今月の平台/ 『家族解散まで千キロメートル』
文字数 2,450文字
書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!
毎月刊行される多くの文芸書の中から、現役書店員が月替わりで「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介します!
「異常な状況下で結ばれた男女はうまくいかない……」
そうあやしく微笑み合いながら、キアヌ・リーヴスとサンドラ・ブロックがイチャコラして終わる傑作映画『スピード』。今調べたら1994年の公開だったから、鑑賞当時私は中学生だったのだろう。何てオシャレな幕引きかと、田舎の女子中学生は胸をときめかせたものだ。続編が製作されると知ってあの二人にまた会える! と飛び跳ねたが、『スピード2』では既に二人は別れており、サンドラ・ブロック……もといアニーには新恋人がいるという設定だった。本当にうまくいかなかったんかい。
浅倉秋成さんの新刊『家族解散まで千キロメートル』を読みながら、頭に浮かんだのが冒頭の台詞である。
実家暮らしの主人公・喜佐周が属する喜佐家は、まさに異常な状況下での団結が迫られる。兄夫婦・婚約中の姉と恋人が帰省し、かつて浮気がバレてから家を空けることが多くなったというロクデナシの父親は相変わらず不在の元日、倉庫に横たわる謎の神像(木箱入り)が発見される。なぜ、いつから、誰が持ち込んだ……? 疑心暗鬼にかられる喜佐家に飛び込んで来たのは、青森県のとある神社の宮司が「明日執り行う神事に使われるはずのご神体が盗まれた。返してくれたならば被害届は取り下げる」と語るニュース映像だった。これってもしかして、いやもしかしなくても倉庫のじゃ……。
かくして山梨県都留市から、青森県十和田市へ。何故ここにあるのかもわからない神像を返却するための、喜佐家の試練が始まるのだ。
様々なトラブルに巻き込まれながら北上する家族。無実の罪で日本中から追われることとなった中年男性を描いた前作『俺ではない炎上』に通ずるものもあるが、たった一人の孤独な闘いだった前作よりも、団体競技の方がマシとはならないのが哀しい。そもそも不仲で空中分解気味だった家族は、事あるごとにチームワークの悪さをいかんなく発揮する。
異常な状況は、不仲な家族にどう作用するのか。どんでん返しの名手が用意した結末を、存分に堪能して下さい。
丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊
宮島未奈 新潮社
反響の大きかった前作から、待望の続編がついに刊行! 滋賀県を舞台に、ひたすらまっすぐ進む主人公・成瀬あかり。壮大な目的のため並々ならぬ努力を重ねる姿に、読んでいる私も夢中で応援していました。前作から少し大人になった成瀬も、その周りの人たちも最高で楽しい物語です!
高坂書店 井上哲也さんの一冊
村雲菜月 講談社
これが、令和の純文学なのだ! 前作は謎解き要素を含めたミステリー風ホラー純文学作品であったが、本作は様々な「オタク」達が交錯しながら、やがて読者の背筋をじんわり凍らせるサスペンスホラー純文学である。読後感はそこはかと無く深い……。あなたにもクレーンに挟まれてゆらゆらと揺蕩う様な「なにゅなにゅ」体験を存分に味わって頂きたい。
出張書店員 内田剛さんの一冊
長浦京 光文社
紙一重である生死の狭間で芽生えた狂気と殺意。疑心暗鬼の犯人探しで人間の内面が抉られ正義が揺らめく。血塗られた時代の匂いと不穏な闇に包まれた空気を完全凝縮。終わらぬ戦争の悲劇と虚しさを再現した恐るべき物語だ。
紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみさんの一冊
恩田陸 筑摩書房
「春の祭典」まさに! と思える、バレエダンサーの萬春の祭典と言える物語。HAL、ハル、春ちゃん、春くん……いろんな人から見た「春」と「春の踊り」に心震える。物語最後の踊りは圧巻で、文章から踊りが立ち上がってくる。ラストの一文「俺は世界を戦慄せしめているか?」これは春ではなく恩田陸の言葉のような気がした。そして、もちろん答えは「イエス」である。
丸善丸の内本店 高頭佐和子さんの一冊
佐藤正午 小学館
進んでいる方向がわからなくなるほど濃い霧の中を、手探りで歩いていくような読書体験だった。ようやく霧が晴れたところに待ち構えているのは、登場人物ではなく自分自身の人生……。すごいものを読んでしまった!
馬伯傭 早川書房
祝・ポケミス創刊70周年! 中国、明の時代。南京で謎の刺客から襲撃を受けた皇太子は、父である皇帝の殺害計画を知る。15日後の実行を阻止するべく北京を目指し、仲間とともに幾千里を駆ける。面白本のなかの面白本、超弩級冒険譚×ミステリ開幕!!
法月綸太郎・方丈貴恵・我孫子武丸・田中啓文・北山猛邦・伊吹亜門 講談社
ミステリー作家6名からの「読者への挑戦状」にワクワクしないミステリファンがいるだろうか。謎が解けても解けなくてもめっちゃ楽しい! これだからミステリはやめられない!!
マルコ・バルツァーノ 新潮社
ムッソリーニ、ヒトラーの政策によって迫害され、やがてダム湖に沈んだ村に生きてきた女性トリーナの抵抗の声は弱く小さい。すべてを奪われた者に最後に残る感情と、歴史という大きな語りに埋もれがちな人間性を読んで欲しい。生き別れた娘へ向けた手紙を綴ることで支えられた人生と強い意志に心の震えが止まらなかった。