今月の平台/ 『め生える』
文字数 2,376文字
書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!
毎月刊行される多くの文芸書の中から、現役書店員が月替わりで「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介します!
子供の頃から、毛髪が少ないことがコンプレックスだ。結えた髪の束の太さを他の子と比べると、明らかに細かった。近頃は、抜け毛の多さと目立つ分け目に怯えて、真剣に頭皮マッサージをしている。そんな私にとって、心臓にはかなり悪いが、読み進めずにいられない小説だった。
薄毛に悩む二十代男性が、ヘアケアセンターを訪れるところから物語は始まる。担当の男性スタッフの髪はふさふさで、かつらではないようだ。ところが、彼の髪が、急に乱れ始める。客の目の前でどんどん抜け落ち、すっかりはげてしまう。なんの予兆もなく髪を失った男性は錯乱し、周囲は困惑する。
思わずヒエーッと叫びたくなるほど衝撃的なシーンだが、その現象は原因不明の感染症として世界中に広がり、大人になると誰もがはげるようになってしまう。最初はパニックになったが、次第に気にする人はいなくなる。髪のない状態で過ごす人もいれば、ウィッグをつける人もいる。おしゃれなはげ写真をSNSに投稿するムーブメントが起き、隠さないことを肯定的に捉える人も多くなる一方で、ほんとうの髪を大切に思う人々もいる。
会社員の真智加は、子どもの頃から髪の毛が薄く、同級生から揶揄われることもあった。成長し友人たちと同じように髪が抜け落ちたのだが、最近誰にも言えない秘密ができてしまった。どういうわけか、髪がまた生えてきたのだ。嬉しいと感じる気持ちもある一方で、人にばれることを恐れてもいる。髪が生えることは病気ではないので医者にも相談できず、自前の毛を生やしたいと願っている親友にも打ち明けることができずにいるのだが……。
集団心理の描き方が、ドキドキするほどリアルで見事だ。私が薄毛を気にしているのはなぜなのかと、改めて自分に問いかけてみる。他人の薄毛は別に気にならない。周りがみんなはげていたら、自分もはげたいと願うに違いないと思う。むしろない方が、手間がかかることもなく快適と感じるかも。個性を大切に……と口では言いながら、私も他の人と同じでいたいだけの人間なのか。
不気味な空気の漂うラストに、自分の中にある柱が揺らいでいるような気持ちになりながら、今日もやっぱり、頭皮マッサージをしている。
丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊
高瀬隼子 U-NEXT
原因不明の感染症が蔓延し、大人は全員はげてしまった。薄毛を気にしていた真智加は、ようやく居心地良く暮らしていたのだが……。平等な世界。みんなと同じの安心感。もしもそれが揺らいだら。自分が人と違ってしまったら? ユーモラスながらも緊張感たっぷりの物語です。
高坂書店 井上哲也さんの一冊
砥上裕將 講談社
霜介と千瑛が帰って来た。しかし二年の歳月を経た二人は、はっきりと明暗が分かれていた。水墨画界の若き至宝として活躍する千瑛。先が見えずスランプに陥ってしまった霜介。果たして霜介は再び繊細な輝きを取り戻すことが出来るのか? 『線は、僕を描く』で鮮烈なデビューを飾った著者の、前作をも凌ぐ会心のシリーズ第二作である。
出張書店員 内田剛さんの一冊
砥上裕將 講談社
人生の転機に訪れた挫折。人は何を繫ぎ伝えればいいのか? 懊悩の日々に見つけた輝き。そこには豊潤な学びがあった。青春の息吹を完璧に凝縮させ、目には見えない絶景を体感できる。これぞ物語だから起こせる奇跡。魂を揺さぶる令和の名作誕生だ。
紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみさんの一冊
森見登美彦 中央公論新社
ヴィクトリア朝京都のスランプのホームズが作者の森見さんと重なって見えてくる。京都とロンドン、ホームズとワトソン、ホームズとモリアーティ……全てのものがふたつ(ふたり)でひとつ(ひとり)のようにわかちがたくなっている世界。では森見さんとわかちがたいものはなんだろう?
佐賀之書店 本間悠さんの一冊
青崎有吾 KADOKAWA
これは一体、何小説と呼んだらいいのだろう……。誰もが知るゲームに一ひねり加えて繰り広げられる騙しあいのエンタメバトルが熱い! 読む手が止まらなかった!
ときわ書房本店 宇田川拓也さんの一冊
天童荒太 文藝春秋
名作『永遠の仔』で描き得なかった、いま誰もが目を向けるべき〝我々の罪〟。この哀しき犯人の境遇と心情、そんな犯人に掛けられる刑事の言葉に頰が濡れた。二〇二四年初頭から、全国民必読級の大変な作品が現れたぞ!
紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さんの一冊
遠藤秀紀 双葉社
人間の歩き方で個人を特定する技術、歩容解析。防犯カメラが当たり前になりつつある今だからこそ誕生したであろう設定が十二分に活かされた本作に、終始興奮を抑えられなかった。
丸善博多店 徳永圭子さんの一冊
河﨑秋子 新潮社
人と交わらず、熊や鹿を撃って暮らす男の話から物語は始まる。獲物を喰らう生々しい描写と凍てつく大地の情景が、読者の心の隙間を見透かしているようで、逃げ場のない思いをしつつ、読むことがやめられなかった。いつも乾いた言葉で真実を描く著者の最新作。痛みを伴うが、読んでほしい。