〈結果発表〉第68回江戸川乱歩賞 受賞作発表&選評

文字数 7,607文字

2022年1月末日の締め切りまでに、385編の応募があった今年の江戸川乱歩賞は、そのうちの69編が1次予選を通過しました。続いて2次予選を通過しました21編から、5編が最終候補作として審査され、以下の作品に受賞作が決定いたしました。

予選委員は、1次は講談社が担当、2次は香山二三郎、川出正樹、末國善己、千街晶之、廣澤吉泰、三橋曉、村上貴史の七氏。最終選考は、綾辻行人、新井素子、京極夏彦(日本推理作家協会代表理事)、柴田よしき、月村了衛の五氏(敬称略、五十音順)。

最終候補作品


「此の世の果ての殺人」                  荒木あかね

「神様の盤上」                               才川真澄

「二〇四五年」                                日野瑛太郎

「円卓会議に参加せよ」                 宮ヶ瀬水

「あなたの人生の謎解きゲーム」    八木十五

受賞作品


「此の世の果ての殺人」

荒木あかね

受賞の言葉


 ずっと一人で小説を書いてきた。作家を志していると打ち明けたら、周囲に余計な心配をかけはしないかと不安で、こそこそと隠れるようにして執筆を続けてきた。楽しかったけれど、同時にこの上なく孤独な日々だった。

 受賞が発表された日から今日まで、多くの関係者の方々から直接的に、あるいは間接的に受賞作の感想をいただき、自分の創った物語が他の誰かの目に触れるということに対して強く喜びを感じた。ようやく「わたしは小説を書き上げたんだ」という実感が湧いた。幸運なことに、受賞作の刊行を目指して準備を進める機会を得たが、これからよりたくさんの人たちに作品を手に取ってもらえると思うと、飛び上がらんばかりに嬉しい。

 書いて、書き続けて、できるだけ多くの人の元へ作品を届けたい。そして、どこかの誰かに「これはわたしのための物語だ!」と思ってもらえたら、こんなに喜ばしいことはない。知識も経験も浅い未熟者ですが、期待を裏切らぬよう精進してまいります。

 最後になりましたが、選考委員の皆様、今回の選考に携わってくださった関係者の皆様に、この場をお借りして篤く御礼申し上げます。そして支えてくれた家族、友人たちに深く感謝いたします。


荒木あかね

受賞作概要「此の世の果ての殺人」


 二〇二二年九月七日、小惑星2021NQ2──通称「テロス」が熊本県阿蘇郡に衝突することが発表された。衝突までに残された時間はたった半年。人類の滅亡が確実視されるなか、人々は衝突予測地点から少しでも離れるべく地球上で大移動を始めた。

 そんな世界中のパニックをよそに、小春は淡々とひとり太宰府で自動車の教習を受け続けていた。

 ある小さな願いを叶えるために──。

 地球滅亡まであと約二ヵ月と迫り、町からいよいよ人が消えた年末、教習車のトランクを開けた小春は、めった刺しにされた女性の死体を発見する。

 教習所の教官であり元警察官のイサガワとともに、太宰府署へ通報にむかった小春は、同様の手口の殺人事件が各地で起きているという驚くべき事実を知らされる。終末が迫るいま、わざわざ殺人を犯すような危険人物が潜んでいるというのだろうか?

 警察が機能不全の世界で、二人は地球最後の謎解きを始める。

選評 綾辻行人


 荒木あかね『此の世の果ての殺人』に高評価が集まり、結果として満場一致での授賞が決まった。

 天体規模の異変によって近い将来における人類の滅亡が確定している“現在”──という世界設定自体は、SFに限らずミステリーでも近年、複数の作例がある。そんな中で作者は、九州・福岡に住む二十三歳の女性を語り手=主人公にこの作品ならではのアプローチを試み、見事な成功を収めている。終末へ向かう状況下での連続殺人とその捜査が物語の縦糸となるが、要所要所を丁寧に描きつつも、展開がダイナミックかつスピーディで飽きさせない。ミステリー的な企みも○だと思う。やや易しすぎると感じる向きもあるかもしれないが、伏線やロジック、トリックを扱う手つきから、本格ミステリーの骨法もよく心得ている書き手だろうと察せられて頼もしい。

 ともあれ、江戸川乱歩賞史上最年少──作品の主人公と同じ二十三歳の、新たな才能の登場を喜びたい。


 今回は他の最終候補作もそれぞれに興味深い狙いどころがあり、おおむね楽しく読ませていただいた。

 日野瑛太郎『二〇四五年』では、二〇四五年の近未来社会を舞台にスケールの大きな誘拐事件が描かれる。身代金十兆円の受け渡しを巡る犯行グループと警察の攻防は実に小気味のいい面白さで、なおかつこのとんでもない「大誘拐」の真相には相当に驚かされた。人物や世界の描写にもうひと押しの力があれば、『此の世の果ての殺人』と並んでの受賞もありえたかもしれない。

 宮ヶ瀬水『円卓会議に参加せよ』は、「国民の参加する警察捜査に関する法律」が成立して運用が始まった“現在”──という設定を用いた本格ミステリー。その意気込みは素晴らしいのだが、中心に置かれた殺人事件のネタが、長編を支えるには小さすぎて物足りない。外枠の「円卓会議」については、リアルに描こうとしているだけにかえって無理が目立ってしまう。作品内リアリティのバランス取りが問題なのだと思う。

 才川真澄『神様の盤上』はタイムリープ&ループもののSFミステリー。個人的にはやや食傷気味の題材なのだが、この作品独自のアイディアはあって、ミステリーとしてやりたかったことも分かる。──にしても、十八歳でタキオン粒子を発見したヒロインをはじめ、世界に大変革をもたらすような発明を成し遂げた大学研究室の面々の、あまりにも幼稚な思考・行動には少々、鼻白まざるをえなかった。

 八木十五『あなたの人生の謎解きゲーム』はどう評価したものか悩ましい作品。登場人物全員が「善い人」で悪意のかけらもない世界における、まあ云ってみれば「泣ける純愛物語」なのである。細部までよく考えられているし、読み味も決して悪くない。こういった小説の需要もきっとあるだろうけれど、これを「広義のミステリー」として乱歩賞に推すことはためらわれた。


選評 新井素子


 今回は、とても素晴らしい作品が集まった選考会だった。五作品中、過半数の作品のどれが賞をとってもいい、そんな気持ちで選考会に臨んだ。(今回最終選考に残った方は、不運だったと思う。ライバルが凄すぎ。)


 受賞作である、『此の世の果ての殺人』。約二ヵ月後に小惑星が地球に激突し地球が滅ぶことが決まっている世界。こんな世界で、何故か自動車教習を続けている、教官と生徒の主人公二人組。この設定が、まず、シュールであり、魅力的。そして、二人は教習車で死体を発見してしまう。あきらかな他殺。読んでて絶対思うよね。地球が滅ぶっていうのに、何だって殺人? 自動車教習所の教官が、ひたすら犯人を追及しだす。

 これだけだって、無茶苦茶魅惑的だ。しかも、調べてゆく過程で出逢う、“時々携帯の電波を拾うからひとが集まってくる病院”とか、“事情があって隠れている兄弟”とか、“逃げおくれたひとを集めて作った村”とか……極限状況で生きてゆくひとが、愛しくなる。とても素敵なお話でした。

『二〇四五年』。作者は去年も誘拐物で応募してくださった方だ。ただ、その作品は狂言誘拐だったので、そこの処の評価が低く……今回は、ちゃんと誘拐してくれた。何と身代金十兆円。すでにどんな金額だかよく判らない額だ。(一万円札で揃えた場合、畳に二メートルの高さまで敷きつめて約三百七十畳分になるんだそうだ。)これをちゃんと奪ってくれた。拍手。と、言うしかない。

『あなたの人生の謎解きゲーム』。このお話、すべてが伏線みたいなもので、とてもちゃんと考えて作られている。確かに大きな謎はないとも言えるんだが、冒頭で主人公がヒロインを“命”を景品にしたゲームに誘う、これこそが“謎”だと思えば──読むにつれ、主人公は“こういう”ことを言うようなひとではないということが判る──、“大きな謎”、あるんじゃないかな。ただ、お話のあり方として、“大作”というよりは“佳品”になってしまったのは、仕方がない。(むしろ、連作短編にした方がよかったかも。)

『神様の盤上』。これもほんとに面白かった。ラスト、このタイム・リープを回避する為に、ヒロインがとった行動が「おおおおお」。これは結構感動的だよね。ただ……“閉じたループ”の干渉性を消す方法って……ここに書かれているものでは、無理なんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。

『円卓会議に参加せよ』。これも面白かった。金魚蘊蓄が最高。……ただ……設定の“円卓会議”が、無理、だよね。どう考えてもこんなの、一日や二日で結論がでる訳がない。だが、作者は、会議でその日のうちに結論がでるように、お話自体を作ってしまった。遅刻してきたひとも含め、会議を成り立たせる為、ないしは、会議の問題点をあぶり出すよう、事件が起きている。この作り方は、ちょっとひっかかった。

選評 京極夏彦


 いつにも増して時代に沿った“新しいミステリー”を生み出そうという気概が感じられた。特殊設定ミステリーが多かったのもそうした試行錯誤によるものだろうか。

『あなたの人生の謎解きゲーム』に特殊設定はなく、殺人などの事件も起きない。それでも最後まで面白く読ませるだけの筆力がある。ただ作中に頻出する“謎解きゲーム”は、興味のない読者にはやや辛く、好む読者には退屈になるという弱点があるだろう。謎と解決はあるが、登場人物のすべてが善意の人であり、その中で育まれていくプラトニックな恋愛という構図は、ミステリーとしてプレゼンテーションしないほうがむしろ有効だったのではないか。不用意な視点の“ゆれ”も、やや気になった。

『神様の盤上』はタイムループという特殊設定なくして成立し得ない物語であり、そのための準備もそつなく入念に行われている。厳密には若干の理論的不整合はあるようだが、読み進める上で支障はない。ただその用意周到さがマイナスに働いているところも散見する。時間遡行が可能な設定である以上、偶然が偶然でなくなる展開は仕方がないのだが、そこを差し引いてもややご都合主義的に感じられてしまう。プロットや書き振りは巧みなのだが、繰り返し起きる殺人の動機があまりにも稚拙であるため、読後に蟠りが残る。その結果、結末に用意された“すべて上手くいく”はずの大団円が生きてこない。極めて残念であった。

『二〇四五年』は近未来小説である。二十三年後の社会環境を設計するのは簡単な作業ではないのだが、テクノロジーの進み具合や社会情勢の変化などの匙加減はそれなりに説得力があり、その条件下で行われる犯罪にも十分なリアリティがある。テンポも良く筆致も安定していて読みやすい。犯罪行為に用いられるアイディアも、前例が思い当たらないユニークなものである。惜しむらくは(展開上やむを得ない面もあるのだが)視点人物以外の人物の内面が汲み取りにくい書かれ方になっているため、相対的に主人公の心理的葛藤が極めてステレオタイプに思えてしまうところだろうか。

『円卓会議に参加せよ』は“一般人を犯罪捜査に参加させる法律”が施行されたパラレル現代を舞台としている。ミステリーによくある不自然な展開を解消するための設定なのだろうし、最新機器を使用した素人探偵達のリモート推理は中々に楽しい。一方でトリックはやや前時代的であり、推理の精度も高くはない。また、偶発的な事象の連なりが中核にあるため折角の設定が生かしきれない結果になってしまったのではないか。何より、リアリティを担保するために現実の判例などを用いたのは悪手だったろう。却って設定の荒唐無稽さが際立ってしまったように思う。応用も展開も期待できる設定であるだけに、歯がゆく思う。

『此の世の果ての殺人』は、ある特殊な状況下における事件を描く。同じ設定の先行例は国内外に(ブームと呼べるほど)たくさんあるのだが、本作は極限状況を非日常として描かず、あくまで視点人物にとっての日常として淡々と描いている。その姿勢には好感を持った。本作において特殊設定は登場人物達の行動の動機付けと制限のための装置として機能するのみである。ミステリーとしての仕掛け自体は凝ったものではないのだが、書き振りがもろもろを韜晦することに成功している。いわゆる“終末もの”ではあるが、読後感も悪くはない。

 討議の末一作に絞ることになったが、惜しくも選を逃した作品も十分に魅力的なものであったと思う。今後の期待は大きい。

選評 柴田よしき


 江戸川乱歩賞の選考委員を務めるのは初めてだったが、候補作のレベルの高さに驚いた。惜しくも今回受賞を逃した四人の応募者には、自信を持って再挑戦してほしい。

 受賞作となった『此の世の果ての殺人』がやはり図抜けて面白かった。悲惨で絶望的な設定なのにどこかからりと軽やかな語り口が気持ちいい。狂気に近い正義感で暴走する型破りな「先生」と、すべてを諦め冷めた視点を持ちつつも、実は弟への家族愛に揺れる純真さを持つ主人公。二人の女性のバディ感が最高に楽しい。キャラクター造形、人物配置、ストーリー展開、テンポなど、作者はエンタテインメント小説を書く高い技術を持っていると感じたが、授賞決定後にプロフィールを知って本当に驚いた。乱歩賞史上最年少の二十三歳! この先がとても楽しみだ。ただ綾辻選考委員から指摘のあった、人間以外の生き物に対する視線は、ぜひ再考して取り入れて貰いたい。それがあれば本作はさらに傑作となると思う。

『二〇四五年』は近未来小説に果敢に挑戦した意欲作だが、細部で近未来ならではの難しさとぶつかっていると感じた。もっとディテールを丁寧に書き込んでこそ、この作品は生きると思う。今回の応募枚数では足りなかったか。しかしラストのどんでん返しも含めてとてもユニークな作品で新鮮なアイデアが詰まっているので、いつか本になったものを読んでみたいと思う。

『あなたの人生の謎解きゲーム』にも好感を持った。こうした優しい世界、小さな世界を大切に描こうとする作者の思いは受け止めたい。読後感の心地よさはこの著者の武器になると思う。ただ、乱歩賞という賞を本気で狙うのであれば、核となる「それなりのスケールの謎」を一つは仕掛けてくれていたら、と残念である。あとひと工夫欲しかった。

『円卓会議に参加せよ』は五作中唯一、本格推理のフーダニットで、心情的には応援したかったのだが、その肝心の推理部分で雑さが目立ってしまった。金魚の蘊蓄は(個人的には)楽しく読めたし、VRゲーム的な展開の中で金魚ばかりクローズアップされているところなど、笑いを誘う場面も好感を持てたが、推理部分の弱さは致命的だ。本格推理で勝負するなら、(著者がとても気に入って頑張って構築しただろう)円卓会議のアイデアに振り回されずに、まずはそこをしっかり考え抜いて欲しかった。円卓会議のアイデアについては他の選考委員からも厳しい意見が出ていたが、練りこみ不足だったと思う。

『神様の盤上』の核となるアイデア「閉じたタイムループを切り離すことで成立する完全犯罪」は秀逸だと思った。が、せっかくのアイデアにふさわしい物語が用意できていないと感じた。世紀の大発明を使った前代未聞の完全犯罪の物語としては、登場人物の心情が一様に幼稚で、繰り返される場面にも惹き込まれる面白さがなく、人の死を「なかったことにしてしまえ」という乱暴な思考に対して誰一人疑問を呈さないなど、多々引っかかる点もある。もう一度、作品構成とバランスを見直してみてほしい。


選評 月村了衛


 今回は驚くばかりにレベルが高く、粒選りの作品が揃いました。まずそのことを寿ぎたいのですが、逆に言えば、応募者には不運であったとも言えます。どの作品も、他の年ならば受賞作となっていてもおかしくはないとさえ思えたからです。

 中でも受賞作『此の世の果ての殺人』は抜きん出ており、私の一押しでした。

 この作品に対する私の選評は「文句なし」。その一語に尽きます。しいて申しますと、作中世界の〈気分〉をここまで伝えられるのは実に並々ならぬ手腕です。小説というものを生来的に理解している人なのだと思います。

『二〇四五年』は前回も最終候補に残った方の作品で、そのときに指摘された課題を、同じ誘拐テーマで見事にクリアしてきたという熱意には心より敬意を表します。しかし、それゆえに前回は目立たなかった欠点が浮上してしまった感があります。すなわち「人物がストーリーの都合によって動かされている」という点です。人物描写の技術を磨けば、書ける人であるだけにさらなる伸長が期待できるものと信じています。

『神様の盤上』も私は高く評価しました。ループものは近年数多いので警戒しつつ読み始めたにもかかわらず、破綻なくまとまっていて好印象でした。気になる点もあるのですが、この作品の世界ではほぼ無効と言ってもいいでしょう。実力のある方とお見受けしますので再挑戦を期待しております。

『円卓会議に参加せよ』は、一般人が捜査に参加する円卓会議という設定に、ミステリとしての「騙し」「仕掛け」が用意されているか、そこに注目して読みました。最終的にその点はなんとかクリアされていると思ったのですが、全体の構成が弱かった。「つかみに強烈な謎が欲しい」「殺人が起こるまでが長すぎる」といった点が改善されればさらによくなるでしょう。

『あなたの人生の謎解きゲーム』は斬新且つ難しい題材に挑戦しています。犯罪ではなく、ある特殊な状況下での「クイズ」がモチーフになっていて、言わば「日常の謎」に対する「非日常の謎」ではないかと感じました。作中で提示される数々のクイズに読み手が積極的に取り組んでいくことが要求されるので、読者を選ぶ作品でもあります。正直に申しまして、私は選ばれなかった方なのですが、それでも全体に流れる情感にはとても惹かれました。この着想の新鮮さや、本作で乱歩賞に挑んだ果敢な意気は大いに評価したいと思います。

 今回の大きな特徴として、最終選考に残った殆どの作品が所謂特殊設定ミステリであったことが挙げられます。応募作品が時代の意識や流行を反映しているのは、賞が時代と共に生きていることの証左であると考えます。その意味でも、今回の選考は大いに実りあるものでした。

 荒木さん、おめでとうございます。

 日野さん、才川さん、宮ヶ瀬さん、八木さん、今回は残念でした。しかし任期最後の選考会であなた方の作品を読めて幸いでした。どうか次回目指して頑張って下さい。


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