今月の平台/『セカンドチャンス』篠田節子
文字数 1,084文字

書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!
毎月刊行される多くの文芸書の中から、現役書店員が月替わりで「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介します!
主人公の麻里は、二十年以上に及ぶ母の介護を終えた五十代独身だ。かつて事務職員として働いていた病院で、健康指導を受ける場面から始まる。高血圧、高脂血症、腰痛、耳鳴り……。医者から助言を受けても、つい言い訳ばかりしてしまう。トドのような体型も、改善できない生活習慣も、長い闘病生活を終えて亡くなった母親と同じだ。違うのは、夫も寄り添ってくれる娘もいないことだ。
著者は、中高年の厳しい現実をオブラートに包むことなく、イヤというほど具体的に描く作家だ。そのことはわかっていたが、麻里の不健康ぶりは数年後の私自身を見るようで、本を閉じて現実逃避したくなってしまった。だが、本作のヒロインは逃げない。「このままじゃ、あんたの人生は人に利用されるだけで終わるよ」という親友のきつめの励ましに背中を押され、どん詰まりから一歩を踏み出す決意をするのだ。
体質改善のためにスポーツセンターに入会した麻里は、挨拶すら返してくれない主婦グループに気圧されながらも、初級の水泳クラスに通い始める。イケメンだが理屈っぽく不人気のインストラクターのもとに集まっているのは、なぜか中級以上の実力を持つ人々ばかりだ。相撲取りのような体型の気のいい中年男性、筋肉質で無愛想な職業不明の女性、障がいのある青年など、この場所でしか知り合うことのない人々と泳ぐうちに、技術は向上し、トド体型も健康診断の数値も改善してくる。麻里は、仲間たちに誘われてマスターズ大会の混合メドレーリレーに出場することを決める。
優しく義理堅いがゆえに、親族やご近所に利用されがちで、やりたいことを諦めてきた麻里が、自分のために生きようとする姿が痛快だ。損得抜きに応援してくれるワケアリな仲間や親友の言葉にも、胸が熱くなる。誰にでも、何歳になっても、自分を輝かせるチャンスはあるのだと、真っ直ぐに思わせてくれる小説だ。久々に大きく窓を開けたら、吹き入ってきた風がどんよりした空気を入れ替えてくれたような清々しさが心に残る。