メフィスト賞2022年上期座談会

文字数 14,989文字

一ジャンル一作家なメフィスト賞に、新たな才能が誕生!!

メフィスト賞受賞者は一体誰だーー!?

 2022年上期のメフィスト賞座談会を始めます! 今回は、2021年9月から、2022年2月末日までにご応募いただいた作品が対象となります。たくさんのご応募、本当にありがとうございました! 2021年下期座談会同様、編集部員が全ての応募作品を読ませていただき、その中から推したい作品を挙げ、それを複数の部員で読ませていただきました。まずは、巳さんからお願いいたします。(以下、①タイトル②著者③キャッチコピー)


 ①英雄病②遠藤歌う③これを読んで、価値観が変わりました!(二十代男性)

自分の命を失おうとも他人を助けずにいられなくなる伝染性の病・英雄病。罹患してしまった人や周囲の人物を描いた作品です。プロローグとエピローグを付けることで一作品にまとめていますが、独立した短編で構成されています。連環して大きな物語が見えるというような仕掛けがあれば良かったと思います。物語から優しさが感じられるし、素敵な表現や可愛らしい描写に魅力があります。ほかの作品も読んでみたいと思いました。


 「英雄病」というユニークな題材が素晴らしかったです。かなりドラマティック・感動的な結末に持っていくこともできるテーマだったと思うので、主人公やその周りの人々のパーソナリティや言動の書き込みをもっとすれば、読者も英雄病にかかった人物への感情移入ができて没入して読めると思いました! 「この人物はどういう出来事に対してどういう感情を抱き、どういう行動をするのか」を考え抜いて執筆していただきたいです。また、一話目から続きを楽しみにしていたら、二話以降は全く異なる雰囲気で驚きました。短編集としては統一感がなくなってしまいますが、書かれるものの幅が広い方だとは思いました!


 短編でなければよかったのに! と思いました。読後、読者に英雄病が伝染するというのはとてもよいのですが、もっとほんとうに、読み終わったら誰かにとっての英雄になりたい、と思えるように、何か書いてほしかった。文章がすごくいいし、長編で書いていただけたらさらによかったかもしれません。


 同感です。特に第一話目が面白かったですね。この症状や設定を思いついたのは、それだけで勝利ですね。「ナツユキ」という話も雰囲気が好きでした。短編のリンクのさせ方も、おぉっとなりポイントが高かったです。切なさが終始横たわる物語なのですが、著者の頭の中では物語ができあがっているのだと思うのですが、やや読者の感情が追いつかず、置いてけぼりになってしまうところがあるかもしれません。映画や本がお好きな方だということが伝わってきます。アイディアが面白いので、それを補強する小説部分を頑張ってもらえたら、より完成度が高くなると思いました。


 確かに切なさの表現が魅力的で、優しさがあるのでエモーショナルさを増した作品が読みたくなりますね。


 リップサービスではなく、また投稿してもらいたいと思います!


 ぜひ投稿お待ちしております!


 次に取り上げる作品は、①完全な善人②月ヶ瀬由③正しい人の顔をして、あなたはすべてを奪ってゆく です。

ベルギーを舞台にしたひんやりとして静かで哀しい気配のある作品。恋愛を中心とした愛の物語です。主人公が定まらず物語が流れていくため散漫に感じ、読みづらいのが難点。しかし映画を観ているような映像的な美しさがあります。外国を舞台にしているからこその美しさではあると思いますが、日本を舞台にして視点人物を定めた時にどんな世界を見せてくださるかな? と思いました。

文章が優美で上質です。物語は意外性がなくキャラクター造形にはやや既視感がありました。この方ならではの、読者をハッとさせる物語に期待します。 


 美しく、読み心地の良い文章でした。事件を描きつつ全体的に静謐な雰囲気があって、物語の展開もしっかり成立していて、個人的にはとても好きで面白く読みました。作品として安定感がある一方で、裏返すと、どこかで読んだことがある……という気がしてしまいました。部長の天さんと編集長のNさんはいかがでしたでしょうか?


 すみません、ぼくは視点がぶれていて、少し読みにくかったです。ひんやりとしていて抑制の効いた魅力的な文体で、とくに描写が良いと感じました。ただ展開があまりにまっすぐなことと、登場人物たちの行動が短絡的な点が残念です。今回の応募作品は、本作に限らず、いじめや性的虐待、両親の死などで主要登場人物にトラウマを負わせる作品が多かった。それらの設定がだめなわけではもちろんありませんが、書く以上は、覚悟をもって書いてほしいと思います。読者の中には、同様の過去を持つ方も必ずいます。考えに考えて、それしかない、と思ってやっと書くくらいでちょうど良いのではないか、と思います。

 この方は、ラストありきで書くよりも、この人物は、こういう出来事が起きた時に、どうするだろう? と要所要所で考えながら書いていただくと、作者の思いも寄らない結末に、人物が自らたどり着いてくれるのではないか、と感じます。その時、その人物は本当にそう動くか? という問いかけを、常にしてみてはいかがでしょうか。葛藤を描くときに、心情をそのまま言葉にするではなく、行動で描く、というのも試してみていただきたいです。 


 性的虐待を扱った投稿作、今回は多かったように思います。読むのが辛いと感じました。


 冒頭の虐待シーンがディテールが書き込まれていて、辛かったですよね。


 何かをなくしたひとが、その欠けた部分を埋める物語、というのは、王道で、読者にとってもわかりやすいのですが、なくした「何か」の部分に、創意工夫をこらしてみていただくのも良いかもしれません。


 このテーマを書かれるのには、ページ数が足りないのかもしれません。そこが天さんが言うところの、短絡さにつながっているのかもしれませんね。寄り道せず、書きたいことを登場人物を動かして描いてしまっているので、物足りなく感じてしまうように思いました。そう、美しいんです。この物語。巳さんの褒めポイントがよくわかります。ある少女二人の困難な長い一生のうちの、二人が交差する一瞬を通り過ぎざま切り取ったような描かれ方は美しくて、成功しているのかもしれないのですが、表面上の出来事を重ねて描いているだけのようにも感じられ、物足りなさが残ってしまいました。

私が本質を見抜けていないだけかもしれません。視点のブレは私もとても気になりました。 


 描くならしっかり描くしかない、ですよね。心身の襞まで分け入って書いていただけら、読者にとってより価値のある作品になるような気がします。美しさはぼくも感じました。清新な印象もあります。あと、読んでいてずっと、涼しい。


 ある意味、読者にゆだねてくれる作品で、それが心地よくもあり、書かれている内容はとても苦しい、というギャップが良さでもあるのかも、と思いました。やはり個人的にも文章がとても好きなので、持ち味を大切にしつつ書き続けていただきたいです!


 賛成! なんでも読ませてくれる力がありますよね。


 次に、①ここに誓います②小泉いずみ③罪は三等分できなかった

主人公が雨の日に渋谷で他人に当たり散らしているところから物語がはじまり、何事か? と思って読んでいるとその主人公が何者かに刺されてしまいます。非常に劇的で引き込まれる冒頭。そして二人いる弟たちの一人が、同様に刺された過去がある……と物語は進んでいきます。描写力があり、書き慣れている方です。文章も読みやすく、つかみから一気に話に引き摺り込むうまさがありました。驚かせよう楽しませようという読み手へのサービスも感じました。ただストーリーは弱く、中盤から崩れてしまったように思います。 


 これまでにもメフィスト賞にご応募いただき、座談会でも取り上げさせていただいた方ですね!

Uさんいかがでしたでしょうか?


 謎めいたプロローグから、主人公がしっかりかかわる事件が起きるどエンタメで、引き込まれました。謎を次々と提示してくれて、読み手を飽きさせないように工夫を凝らしながら物語を展開しているところが素晴らしいです! 主人公が途中まで読者に大きな隠しごとをしているのですが、その処理が惜しかったです。隠し事をさせるなら、そのこと自体をもっと煽ってもいいかもしれません。そうすれば、読み手として引っ掛かりを覚えられると思います。


 作中の情報を整理できておらず、情報の出し入れの順番が、読者に親切ではない気がしました。つかみはとてもおもしろくて、このあとどうなるんだろう、と興味をそそられて読んだら、中盤で失速してしまったように感じます。外見描写が少なく、情景もイメージしづらい。この文体なら、もう少し先を読ませるための努力をしていただきたかった。ラストは格好よくしまっていました!


N 私、以前の応募作も読んでいてこの方のファンになりつつあります。今回は、隠している事実があるため、冒頭の入りにくさ、説明の足りなさが多く、物語に入るまでに時間を要しました。ラストは一見、物語が閉じて整えられているように見えるのですが、よくよく考えると「なんでわざわざこんなことをしたの?」という強引さが気になります。ただこの方、前作もですが、キラッと光る、印象に残るエピソードを描くのが上手です。エモーショナルかつ、重ねるエピソードがうまいので、これからも書いていって欲しい方です。この作品でメフィスト賞を、というのは難しいのですが、応援しています。


 ①Magic Art Night②+assw③「愛」も知らない「逢」の物語。

大学生三人の出逢いをきっかけにうまれた『全国学校放火計画』。彼らは各地の学校で、傷つき、虐げられている人たちに声を掛けて、救い出そうとするが……? というお話です。著者独特の文体があって、まずそれが才能に感じられて目が離せなくなりました。私の勝手なイメージですが、舞城王太郎さんや西尾維新さんの小説に感じる、衝動を見事に文章にすることに成功しているように感じられたんです。今回が初投稿ということもあり、座談会に残したいと思いました。登場人物たちの様々な悩みが登場します。その悩みに対する著者の考えがまだ足りていないところはどうしても気になってしまいます。


 センスがおありだ、この方は! と思いました。文章に個性を感じました。ストーリーの展開、エピソードなど、文章ではない要素でも、もっと、読んでいるこちら側に届くなにかがある方がよいかなあ、とも思いました。それほど、文章が魅力的でした。


 読んだときのメモです。

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天才が出た。デビューしていただきたい。これみなさんで読んでいただけないでしょうか?

吃音症、いじめ、について、取材をした上で書いてもらいたいですが、ひとりでここまで書けたら、十分かと思う。

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……ですが、Uさん冥さんのご指摘がごもっともで、不安になってきました。構成やテーマはこちらからアドバイスをできるかと思うのですが、文章ばかりはこちらでどうにもできません。その文章がいい、というただ一点において、受賞に推せるのでは、と思いました。もう少しどなたかに読んでいただいて、大改稿して受賞、というのは……ないでしょうか。ううむ。次作かな。どなたか強く推したい、という方がいたら、ぜひ伴走していただいて、うちからデビューしてほしいと、思います。


 初投稿なのですね! びっくりしました。各章一視点で語られる中、ずっと主人公が弱いのはなぜなんだろう、と思っていたのですが、最終章前で、その謎がとけ、あぁうまい演出だなと思いました。書かれている一人語りの言葉のセンスは、夢中になって追いかけてしまうほど。特に多感な時に、読んだ方が良いかもしれません。ただ、各章で個性の書き分けができておらず、どれも著者のひとつの顔がのぞきます。そこをもっと書き分けられたら良いですね。何者感が強い人でした!


 私も読んだ時に会いたいと思ったので、電話か、編集部にいらしていただくのもありでしょうか?


 ありもありではないでしょうか!


天 ぜひぜひぜひ、と思います! 会いたい!


 断然ありだと思います!


 なんと、これから楽しみです!!

では次に進みまして、①木犀の香に雨が染む②二羽怜③「土萠は関わった人を破滅させるーー。思い返せば全部あなたのせいだった」 小太刀二刀術を遣う天才女剣士・小野土萠の薄命な少女時代を描いた剣戟小説。

日本人離れした銀色の髪とめずらしい桜色の瞳を持ち、小太刀二刀術を修めた天才剣士・小野土萠が自分の居場所を見つけるまでの物語、というのが大まかなあらすじです。色々な人物の立場から小野土萠という一人の女性の生き様を辿る物語という形式をとっており、それぞれの場所で懸命に生きる彼女の姿が印象的です。それぞれ描かれる彼女の身の回りの人物も、人間味溢れる描写が好きでした。現代ものを書いているのに時代ものっぽい雰囲気があるのが特徴です。とにかく安定感がある文章を書かれ、驚きました! 投稿歴も無いそうです。皆さんのご感想をうかがわせてください!


 初投稿とは思えない作品でした! 文章がしっとりしていますね。人物の名前が漫画的なものが多いので、普通の名前の人物と、異様な名前の人物を使い分けると、それだけで作中のキャラクターの違いがもっと出ただろうに、と思いました。読み応えと、読み終えたときの満足感、とても高かったです!


 ぼくは、感動してしまいました。ビルやエスカレーター、スマホなどを冒頭に出すことで、きちんと時代を令和にできれば、受賞していただいてもよいのでは? と思ったほどです。海さんか冥さんか、もしくはあらたに読まれた方の中で、ぜひ担当したい、本にしたい、という方がいらっしゃったら、止める理由はないように思います。 『Magic Art Night』も『木犀の香に雨が染む』もそうなのですが、文章がいいというのは、今後ますます大事になってくるのではないか、と思います。少し脱線してしまいますが、小説家が小説家たる理由はなんだろう、と最近考えていて、描写ではないか、と思いました。小説の要素がストーリー展開、キャラクター、文章の味わい、だとすると、ストーリー展開とキャラクター(セリフ)は映像にも漫画にも当然ありますが、文章はありません。映画は映像で、漫画は絵で、小説は文章で、キャラクターがどういうストーリーを生きていくかを描きとるのだと思います。なので心情描写や風景描写を魅力的に描ける才能はすごく大事にしたいなぁと思います。メタバース空間で人物を思いのままに動かせる未来には、「描写」が存在しません。そんな未来でも小説を読む理由は、文章、なのではないかなぁと。


 海さん、よくこの作品を座談会に挙げてくれたなと思いました。いわゆる「ひっぱる謎」を提示せずに、「一体なんの話なの?」ということが気になって最後まで読ませるタイプの話でしたね。面白い部分も多いし、文章も雰囲気があるし、最後まで一気に読みました。土萠がどうやらキーパーソンなのか、とわかる中盤あたりは、とてもひきつけられました。けれど、この壮大な物語を「どうまとめるのか」と気になって長い道のりを辿ってきたわりに、最後が二者間の感情だけに着地してしまうのが残念……という個人的な感想があります。それと、服装などの描写がまったくないので、どんな時代なのか、そもそも現実ではないパラレルワールドなのか、と気になってしまったところも。著者には絵としてありありと想像できているので書いていないのだと思いますが、読者は初めてこの世界観に触れるので、そういった情報も過不足なく書いていただいたほうが、より読みやすくなるかなと思いました。でも、もうそういう「情報を描写してほしい」という固定観念すら古いのかもしれないな、と思ってしまう作品力でした。


 今回の応募作品、服装の描写がない投稿作、なぜか多かったですよね……! この小説が何を書くものなのか、冒頭に提示(暗示))するのは、エンタメにおいては必要なのではないかと思います。 


 書かれるときに読み手がどんな風に読むのかを想像して書いてもらえると良いですね。


 とても気になる作家さんなので、ご連絡差し上げて、お話しさせていただきます!!


 ①噺家フェイク②みるな なるみ③たとえ、師匠の落語がニセモノだったとしても。

主人公である湊蒼真は、見習い弟子の若手噺家。 師匠である四代目・湊清志朗が提唱する落語ロジックは、 「体験」を重んじる迫真性理論というもの。先代を超える落語の完成を志向した四代目は、理論を次の高次元に昇華させる奥義を閃めく。しかしそれは狂気の沙汰であった……。

作者は他のお仕事と並行して、落語作家として活動中とのこと。だからだと思うのですが、“聞かせる” 文章になっていて、映像が浮かびやすい。短い中でテンポ良く話が進んでいってあっという間に読み終わってしまいました。これは武器だなぁと。人物の描写もいいですし、本職だから落語の説明もわかりやすい。とはいえ、構成の驚きはなく、オチの予想がつきやすいのでメフィスト賞にはもう一歩かなぁと思っています。読者を引っ張る力はあるので、ミステリーに限らずですが、読者の心を動かす作品をこれからも書いていただきたいと思いました。


 五分後に意外な結末というタイプの内容で、ショートショートなどに向いている題材と感じました。修飾語が多く、文章が過剰。繰り返しギャグなのか、サービス精神の表れか、読み手への目配せを感じますが、もう少しすっきりさせたほうが読みやすいと思います。笑いは非常に難しいので、指摘もまた難しいのですが、誰かを下げることで笑わせるのはハラスメントではないだろうか、と感じました。


 巳さんがおっしゃることはそのとおりだと思います。そこがリアルなような気もしています。


 肝心の迫真性理に、新味がないように思いました。狂気の理論、というよりは、一般的な理論のように感じる。またこれは法則性を持つ「理論」というより、「信念」や「思想」に近いのではないかと思います。語りはうまいし読めるのですが、やや話しすぎで、だれている印象です。書き終えた後に推敲して会話の応酬を削り、警察は何をしているのか、こんな事件を起こせるのはどこなのか、なぜそこまで偏愛したのか(迫真性理論でそこまで洗脳できるのか)など、リアリティを担保して、ラストに読者の感情を大きく動かす構成を考えてみていただくとよかったのかなぁと。自然な会話文ですし、耳から聞くと許容できそうではあるのですが、小説にするならもう一段階、言葉や表現に気をつけていただいてもよいのでは、と感じました。しかしこれは好みの問題かもしれません。 


 長編だと倫理観が気になるかもしれませんが、私はこれは潔く歪んだ短編として良いと思いましたよ! 面白かったです! 意外性という意味では座談会にあがった中でいちばんではないでしょうか。前半、中盤の余計な部分を省いて、ホラー短編にしたら、かなり良いと思います! この歪さが、物凄い好みです。落語テーマで、ほんわかしているのかと思ったら、まさかのオチでめちゃくちゃびっくりしてテンション上がりました。最後の一文もホラーですよね。さすが落語のネタ、という感じでした。私は今回の中で、この方が一番気になりました!


 「小説現代」の落語特集とか裏百物語で三十枚程度の短編が掲載されていたら、おもしろかった! と話題になりそうです。 


 ですです。すぐ仕事の話ができそうだなと思いました!


 おそらく作者はまだ小説の枠というか表現の射程がわからないのかもしれません。その場で聞かせる落語と違って。なので、そこは書いて、読んで身につけていただくしかないのかなと思います。連絡取ってみます!


 続いて、①羊に薔薇 ②河合晄 ③猫に小判。猿に絵馬。犬に論語。羊に薔薇。

大金持ちが、亡くなりました。大金持ちがミステリーの中で亡くなると、だいたいそうかもしれませんが、「遺産は誰の手に問題」が勃発するんですね。この小説では、大金持ちの家に一年間、住み続けないといけない、というのが遺産を手に入れるためのルールです。外泊禁止です。が、なんと、(遺産を手に入れることのできる)子どもたちが十三人、もいる! 十三という不吉な数字が暗示するように、やがて殺人が……というストーリーです。設定がとても「文三」っぽく、ミステリへの愛を感じました!


 工夫や設定が盛りだくさんの作品で作者の意欲を感じましたが、十三人の子供に一年間の館生活。登ろうとする山が高すぎたかもしれません。殺人事件なども起きますが、本格ミステリーではなく、むしろブラザーフッドものの空気を感じました。登場人物たちの背景が語られず、キャラクターを摑みきれなかったのが残念です。館、新築らしいんだけど、建てるのにも時間がかかるだろうし、お父さんいつ死んだんだろうか?


 館、ぼくも気になりました! あとは設定が魅力的なのですが、事件が起きるまでがかなり遅い気がします。「おれ」「俺」の一人称が良いのかどうかも疑問です。ポエティックで内省的な人物がたくさん登場し、読みながら、たびたび人物の内面を把握するために立ち止まらなければなりません。描きたいことはわかるのですが、もう少し続きを気にさせるような工夫がされていたり、ここを描きたかったんだ! という強烈な個性のようなものが感じられればよかった、と思いました。 


 面白かったです! クローズドのミステリーもので、リーダビリティがとっても高い。ただ、推理や論理的解決がなされないので、消化不良な面が。兄弟や「家族」というテーマがすごく浮き上がるので、ミステリーというより、「主人公とヒュー」の物語として満足感のある読後でした。もっとたくさん書いてほしい! 才能があるように思いました。


 出勤できるなら主人公も転校すれば良かったのに、と結構オープンなクローズドサークルなのは気になりませんでしたか? 


 オープンなクローズドサークル。笑


N 出勤設定、不思議でしたよね。逆にうまく使えばよかったのに……!


巳 続いて、①ある死刑囚の息子②舩橋勧③人生を狂わせたのは誰だ?

人気ゲームシナリオライターで死刑囚の息子である男性と犯罪加害者家族になってしまった女性ルポライターを軸にした作品です。冤罪だと控訴し続けている父親を信じられず憎む息子が、父を信じるようになるまでと、その真犯人探しを描いています。全体の完成度が高い作品でした。定型をわかっている書き手でバランスも良いと思います。しかし著者名を伏せられても「あの人の作品だ」とわかるような個性や独自性、驚きには欠けていると感じました。ドラマや映画の脚本なら、演じる役者さんの個性を生かすため登場人物の個性を書き込まない方が良いかもしれませんが、小説では作者の手で深めていただけるので、そのあたりを書く楽しさを探っていただけたらと思いました。  


 いま、書店さんに並んでいたとしてもおかしくないだろうなあ、という雰囲気、ありました! 同時に、安心して読み進めることはできますが、新しさ、という意味では、少し弱いかな……と感じました。


 シリーズ化できそうな作品だと思いました。しかし全体に新味がなく、真相も予想の範囲内でした。安心して読めますが、読者に、自分のためだけに書かれた物語だ、と思わせるものではありません。多くのひとに楽しんでもらえる作品を書く筆力は素晴らしいのですが、一作家一ジャンル、というメフィスト賞との相性は、少し悪いのかもしれないですね。


 この安定感! 売られている小説を読んでいるように思いました。展開構成がきちんと練られていて、冒頭の文章の視点の定まらなさなど読みづらい部分はあったものの、少しすると読みやすくなりました。キャラ造形をはじめ、安定感がありすぎて、逆に売りづらい、のか。何を新しい魅力とするべきなのか、に悩んでしまうほどでした。お姉さんの事件だけ少し消化不良でしょうか。一定以上のクオリティには達しています。


海 メフィスト賞という中で没個性になってしまわないように、ということですね。続いて次の作品、冥さんお願いいたします。


冥 んご、んほっほんほ、んほんほっ、あっすいません、ゴリラ語で書いてしまいました。①ゴリラ裁判の日②須藤古都離③正義は人間に支配されている、とゴリラは語った。

人間に匹敵、あるいは凌駕する知恵を持つ、めちゃめちゃ賢い(メス)ゴリラ、がいるんです。そのゴリラには夫がいまして、で、ある日、動物園で、人間の子どもが、うっかりゴリラたちのいる檻の中に入ってしまうんですね。夫ゴリラは優しいから、その子を助け出そうとします。でも人間にはそれが、子どもを襲おうとしているように見えてしまうんです。そして、射殺……。その殺ゴリラ行為が許せん! と、ゴリラにも人権がある! と、賢いゴリラが訴え、裁判が……、という話です。読みやすい文章、頭に入ってきやすいストーリー展開で好感を持ちました。サービス精神がある方だなあと思いました。以上んほっ! あ、まちがえました、以上です!


土 いやー、やられました! 面白かったです。作者はハヤカワのSFコンテストで一次通過されたことがあるということですが、まだそれほど投稿歴は多くないのかもしれませんね。前半と後半でドライブのかかり方が全然違って、書きながらものすごく上手になっているように思いました。前半部分はたとえば、ドキュメンタリー映画の『プロジェクト・ニム』の内容を知っていないと感情移入がしにくい、逆にそのあらすじを知っていると描かれていることに理解がおよぶという感じだったのですが、後半はそういった既存作品の補助線がなくても楽しめる物語になっていました。さらに、細かい伏線の回収もあり、アイディアの引き出しも多そうでとても楽しみな書き手だと思いました。一方で作品で繰り返し語られる「ゴリラと人を分けるもの」について、作者も十分注意をしながら書いてはいるのですが、それでもやはりところどころにエゴが入ってしまっていて、それこそ読む側が人間であるという前提になってしまっていることがもったいないと思いました。主人公のゴリラが自分の心情を説明するシーンが多く描かれているのですが、「人間の思い込みじゃないですかね?」と思うところがあったりして。この方は、大きなテーマをきちんと咀嚼してエンタメとして出せるようになったら、すごい才能だと思います。 


U めちゃくちゃ面白かったです!! タイトルからてっきりコミカルな作品かなと思っていたら、シリアスなドラマの中に笑えるコミカルさがあって読み応え抜群でしたね……! ユーモアも効いていて、アイディアも構成も展開もキャラクターも、すごくよかったです。特に、主人公ゴリラのローズが音声の言語を獲得するくだりと後半の裁判が面白くて、選考を忘れて読みふけりました。胸打つモノローグがいくつもあって、たとえば、「私はゴリラではない。私は人間でもない。ゴリラと人間の合間で彷徨う何かだ」とか。原稿で二重丸をつけた箇所がたくさんあります。途中で登場するリリーという少女のキャラクターもすごくいいです!! メフィスト賞ならではの唯一無二感も素晴らしいです!!


天 良いところは冥さんUさん土さんと同意見です! ぼくはやや長く感じて、刈り込めるところがたくさんあるな! と思いました。プロレスのくだりから裁判に行く流れは驚き感心しました。やりたいことがはっきりしているので、テンポを上げつつ、要所でゴリラならではの描写(味覚、聴覚、嗅覚など)を入れたらさらに良くなるかも、と思いました。ぶっ飛んだ設定なのに、ぶっ飛んだ出来事が起こらなかった気がしたので(ゴリラがしゃべっている時点でぶっ飛んではいるのですが、某傑作に出てくる、カンガルーが橋を壊しながら鴨川を歩く、みたいな派手さが……)、映画になったらどういうシチュエーションでこの出来事を起こすか?と、映像的な視点も入れていただけたらと思います。極めてメフィスト賞らしい、魅力溢れた作品だと思うんほっ。 


N よくここまで、ワンテーマで読ませたなと、書き切られたな、と感動しました! S Fでロボットと人間の違いは? というテーマの小説は多いけれど、その逆方向にある、動物に時間遡行して「人間を人間たらしめているものは何か」ということを掘り下げていくのは、ある種S Fといっても良いのではないかと思うくらい。最初は言葉を話す動物を歓迎していたのに、増えてくると排除する、という人間の業に行き着くところも、感慨深いところがありました。ただひとつ言わせてもらえるなら、「言語」だけが区分けの定義、というのは少し弱いかもしれません。でも読後に「すごいものを読んでしまった!」と震えたほど。しばらくこの作品の余韻を引きずっています。すごく気になる著者ですね。


巳 絶賛!


天 こ、この流れは…もしや……?


N どうでしょう、「メフィスト賞」受賞でしょうか!?


 直してほしいところはあるように思いますが、話題になりそうです! 私個人的には、大改稿しなくてもメフィスト賞受賞! とウホウホしていい傑作だと思っています!


天 全国のゴリラさんから推薦コメントをいただきましょう。


N それでは、『ゴリラ裁判の日』を「第64回メフィスト賞」受賞とします!!!! 部署のみんなで、この作品を届けましょう!!


海 おめでたい!! では次へ! Nさん、お願いいたします!


N ①イノウ殺人②泉水すみか③目には目を、歯には歯を、異能には探偵を。

主人公がミステリー映像研の合宿に急遽行くことになったところから物語はスタートします。学校で合宿をするのですが、なぜかピエロの大群に周囲を囲まれ、クローズドサークル状態に! そこから連続殺人に巻き込まれる、という話です。ミス研では過去に一人の自殺者が出ていて、それには触れてはいけない……といういわくつきの過去もあり……。こちら、2021年下期にもご応募くださり、座談会で挙げた方ですね。頑張って最後まで書く力があります。ただ情報の後出し、バックボーンの唐突な説明&説明の不足など、足りないところは多くあります。


土 メフィスト作品が好きなことがとてもよく伝わってきました。作中にレジェンドを出していたり。ただ、その好きを自分の中で咀嚼して新しいものを生み出せているかというとまだそこまでには至っていないと感じてしまいました。キャラの配置、トリック、伏線、舞台や設定すべてが作者の都合によって並べられてしまっている感じがします。そのため、「イノウ」という飛び道具の設定をむしろ制限してしまっているように思います。そして、今作に限らずですが、エンタメというか表現というものは社会の空気を作者の意思にかかわらず纏ってしまうものだと思うのです。そこに対して作者は自覚的であってほしいと思います。「なぜ殺人が許されないのか」という登場人物の疑問に別のキャラが答えるシーンがありますが、回答のセリフを拝読して、もう少しこの社会でこれまでなされてきた言説にも目を配ってほしいなと思いました。作者が書いた言葉によって作者自身が描かれてしまうものだというか……。


天 細かいところですが、これはフラクタルではないのでは? と思いました。先行作品へのオマージュがすごいのですが、ファンが書いた小説、という域を出ていないように思います。しかし書ける人だと思います。前作よりもよかったので、泉水さんにしか書けないものに挑戦してみてほしい、です! 


N 次回もぜひ、新しい投稿作品を待っています!


 続いてが最後の作品となりました。土さんよりお願いいたします!


土 ①コンテンポラリー・シティポップ  ②東條せん ③家庭は小さな宗教


舞台は、都内のマンション。祖母の死をきっかけにマンションオーナーになった画家の青砥と公園で絵を売っていた無一文の琥珀という謎の人物、さらにマンションの住人との交流を描きながら、地方で起きた新興宗教が関わる大量殺人、青砥の祖母の死に関わる犯罪の犯人当てという謎解きまで盛り込んだ意欲作です。

この方は、2021年下期メフィスト賞で『歓楽街遊戯』という歌舞伎町を舞台にした作品を応募してくださいました。「親ガチャ」の犠牲者である登場人物たちの群像劇です。群像劇という枠組みは前作と似ています。前回自分が評価した人物の行動のリアリティは今作でもあり、指摘を受けたエグさは抑え目になっています。すべての出来事が同じ出力、テンションで描かれているので、強弱をつけてもらえたらもっと読みやすく、感情移入ができるものになったのではと思いました。それと今回は二回目の投稿なので、やや厳し目な意見も書きますが、地の文での解説、語りが多すぎるところもマイナスでした。そして、他の部分を書き過ぎていて、せっかくの「誰が祖母の金を奪ったのか」についての謎解きがうまくいっていないのが残念です。


海 今回初めてこの方の作品を読んだのですが、題材も、「皐月ビル」という舞台も面白く、そこに住む人々も人間味溢れる描かれ方をしていて、のめり込んで読ませる力がある作者さんだと思いました。冒頭もキャッチーで、続きを読みたくさせられます。その後もストーリーとしてはずっと面白くはあるはずなのですが、とにかく同じペースで話が進んでいるのが残念です。全体的に同じテンポで、描写が丁寧だけど全部描き過ぎて退屈になってしまいます。何を描きたいのか、読みどころはどこなのかを意識して小説を組み立てていただきたいです! 


天 会話文が長く、続き過ぎている印象です。また、賞をとってデビューしていただくにはやや危険な表現が散見されます。「人畜無害な低燃費系オタク」「成金ファッショニスタ」など、読んでいてあまり気持ちのよくない、一時代前の言葉で書かれた人物紹介も気になりました。作者の価値観が前面に出て書かれた小説で、今の読者に届けるには躊躇してしまう作品です。他人に対する尊敬のようなものがあまり感じられない。会話文はうまく、リアリティがあります。しかしキャラクターに頼るあまり、物語が冗長で、今何を読んでいるのかがわからない。登場人物を減らし、書きたいことを一つに絞ってまっすぐに描けば、この描写力が生かせるのではないでしょうか!


N キャッチーな出だし、シェアハウス風の人間関係、掘り下げられるそれぞれの人物像。ちょっとした謎。読みやすく小説の形になっていて楽しめるのだけれど、フワフワとして、核心をついていそうで納得できない感じは何故でしょうか。「愛」について書いている、その書き方が今っぽくて重くなくて軽やかで受けそうだなと思いました。悪くはないのですが……。琥珀と青砥の話になるのかと思いきや、サブキャラっぽい女性と琥珀の物語にずれていってしまったところも、惜しい。


天 人物の感情を抑えた小説を書いていただくのはいかがでしょうか? 重低音小説。


土 感情を抑えるというのは、行動でもっと読ませるということでしょうか?


天 ずっと軽くてすいすい進むのがよくないのかも、と思いました。この方なら重たく書いてもぐいぐい読めるものになりそうです。木内一裕さんのような。


N 前作もでしたが、ちゃんとラストを決めて書くようにした方が良いと思いました。この方の場合、主人公が誰で、誰を救いたい物語なのかを決めないと、ブレブレになると思います。性的なエピソードも、あんまり効いていないような気も……。


天 誰が何に困っていて、なんのために葛藤し行動しているか、というしっかりした縦軸を用意することが大切だと思います。性的なエピソード、確かに効果的ではないと思いました。


土 こちらの作品だけでなく、他の作家さんにも通じる話ですね!


海 それでは、今回、座談会にあがった作品は以上になります。

あらためて、『ゴリラ裁判の日』を第64回メフィスト賞受賞作品に選出させていただきました! まさに「一ジャンル一作家」な作家さん・作品で、編集部一同とても嬉しく思っております。本作品の書籍化情報も随時発信していきますので、楽しみにお待ちください。

文芸第三出版部は、今後も、まだ見ぬ才能をお待ちしております!

メフィスト賞2022年下期座談会は、8月末日受付までのものが対象になります。

どうぞよろしくお願いいたします!


 その他の印象に残った作品はこちらから!

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