まずは散歩に出掛けよう。九十歳越えのヒーロー明石新平の活躍(?)を、お楽しみください。

紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さんの一冊


『星を編む』

凪良ゆう 講談社


『汝、星のごとく』を読んで、どうか彼らの未来が幸せなものでありますように、と祈った人がどれほどいただろう。「普通」とは一体何なのか私にもわからないけれど、彼らなりの幸せがこの作品で描かれていたことが何よりも嬉しい。

丸善博多店 徳永圭子さんの一冊


『幽玄F』

佐藤究 河出書房新社


主人公・透の感覚と独特な感性や戦闘機への執着に理由を求めたくなるが、僧侶である祖父に育てられた彼が目にした風景や出会った人、時に起こる乱闘の描写と、織り込まれた三島由紀夫の言葉が、読者の欲求に釘を刺しているように感じた。突き抜けた死生観を感じるひとつの物語。

この書評は、「小説現代」2024年1,2月合併号に掲載されました。

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