メフィスト賞2023年上期座談会

文字数 13,059文字

新たなメフィスト賞作家が誕生!

栄えある受賞者は誰だーー!?

 2023年上期座談会を始めさせていただきます! 今回は、2022年9月〜2023年2月までにご応募いただいた作品が対象となります。今回も、編集部員が全ての応募作を読み、その中で推したい作品を挙げ、その作品を複数の部員で読ませていただきました。

 

N  今回、豊作でしたね! 全体を読んだ感想としては、SF味のある、現実離れした厭世観、浮遊感のある物語や設定が多かったように思います。

 

 では早速、巳さん『君の毒で死ねるなら』、よろしくお願いします!

(以下①タイトル②著者③キャッチコピー)

 

 ①君の毒で死ねるなら ②上地王植琉(ジョージ・オーウェル)③やがて損なわれる、すべての僕たちに捧げる。
様々なものが有毒化してしまう「有毒禍」下の沖縄市コザで働く主人公は、脱童貞のため友人に連れられてソープランドへ乗り込む。彼がフロントのパネルでそれとは気づかずに選んだのは、初恋のそして片思いのまま終わった人だった。客とソープ嬢としての再会から、少しずつ心を近づけていく二人。だが、有毒禍は物の毒化だけにおさまらず、ついに人間も毒化する事態になってしまう。沖縄が抱える特殊性やコロナ禍の閉塞感を乾いたセンチメンタリズムで描いた作品です。文章のうまさ、ユーモアのセンス、描写力、と書くためのベースが整った方だと思います。ペンネームからディストピア作品がお好きなんだろうかと想像しましたが、閉塞感の中のロマンティックさに魅力があります。読みながらボリス・ヴィアンの『うたかたの日々』を思い起こしました。全体を「あきらめ」が支配していて、社会がひどい状態になっていっても争わない姿勢は、世代的なものなのでしょうか。その従順さが、エンタテインメントとしては爆発力に欠け、物語がうねり波打つ力を抑制していると思います。恋愛を中心に描くなら、有毒化した恋人との時間や会うための努力に重きを置く方が良かったかもしれません。コロナ禍に考えたことを描いた作品だと思いますが、有毒禍という設定がコロナと直結して連想されるので、安易に見えて損をしていると感じました。

 

 読んでくださった冥さん、いかがだったでしょうか。

 

冥 軽妙で、(いきすぎていない)露悪的下品さとユーモアのバランスもよく、好きなタイプの作品でした。センスがあるなあと思います。今作よりももっと激しい動きのある筋立てで、もう少し長い作品を読んでみたいです! この作品で! ということであれば△、この作家で! なら〇、という具合です。

 

 続けてNさん、お願いします。

 

N  印象的なラストがとても良いと思いました。女の子が死んでしまう展開は、少し定型で残念に思いつつも、あえての選択なのかもしれませんね。P41の戦争が現実味を帯びてくる描写がとても現代的だと感じ、沖縄を舞台にしているところがまた良かったです。この一作を評価するのは難しいけれど、現代の若者の閉塞感は表現されているのではないかと感じました。ところで今作をはじめ応募作品に感染症を題材にしたものが多かったのは、新型コロナが創作に大きな影響を与えたことの表れですね。

 

海 最後に天さん、お願いします!

 

 もうすこし読者をもてなしていただけたらなぁ、と思いました。作者が設定した主題に寄りすぎているように思います。世界が広いようであまり奥行きがなく……人物のどうしようもない気持ちを、人物の行動を通してもっともっと表ていただければ、巳さんがおっしゃるような爆発力のある傑作になったのではないかと思います。「そうか、この状況だと、人はそういう気持ちになって、そうするのか……!」という意外性がほしかった。しかし改稿でぐぐっとよくなる予感もしますので、強く推す人がいれば、デビューに向けて応援します。才能は間違いない、と思います。 

 

 実力のある方だと思うんです。モノローグや描写に魅力がある。物語を作るということにどれくらい興味があるのかを知りたいし、次の作品も読みたいので投稿していただけたら嬉しいです。 

 

 続いて『文芸部の隠し事』、冥さん、お願いします。


冥 ①文芸部の隠し事 ②神浦七床 ③みんな何かを隠してる。

廃部寸前の文芸部に新しく入った高校一年生の佐倉が主人公。ちょっと風変わりな先輩や同級生に囲まれて、合宿や部誌づくりなどを通して、ちょっとした事件を介してみんなの裏側にある背景やドラマに気付いていく…… というあらすじです。文芸部に隠されているいろいろな秘密が、新入部員(佐倉)が、部員たちとリレー小説を書きすすめるうちに、浮き上がってくる、という格好をしています。読みやすく、いまっぽい。しかし、違う言い方をすれば、オリジナリティに関しては弱い、ということにもなります。小さいお話が(端正に)小さく書かれている(それが悪い、というわけではまったくありませんし、読み応えもありましたが)作品、という印象です。

 

 期待が……高まります……! 巳さん、お願いします!

 

 文芸部を舞台に学園七不思議を解いてゆくミステリなのか? と読み始め、どうもそうでもないみたい? では、なんのお話? となりました。ジャンルもそうですが、なにがどうなってどこに着地する話なのか筋立てが摑めず、作品に没入できませんでした。ずっと「これは何の話なんだろう。なにを頼りに読み進めれば良いのだろう」と思ってしまって、読了に苦戦しました。文章はとてもしっかりしていますが、型通りの表現が多いと感じました。

 

N  2022年下期に『法人類学研究室の研究ノート』を応募してくださり、私が連絡を取らせていただいた方です。そちらの作品はミステリでしたが、今回は身近なことにテーマを絞って書き上げた作品のようです。世界を小さく内側に向けて書いてくれたのですが、全体としては薄くなってしまった印象。ミステリ風味を匂わせるのであれば、用意されているオチですと肩透かしになってしまうかもしれません。でもきらっと光る部分はたくさんあるので、また応募してきてほしいです!

 

 ウェルメイドですが、1作家1ジャンルのメフィスト賞受賞作か、というと、ちょっと違うかもしれません。めっちゃくちゃいい話に振り切るとか、いい話だと思って読んでいたら全部裏切られるとか、予測のつかない方向に転がり続けて放り出さるとか、小説を書く行為をメタ的に表すとか、高校生って最高だ!! と思わせてくれるとか……なにか、なにか欲しい……と思いながら読み終わりました。また他の作品を読ませていただけたら、と思います。 

 

 それでは次の作品に進みます! 『ピンクニンスクのくじら女』、こちらはUさん、よろしくお願いします。

 

U   ①ピンクニンスクのくじら女 ②北村アサカ  ③奇妙な話
過去に家族を火事で失った主人公の少女。彼女は孤独に生きながら、アパートの一室から繫がる、死んだはずの弟と出会える不思議な空間に通う日々を送っています。彼女は勤務先の産廃処理場で恐ろしい秘密を目の当たりにしたことをきっかけに、自らの過去の因縁に向き合うことに。一方で、かつて世界を混乱に陥れたAIの青年・ウミガラスは、七年前に失踪した天才科学者の捜索を命じられてーー? という、SFエンタテインメント! でありつつ、純文学の気配も感じました。アイディアが豊富で、文章もキレていて、何より、書き手の方の頭の中がどうなっていると、こんな小説が出力されるのかと衝撃を受けました。圧倒的個性を感じるのですが、だいぶ癖が、強くて……。どうでしたでしょうか?

 

 1ページ目からめちゃくちゃ面白くて、これはすごい才能だなと前のめりになりました。実に惹かれる冒頭です。途中からギアが入ったように露悪的な表現なども加速して、後半は少々駆け足になって人間関係などがわかりづらい部分もありましたが、無事に着地したことに力量を感じました。視点人物が多いのですが、もっと絞り込んだ方が良いと思います。これはもったいないと思いました。もっとも気になったのは「ような」「ように」という比喩表現が大変多いことです。素晴らしいな痺れるなと思う比喩がある一方で、よくある喩えも多いと感じます。文章力も高く、作品世界に誘う力もある方なので、もう一段上の作品にするには、陳腐な喩えは削って、最小限の研ぎ澄まされたものだけ残していただきたいです。少数の好事家に向けて作品を書いていきたい方なのかもしれないのですが、才能や知識を多くの方が楽しめるエンタテインメントを書くことに向けてくださったらどうなるのかな、という興味はあります。

 

 冒頭の摑みもとても良いし、文章も読みやすいです。並行世界それぞれの描写や因縁にもオリジナリティがありますよね。伊坂幸太郎さんがお好きとプロフィールに書いてありましたが、村上春樹さん的な世界観もあり、個人的にも好きです。ただ、強く推せなかったのは、並行世界でのドラマの展開がそこまで大きくなく、山場が平坦なところ、地の文での解説が多すぎるところが気になったから。オチも冒頭の期待感を超えるものではありませんでした。あと、これは自分が読み取れなかっただけですが、それぞれの世界ではあらゆる可能性があるのに、弟がいない(生まれるはずだったけど、生まれなかった)だけは確定していて変更不可になっているのはなぜなのでしょうか? 

 

N 地方の民俗学的なモチーフと、SF的なモチーフの組み合わせがこの物語の魅力ですね。全体的にやや難解なのですが、歯応えがあって、今回の座談会登場作品の中で、一番書きたいものが明確だと感じました。完成形ではないかもしれないけれど、第一段階としてちゃんとまとめ上げていてすごいなと思いました。ただ、薬の使い道はなんだったのか、私にはまだ読み解けない部分もありました。「ここから出して」という人間は誰だったのか、など、さじ加減が難しいところですが、もう少しだけけむに巻かずにラストで提示してくれると満足感がより高かったように思います。

 

 メフィスト賞らしい個性だなぁ、と思いました。ただ文章も構成も散らかっている印象です。王道のストーリーラインに乗せて書いてみるとか、ひとり、この人物を軸に描くんだ、と決めて(読み手に伝えて)書くとか、最後まで読むとこの結末に向かって進んでいたのか! と拍手できるような構成にするとか、手はあったのではないかと思います。みなさんが言う通り、いい文章やシーンもありますが、いい部分が目立つだけに、凡庸な部分も記憶に残ってしまったので、もうちょっと時間をおいて磨き上げていただけたらよかったです。冒頭◎、中盤〇、ラスト? という感じです。


U ありがとうございます! 皆さんがおっしゃることに異存ありません。私も、ラストや設定の部分で理解が追いつかないところはたくさんありました。ただ、この書き手の中にはきちんと設定があると思いますので、その取捨選択をいまいちど見直してみていただきたいです。

 

 冒頭のトーンで最後まで書いていただき、オチも9割くらいは読者に理解できるようにしていただけたら、エポックメイキングな受賞作が誕生する気がします。

 

 続いて『シナノ女王の謎』、土さん、お願いします。


 ①シナノ女王の謎 ②伊佐木翌二郎 ③令和のクイーンはロジカルに、ローカルに謎を解く

長野県内で事件が起こるたびに現場に「信濃のクイーン」=シナノクイーンという謎の女探偵が現れるという噂をたしかめに、オカルト雑誌のライター川内がクイーンを研究している推理作家の邸宅を訪ねると、そこで殺人事件が起こる。噂通り現場に現れたシナノクイーンのワトソン役として川内は事件について調べることになった、というあらすじです。「長野限定の都市伝説的探偵」というあえてのベタが逆に物語を面白くさせたのではないかと思っています。テンポもよく、物語が進むにつれて、登場人物の側面が見えてきて、さらにきちんとオチに繫げることができていると思いました。この後に話し合う『死んだ山田と教室』の方と同様、メフィストでデビューするのが一番良いのではないかと思っています。それぞれの事件のトリック自体は突飛なものではないので、ミステリ好きな人には物足りないでしょうか? ラストはちょっと急いで書いている感じでもったいないと思いました。

 

  続いてUさん、お願いします!

 

U ミステリがお好きな方がモリモリと楽しんで書いたのが伝わってくる一作でした! 推理作家の邸宅に集められる人々、そこで起きる殺人事件……! 心くすぐられますし、先行作が多いので読者のイメージも浮かびます! タイトルやモチーフやセリフの数々がいまひとつ洗練されていない点は、すこし気になります。「信濃のコロンボ」シリーズという内田康夫先生の原作小説があって、内容はもちろん違うのですが、意識されているのでしょうか……? ラストの見せ方も、反則、というか、犯人の格がさらに下がる展開なので、もったいないように感じました。

 

N 私は最後びっくりしました! 不可思議なキャラクターを使って、まさか大きな噓で噓を隠すことに使うとは……。この企み、センスが良いと思います! 一点突破の思い切りの良さ、なかなかできることではありません。ただ、ちょっと長すぎますね。作中に書いていただく必要はないですが、個人的に信濃クイーンの本当の正体がめちゃくちゃ気になります。

 

 「クイーンはロジカルに、ローカルに謎を解く」がちょっとツボに入ってしまって、一緒にご飯を食べてミステリ談義をしたいなぁと思いました。ただミステリがお好きなんだということは伝わってきましたが、会話文を読むと、どの人物も想定されているであろう年齢より幼いように思えてしまいました。リアリティのある人物にするか、この世界観だからこそ成り立つ個性的なキャラクターにするか、どちらかに振ってしまった方が良かったのではないかと思いました。また全体にやや冗長で、大幅に詰められそうです。先行作の要素をてんこ盛りにするのは良いのですが、それだとミステリに詳しい人々しか喜ばないように思います。しかしラストはとっても好きでした。 


U 手当てできる「もったいないところ」ばかりだと思います!

 

N これで受賞か、と言われると悩みますが、ミステリが書ける方だと思いました! また新しい作品を楽しみにしております。

 

 続いて『フライ・ミー・トゥ・ザ・ドーン』、冥さん、お願いします。

 

 ①フライ・ミー・トゥ・ザ・ドーン ②遠藤歌う ③Not Mystery, Not SF, Just Love.

人間が光合成をすることができるようになっている、そんなすごい時代、2137年に、医師が患者を殺す事件が起こります。なぜそんな殺人が起こったのか、そこに至る道が、少しずつ時代を遡って描かれ、その医師と患者の関係の変化と社会の変化が浮かび上がってくる、というお話です。こちらもまた、小品で、センチメンタルすぎるところもありますが、面白かったです。 新しい時代から古い時代へ遡る、という好きなタイプの構成の物語であります。良い意味で、若い頃にしか書けない質感を持った小説でした!

 

N    キャッチコピー、すごいですね!!

 

海 遠藤歌うさん、以前にも座談会で読ませていただいた方ですね!

 

 2022年上期の『英雄病』の方ですね。 

 

 2022年下期の『ビットビビットワットダニット・バイブルバイラスワンダーランド』も含めて3期連続です。

 

U    メフィスト賞へのJust Love…!

 

 土さん、今作はいかがだったでしょうか。

 

 ジャズの名盤と絡めて展開していくストーリーで、冒頭から次の章、その次の章くらいまではとても楽しく読んでいたのですが、話が進むにつれて評価が下がってきてしまいました。物語の構造としては、時代を遡るわけですが、ドラマとしては、冒頭の現在が一番のピークになっていて、遡ることで冒頭がより強化されれば良かったのですがそうはなっていないと感じました。時代を区切ることでドラマの弱さをジャンプさせている感じがします。「主人公たちの過去に何があったのか」が読みたいところなのに、ラストがまさか別の人物の物語になってしまっていることもマイナスポイントでした。

 

 続いてNさん、お願いします。

 

N  『君の毒で死ねるなら』も含め、新型コロナが創作に与えた影響を強く感じた一作ですね。 一人の命を救うために、多くの犠牲を払ってでも仕組んだこと、という動機に凄みを感じつつ、この作者が貫くロマンチックさに変わらずの個性を感じました。今まで応募してくださった作品の中で一番良いと思いました。「全ては初恋のために還元される」という徹底ぶりが振り切っていて素晴らしい。これがJust Loveということなのかと思い、最後にキャッチコピーを読んで笑ってしまいました。良いところはありますが、少し読みづらいのと、ミステリとしては伏線が足りないので推理ができず、後出し感が否めないところもあります。ミステリの鬼・天さん、どう思いますか? 病気を安易に装置として思いついてしまうのも、今後ミステリを書き続けていけるのか、と心配な部分ではありますね。

 

 ミステリーを量産されるタイプの作家さんではないかもしれないですね……。会話もキャラクターも若く、青い。この青さを前面に出していけば良いのかも、と思いました。ロマンチックな物語を書けるし、書きたい方なんだと思います。時間を遡ったり、長い時間を積み上げたりしていく小説って、最後に大きな感動が用意しやすいと思うんですけれど、せっかくの設定があまり生かされていないように思いました。惜しいです。これだけ筆力があり、発想も柔軟なので、編集者が付いてすこし意見交換をしたら、ぐっと良くなりそうな気もします。

 

 以前の投稿作も優しさや切なさが魅力でした。だからこそ病気や障害の作品内への取り込み方が気になった記憶があります。 

 

N その病気自体が現実のものではないとしても、他者が苦しいこと辛いことを装置として使って物語を作ることには抵抗を覚えますね。

 

 余命とか病気とか、過去の性被害とか、昔子供が事故にあったとか、そういうことを書く前に、ちょっと考えてみてほしいんですよね。それは作者が楽をしているだけなのでは、と。他にも辛いこととか悲しいこととかやるせないことってたくさんあって、大病を患わなくとも、ずっと刺さって抜けない棘のようなものは、日常の中にあるのではないかと思います。 


 今作は、驚くべき長い時間が物語の中で経っているのに、そこに対しての感情や感覚の部分が鈍いと思うのです。

 

 無力を痛感したときに、他者や社会を攻撃するか自分の無力さを責めるか、でも小説の印象が大きく変わるように思います。

 

N 設定の辻褄を合わせることと同時に、心情の辻褄を合わせることも大切なので、それも意識していただきたいですね。

 

 続いて『お望み通り、殺します』、Nさん、よろしくお願いします!

 

N ①お望み通り、殺します ②稲葉野々 ③完全オーダーメイド自殺幇助サービス
プロの殺し屋が「自殺願望のあるあなたの望みを叶えます」。そう謳うサイトに惹かれ、悠香は半信半疑で依頼をする。殺害予定は1週間後、その間にプロ殺人鬼を名乗る高橋という男が最後の望みを叶えてくれるという。悠香は十年前に親友を自殺に追いやったことを悔いていた。最後の望みは、引っ越した親友の母を探し、謝罪することだった。高橋と一緒に自死までの1週間を過ごすが……というあらすじです。各エピソードがパズルのように最後に組み上がるので、すごいなと思いつつもご都合主義の印象も拭えません。登場人物の心情が追えない部分、エピソードの深掘りができていない箇所が散見されますが、ピリオドを打てたことを評価して座談会にあげます。


 こちらは海が読ませていただきました。夜に1人で読んでいたのですが、主人公の悠香が抱える過去や積み重ねてきた感情の重さに、こちらの気持ちを持っていかれて私も苦しくなりました……。とても描写に長けている方だと思います。せっかくシェアハウスに住んでいるという魅力的な設定にしていただいていますが、他人同士が同じ場所に住んでいる、というところしか生かせていないので、もう少し何か工夫できそうです。全体として書きっぷりは素晴らしいのですが、物語の筋としては今までどこかで読んだことがあるような雰囲気があり、新しさや独自性についてもう少し工夫していただけたら、さらに面白くなるように思います。なぜ今この作品で、そして世の中のどんな人に読んでもらいたいのか、を突き詰めて考えるとその点を定めていただきやすいかと思いました! 天さん、いかがだったでしょうか?

 

 同意見でした! うまくまとまっていましたが、いろんなものを読まれて勉強されて、形にした印象です。作品のドライブ感とディテールで良いところはあったのですが、ここに、セリフがめちゃくちゃ格好いい! とか、ものすごい速度で展開していく、とか、人間の心の機微を徹頭徹尾描いている、とか、こんな設定見たことない! とか、何かもうひとつ強烈な魅力があれば……。でも商業作家としてデビューされたら、良い作品を量産されそうです。  

 

 私はメフィスト賞座談会への参加が4年目になるのですが、今までで一番、苦しい方向にですが、心を動かされたことは確かでした。次作は細かい部分もじっくり練っていただいて、読ませていただくのを楽しみにしたいです。

次に進みまして、『シニガミストリート』巳さんより、お願いします!

 

 ①シニガミストリート ②坂月泉巳 ③見えざる死神と、銃声二つ
主人公は、自らの特殊能力を利用して探偵的な仕事をし生計を立てている。百鬼機関からの依頼で研究所から持ち出された書類を探す一方、ある男の護衛を依頼される。だが、対象人物は殺害されてしまう。犯人は誰か? 持ち出された書類は何だったのか? というあらすじです。物語の骨組み自体は、既視感がありますが、登場人物たちの心やさしさに魅力を感じます。また、殺人事件の謎を論理的に解こうとしている点に好感を持ちました。ただ、謎が小さく、また謎の数が少ないので、そこを楽しみに読み進めるところまで行けなかったのは残念です。被害者と主人公の間にもっと濃くてエモーショナルな時間が欲しかった。読者もすっかりその人が好きになったところで殺人に巻き込まれるくらいに。若い書き手ですし、オリジナリティが見つかれば読み手をもっと喜ばせてくれそうです。 

 

U 読みながら、うまっ! おもしろっ! と、ハッとするキャラクター描写が多くて、興奮しました。例えば、序盤にある、コーヒーの匂いがすると思ったら●●を●●っていた、とかすごく良いですよね! 伏せるほどではないのですが、すごく良いと思ったので伏せます。センスと工夫の両方が必要なので素晴らしいなと思いました。落ち着きとフレッシュさが共存する書きっぷりがとても好ましいです。読み手を楽しませようという盛り沢山な設定も魅力なのですが、書き手の方の背伸びしている感じがストーリーを若干停滞させています。書き手に身近な題材や世界をベースにして、そこに工夫を加えて書くとどんなものが生まれるのか……。とてもお若い方なので、さらに色々書いてみていただきたいです。文章が一見シンプルだけど、ストーリー展開を邪魔するくらい何かが邪魔していると感じました。一文の中で一つ、要素を減らしてみると良いのかもしれません。

 

 絶賛ですね……!! Nさん、いかがだったでしょうか?

 

N  面白く最後まで一気に読みました。ただ、あまり小説を書き慣れていないのかな、という印象を受けました。一人称多視点のため、視点人物が変わった時に同じ説明が繰り返されています。説明が重複しているので、削ぎ落として最低限で伝える方法を、たくさん書いていく中で身につけられるのではないかと思います。展開が少なく事件も小さいのに、それを支える組織的な問題だけは大きく、アンバランスな印象も受けました。動機にも納得できないものが多かったかもしれません。皆さんが言う通り、人物はとても魅力的で、この方の長所だと思います!

 

 続けて天さん、いかがでしょうか?

 

 もう少しフィクション度が低い設定で書かれた方がこの方の筆には合うかも、と思いました。そんなに焦って設定を盛らなくてもいいですよ、と。せっかく登場人物やセリフが良いのに、ひとつひとつの出来事によって登場人物になにがもたらされるか、人物同士の関係性にどのような変化が生じるか、というところまで筆が届いていないように感じます。巳さんが書いているように物語をひっぱる謎が小さいのも気になります。しかし全体を通して丁寧に書かれていて、好感度は非常に高いです。それぞれの出来事によって人物がどのように変容するかを考えていただいて、設定や出来事をすこし減らして、人物の変化によってストーリーをゆっくりと、着実に変化(展開)させていけばさらに良いのかも、と思いました。素敵! でも惜しい! という感じです。たためるサイズの風呂敷を用意して、丁寧に畳んでいただければ、さらに良い作品が書けそうです。次作がいまから楽しみです! すぐに上手くなりそうな予感がします。

 

 では今回最後の作品に進ませていただきます。『死んだ山田と教室』、土さん、お願いします!

 

 ①死んだ山田と教室 ②金子玲介 ③死んだあいつが本当に死ぬまで

夏休みが終わる直前、山田が死んだ。飲酒運転の車に轢かれたらしい。山田は勉強が出来て、面白くて、誰にでも優しい、2年E組の人気者だった。二学期初日の教室は、悲しみに沈んでいた。担任の花浦が元気づけようとするが、山田を喪った心の痛みは、そう簡単には癒えない。席替えを提案したタイミングで、スピーカーから山田の声が聞こえた。騒然となる教室。死んだ山田の魂は、どうやらスピーカーに憑依してしまったらしい。スピーカーになった山田とクラスメイトの奇妙な日常が始まるーーというあらすじです。青春の痛々しさ、恥ずかしさがエンタメになっていると思いました。冒頭の山田持ち上げの寒さには「絶対何かある」と思ったのですが、それは誰にでもあったであろうコンプレックスからのもので、でもそれをことさら大袈裟にせず、それなのに物語として成立させた著者の「読ませる力」に可能性を感じます。これまではミステリを書かれていたのに今回は違った点について、「このタイミングで彼はこれを書かなければならなかったのかも」と思い、その部分でも作家性を感じます。

 

 とても読みやすかったし、面白かったです! 青春(の終わり)小説で、おっ! という驚きも仕込まれていて好感が持てました。「深夜ラジオ」のエピソードが好みです。構成にもう少し工夫を加えたり、残された友人たちの存在感をもう少し厚くしたりすると、さらに素敵な作品になるのではないでしょうか! 

 

 冒頭、「最強の席替え」で描写される山田の人望や喋り方からとにかく山田がずっと魅力的で、最初から心を摑まれました。何よりも魅力的だと思ったのは生徒同士の会話で、本当にリアルで普通で他愛がなく、内容があるかといえばないのですが、なぜかとても読ませられてしまいます。漫画の『セトウツミ』を読んでいるのに近い感覚で、等身大の高校生の会話を聞いているような気持ちになりました。とてつもなく会話文のセンスがある方なんだろうと思います!! ラストの衝撃の事実には驚かされましたが、全体の構造についてもっと練っていただけたらさらに面白くなると思います。スピーカーとして喋れること、ラジオをやっていること、山田自身の過去のこと、などなど、今はまだ要素が点の状態なので、お話全体でまとめて繫げてもらえるとさらにカタルシスが生まれそうです。さらにラストまで読者が、自分が何に向かって読んでいるかを忘れさせないようにしてあげる工夫をしていただけたら嬉しいです。が、とにかく面白かったです!

 

N すみません……私は……座席表とクラスメイト一覧が冒頭に提示されたので、てっきり「この中から山田を事故死に見せかけて殺した真犯人をさがす」物語なのかと思って読んでしまいました。まさか全く関係がなかったとは。それは私の勝手な勘違いだったのですが、この作品はラストがとても良く、良いお話です。真相がわかった時のカタルシスがやや少ないと感じましたが、伏線をもっと最初からちりばめればより良くなるように思います!

 

 山田に幸あれ。バカバカしい発想からはじまって、読み進めるうちにすこしずつ真顔になり、ラストは感動していました。こういう応募作を久しぶりに読んだので、なんだか満ち足りています。落差が大きい小説って、いいですね。もったいない場所がはっきりしていて、回収されていない。けれど回収しやすい伏線もたくさん張られていたので、改稿次第ではなかなかのものになると思いました。冥さんがおっしゃることに深く頷いております。まだまだつまめる部分があるので、丁寧に圧縮した上で、和久津以外の他の友人をうまく使えば、さらにこの世界観が生きるのではないか、と思いました。映画化してほしい。冒頭のバカバカしさが魅力なのですが、やりすぎてちょっと下品? ちょっと幼稚? と取られてしまいそうで、少し心配です。最後のシーン、その行動にまた別の意味が込められればさらにいいなぁ、と思いました。『バイバイ、ブラックバード』(伊坂幸太郎)のラストのように。

これってみなさまどうなんでしょう? 『ゴリラ』の次は、『山田』なんですか?

 

U 山田! 山田!

 

 ぜひ推したいです!

 

N 良いと思います! 

 

 受賞・刊行となった際には改稿があると思うので、そちらの原稿を読ませていただくのもさらに楽しみです!

 

 では、編集長のNさんから、高らかに宣言をば……!

 

N 2023年上期のメフィスト賞は……『死んだ山田と教室』に決定いたしました!!

 

 おめでとうございます!!!!!!!!

 

 『死んだ山田と教室』は第65回のメフィスト賞受賞作品となります!! 金子玲介さん、おめでとうございます!!

最後に、今回でこの座談会から卒業するメンバーが、なんと2人も……。座談会読者の皆様へ、ご挨拶をお願いします。


 短い期間でありましたが、文芸第三出版部で一番、文三歴が短いまま、違う部署に旅立つことになりました。メフィスト賞は、昔から大好きな賞だったので、その賞の選考にかかわることができたのは、とてもうれしかったです! いつか、シン冥として戻ってきたときにはまた、よろしくお願いいたします!


U 今回の座談会で、文芸第三出版部を卒業して、新たな部署で働くことになりました。 長い間、たくさんの面白い原稿を読ませていただき本当にありがとうございました! メフィスト賞の選考は決して楽なものではないのですが、毎回とても刺激的で、日々の仕事の励みになっていました。最後に参加した今回の座談会でも面白そうな作品が受賞して、刊行が今からとても楽しみです。これからは、講談社の一メフィスト賞ファンとして、メフィスト賞とメフィスト賞作家を贔屓していきたいと思っております。ありがとうございました。


 冥さん、Uさん、今まで本当にありがとうございました……! 

あらためまして、今回もたくさんのご応募、そして面白い作品の数々を本当にありがとうございました。メフィスト賞は今後もまだ見ぬ才能のご応募をお待ちしております。

受賞作『死んだ山田と教室』の書籍化情報も随時発信していく予定です。お楽しみに!

メフィスト賞2023年下期座談会は、8月末日受付までのものが対象になります。

どうぞよろしくお願いいたします!

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