今月の平台/ 『あなたの燃える左手で』朝比奈秋

文字数 2,218文字

ひら-だい【平台】…書店で、書籍や雑誌を平積みする台のこと。


書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!

毎月刊行される多くの小説の中から、現役書店員「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介!

さらに、月替わりで「今月の平台」担当書店員がオススメの1冊を熱烈アピールしちゃいます!

「今月の平台」担当書店員、

丸善博多店 徳永圭子さんが熱烈アピールする一冊は――

朝比奈秋『あなたの燃える左手で』

 冒頭の独白。誰の声なのか、舞台設定も解らぬまま、死にむけて苦悶する人間の放つ言葉の美しさだけを感じていた。


 ハンガリーの病院に勤める日本人の男性アサトは誤診で左手を失う。無くなった四肢が痛む幻肢痛に悩まされていた時、愛国主義者と噂される医師・ゾルタンに移植を勧められる。


 新しい左手は繊細な作業を得意としたアサトの手とは程遠い分厚い白人の手だった。他人の手を脳によって支配し、自分のものとすることは可能なのか、手そのものに宿っているものはないのかという生命と倫理を常に揺るがす問いが延々とつきまとう。


 ウクライナ人の妻ハンナとアサトは大学時代に出会った。クリミア出身で、ジャーナリスト兼看護師として活動するハンナは、作中では遠い場所にいることだけがわかる。アサトは迷うとハンナに電話をかけ、未来を示唆する短い言葉に励まされて、移植手術を決意した。


 ハンナと日本旅行をした時、電車でどこまで行っても日本でしかないという事実にハンナは驚いて見せた。陸続きの国境がないことが日本人の考えや行動だけでなく、身体感覚にも影響を及ぼすことが斬新な視点で語られていた。日々交わされる言語も面白い。院内の人種は多様で、ハンガリー語もみな少しずつ母語の訛りがある。その訛りは大阪弁や京都弁、津軽弁に訳され、発声や響き、会話のテンポが醸し出される。


 奪われた身体の一部をアサトは手術で奪還した。神経を通して左手を支配するアサトの脳は、彼の記憶もつかさどっている。島国である日本から大陸の遠い国へ渡って、多くの人や文化を知り、ハンナと愛し合った記憶が、国家や領土、歴史と重なると、アサトの胸に秘めていた感情はうねりを伴って噴き出した。国家に翻弄される人間の生命、身体が物語に刻まれている。


 死は誰のものか。その尊厳について考えたくなり、再度冒頭から読みなおすと、独白は遺言と呼ぶにはあまりに鋭利な告白に変わった。物語は円環して終わりが見えなくなってしまった。

現役書店員が今月「仕掛けたい!」と思う一冊は――

丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊


『禍』

小田雅久仁 新潮社


読み終わった後に、自分の存在が以前と変わってしまったような錯覚を覚える作品の数々! 特に「食書」の主人公に魅せられてしまいました。本好きなら、主人公の行動が理解できる気がします……と書いている時点で私も既に「禍」の住人に。

ときわ書房本店 宇田川拓也さんの一冊


『禍』

小田雅久仁 新潮社


大傑作。発想、表現、展開、着地、後味、すべてが破格にして、さらに装丁までもが内容にふさわしい規格外のインパクトという稀有な一冊。さあ、あなたも“禍”に触れ、小説に侵される/冒されるような強烈で忘れがたい読書体験を!

高坂書店 井上哲也さんの一冊


『月夜行路』

秋吉理香子 講談社


大阪の街・文学に縁のある土地をふんだんに巡る旅行書としても超一品。トランスジェンダーの名探偵キャラが秀逸で謎解きを存分に楽しめるミステリなのに、最終話では読者全員涙腺崩壊。いやはや、なんて仕掛け。これはヤバイぞ!

紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さんの一冊


『八月の御所グラウンド』

万城目学 文藝春秋


女子全国高校駅伝に大学生たちの草野球。今度のマキメはスポーツ青春ものなの? と油断しているといい意味で裏切られる。まさかマキメで泣くなんて!! この夏絶対読んで欲しい一冊。

紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみさんの一冊


『可燃物』

米澤穂信 文藝春秋


米澤さんってまだ警察小説書いてなかった? と思ってしまうぐらいさまざまなジャンルを書かれている著者の新たなシリーズ。寡黙で上司にも部下にもあまり好かれてない一匹狼のような葛警部がとてもよい! 閃きさえあれば解ける! そんな事件たちにぜひ挑んでほしい。

出張書店員 本間悠さんの一冊


『藍色時刻の君たちは』

前川ほまれ 東京創元社


3人の高校生ヤングケアラー。時に励まし合い、それぞれの環境下で懸命に生きる彼らの日常を、東日本大震災が襲う。読みながら幾度も天を仰いだが、今読むべき痛み。公助の届かない彼らに、私は何ができるのだろう。

丸善丸の内本店 高頭佐和子さんの一冊


『浮き身』

鈴木涼美 新潮社


さわやかな青春小説ではない。酒と香水とマリファナと吐瀉物の匂いが混ざり合った部屋にいるのは、デリヘルを開業する男たちと、そこで働くつもりの女たちと、そのどちらでもない主人公。冷静で鋭い感性に、圧倒される。

出張書店員 内田剛さんの一冊


『百年の子』

古内一絵 小学館


掘り起こされた過去から見えた子どもたちの未来。学ぶ楽しさを伝え、時代を切り開いた編集人の矜持と、伝統を守り伝える執念が激しく心に突き刺さる。発見と刺激に満ちた読み継がれるべき物語だ。

この書評は、「小説現代」2023年10月合併号に掲載されました。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色