〈結果発表〉第70回江戸川乱歩賞 最終候補作と2次予選通過作品の講評

文字数 3,012文字

第70回江戸川乱歩賞は、2次予選を通過しました21編から、6編が最終候補作として審査されることになりました。最終候補から惜しくももれた作品については、下記に講評を記します。

(予選委員は、1次は講談社文芸第二出版部が担当、2次は香山二三郎、川出正樹、末國善己、千街晶之、廣澤吉泰、三橋曉、村上貴史の7氏です)

なお、最終選考の結果はHP「tree」上と6月21日発売の「小説現代」7月号に掲載されます。

最終候補作


「容疑者ピカソ」                    相羽廻緒

「陽だまりのままでいて」      雨地草太郎

「ハゲタカの足跡」                工藤悠生

「許されざる拍手」                津根由弦

「遊廓島心中譚」                 東座莉一

「フェイク・マッスル」            日野瑛太郎

以下、2次予選を通過した作品についての講評です。

※投稿時に投稿者様ご本人に入力・送付いただいた筆名・タイトルどおりに表記しておりますので、ご了承ください。

がにまた  「彼女が時計を奪わなければ」

ミステリとして大きな穴はないが、過去の出来事の謎を現在から振り返って解明する構成を含め、設定がどうしても浅倉秋成の『六人の嘘つきな大学生』を連想させてしまうので損をしている。ネタバレと言っていい題名、真面目につけたとは思えないペンネーム、ともに減点対象。

新村勢  「春を知らない君に」

思春期の自意識の描写が巧みであるなど青春ミステリとして好感を持てる、という選考委員は複数存在した。ただし、プラス評価は、これらのふんわりとした意見のみ。ミステリとしての強みは、どの予選委員も見出せなかった。一方で新興宗教の安直な扱い方などの問題点の指摘は重なり、予選の序盤での落選となった。謎や意外性など、ミステリの中核となる要素が確立されていれば、雰囲気の良さは高評価につながっただろう。

瀬川雨読  「懐中時計を左手に」

いずれ死ぬと分かった人が集まった島で発生する殺人事件という謎は魅力的。「命日」が分かるという作品世界の設定に緩い点があるのが難で、強く推せなかった。読みやすい文章で、読者を惹き込む力はあるので特殊設定の細部に気を配る必要がある。書き上げてから「この部分はご都合主義では?」と自問自答するなどして欲しい。

 

不二悠  「人形のかたり」

伊豆の孤島の超高級老人施設で起きた連続殺人には施設独自の人形劇団が関わっていた。乱歩の『パノラマ島奇談』や『人でなしの恋』を髣髴させる個性的作品。幻想ミステリーの才能ありとの声もあったが、女性差別的表現が多く、終わり方もわかりにくかった。

中道龍三  「熊蜂の飛行」

フライト中の機内での殺人と意外な犯人という独創性と、危機を積み重ねる見せ場の多いエンターテインメントで読者を愉しませようという意気込みに溢れている点がよい。反面、ご都合主義と偶然に寄りかかった成功率の低い殺人計画は瑕疵。犯人の独白による動機説明は伏線が不十分、主人公が有能すぎるなどご都合主義が散見される点も改善ポイント。

小谷茂吉  「喫茶店のものまね士」

死者の言動を再現する「ものまね士」はユニークな探偵役だが、霊媒師と差別化されておらず、もっと「ものまね士」の独自性を出してほしかった。独創的なトリックを幾つも考案したところは評価が高かったものの、「偽装士」を登場させたことで矛盾が生じるトリックがあったので、もう少し物語の構成を考え直す必要がある。

櫻井美咲  「殺意の底で眠る」

自殺志願の女性会社員が殺人を目撃、犯人たる探偵の仲間に加わり島での資産家の相続を見届けることに。導入部は面白いが、全体の組み合わせが悪くバラバラ感あり。また医薬品の横流しはそう簡単ではないとの声もあり。終盤のどんでん返しがいいだけに惜しまれる。

藍崎人図志  「或るGの伝言」

前応募作の講評で指摘された「謎の魅力を高める」「物語の展開を早める」が修正され、ミステリとしての完成度が格段に上がっていた。ただミステリの面白さが同性愛者コミュニティの特殊性に寄りかかっており、そこを修正しつつ、性的マイノリティが抱える現在の問題、今後のあり方などをテーマに加えるとさらに上が狙える。

皐桜タツト  「好奇心は■■をも殺す」

招待客が一人ずつ殺されていく、という状況からはすぐに『そして誰もいなくなった』が連想されてしまう。犯人のキャラクター造形は面白く、その隠し方もうまいが、評価が確立した先行作との比較となると新人賞の選考では不利に働くので、アレンジするなど対策を考えた方が良い。

宮ヶ瀬水  「海中館のタロット探し」

過去にも応募歴があるが、毎回まったく新しい作品で挑んでくる姿勢は評価する。今回は海中の館という舞台が特徴であり、その奇妙な館を現代日本で成立させるために予算や検査対応などを工夫した点にも好感を抱いた(だがその工夫が部分的なものにとどまり、結果として館の作り方が選考時にマイナス点としてカウントされた)。また、舞台がいくぶん個性的な点を除くと、全体としては典型的なクローズドサークルものであり、新鮮さに欠けたことも敗因。特に後者が致命的だった。犯人特定のロジックは高評価だったので、それをいかに新鮮なかたちで活かすかが重要になる。

日部星花  「コドクの華」

犯人の意外性は秀逸ながら、過去と現在がスマホでつながる点はドラマ『シグナル』と共通、真相の一部は『ミステリと言う勿れ』のあるエピソードに酷似……と、オリジナリティに乏しい。過去パートの時代考証が出鱈目すぎるという指摘も出たことを記しておく。

今津勇輝  「秤動」

地味な事件が大事件に発展する展開が面白い。堅いテーマをストーリーテリングの巧さで読ませる力もある。ただし意外性を狙うあまりプロットを作り込みすぎており、主人公が動くと必ず鍵を握る人物が現れて情報を与えてくれるといった作者都合による安易な構成と偶然の多用で強引に物語を進めるところは大きなマイナス。

モリオカハヤト  「呼応する」

自分のスマホにダウンロードされた謎の楽曲をめぐるJKの追跡劇。イントロが粗い、音楽小説としての鮮度はないという声が多かったが、犯罪を扱わずに先を読ませないストーリーテリングの力は半端ではない。人称等の推敲に努め、今後もこの調子でGО!

酒吞堂ひよこ  「オフィーリアの遺言」

作品そのものの力強さはそれなりに感じられたが、プロ作家となるにふさわしいかという点には疑問符が付く。予選委員のコメントを集約すると、この作品が新人賞に投稿されるのは少なくとも三回目。題名こそ変更はあるものの、内容に変更はほとんどない。プロ作家として新作を生み出し続けることはできるのだろうか。また、他の賞で落選時に指摘された欠点も修正されておらず、他者の意見を取り入れて作品を改善する姿勢も見られない。こうした懸念を吹き飛ばすような圧倒的な何かは、この作品からは感じられなかった。まったくの新作での挑戦に期待する。

中村光明  「客泥棒」

文章のうまさ、読みやすさはあるが、ミステリとしては弱い。出張して理髪をする「出床」という設定は興味深く、兄弟のキャラクター造形はうまい。「夜逃げ」の場面はサスペンスフルなので、こうしたミステリとして良い部分を増やすことが、次につながると考える。

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