『スイッチ 悪意の実験』応援コメント① 周木 律

文字数 2,238文字

4月22日発売の『スイッチ 悪意の実験』

第63回のメフィスト賞を受賞した今作を読んで、

歴代の受賞者たちが応援コメントを寄せてくれました!

最初は第47回の受賞者・周木律さんです。

まさしくメフィスト賞を獲って然るべきだ






 僕は、あらすじ(導入)だけを読んでその後の物語を予想し、最後まで組み上げる、ということをよくやる。

 そのストーリーは実際には的外れであることが多いのだけれど(稀に的中する)、いずれにせよこの想像力と構成力を駆使する能力こそが、物書きを物書きたらしめているのだと、僕は勝手に自信を抱いていた――この物語を読むまでは。

「『純粋な悪』に関する実験協力の名のもと、押すことで家族を破滅に導くスイッチが委ねられる。ただし、押すメリットは少しもない」――本作のこのあらすじから、僕は、その後のストーリーをまったく思い浮かべることができなかった。実験はなんとなくアイヒマンテストを想起させるが、だからこの後どう物語が動くというのだろう。

 手掛かりはあった。メフィスト賞の傾向からして、これはおそらくミステリとして書かれた話だろう。作者の潮谷験さんも「特殊な設定のミステリを書くのが好き」とおっしゃっている。しかし、聞けばメフィスト賞座談会で「これは『救い』の物語だ」という評価を受けたらしい。破滅のスイッチ、ミステリ、救い。僕はなおのこと混乱した。情報のベクトルがそっぽを向いている。この3つのワードをお題とする三題噺、これ、本当にひとつの物語として整合的にまとめられているのだろうか?

 少なくとも僕には、その筋書きも、束ね方も、想像ができなかった。物書きとしての自負もあっさりと砕かれつつ、僕は、だからこそ1週間くらいしっかりと時間を掛けて読み込むつもりで、この本を開いた。

 3時間後――図らずも一気読みしてしまった僕は、嘆息しながらこう思った。

 なるほど、確かにこれは、「破滅のスイッチ」を起点とする「救い」の物語であり、かつ、れっきとした「本格ミステリ」だった! と。


 詳細は語れない。何かに触れれば即座にネタバレになるから口にさえできない、秀逸な物語には付き物のこのもどかしさ。なんと苦しいことか。だからこそ、とにかく「読んでほしい、いや読んでください」と言うしかないのだが、とまれひとつだけ申し上げるとすれば、この物語の面白さは周木律が請け負います、期待は裏切らないから、安心して本を開いてください、ということだけか。

 ストーリーは難解ではない。文章は読み易く、すらすらと読み進められる。イベントも次々と発生していくし、小さい謎とその種明かしが挟まれていることも推進力となって、決して飽きることはない(飽きっぽい僕が一気読みしたのだから間違いない)。ミステリ的にも、人はきちんと死ぬし、死体もきちんと切断されるし、当然のように探偵役も登場する。「ここまでが謎と手掛かりの提示」「そしてここから解決編」というお約束の文脈もきっちりと踏まえながら、オリジナリティのある推理と謎解き、そしてどんでん返しまでを、ワンセットで楽しませてくれる。

 ちなみに、先ほど、ストーリーは難解ではないと書いたが、これはあくまでも筋書きが分かりやすいという意味で、テーマが平易だということではない。テーマはむしろ奥深く、哲学的で、現代では誰もが抱くおそれのある違和感に切り込んでいる。

 その主体たる、ちょっと特殊な主人公は、自省的で、心の中での独り言が多く、時として自分自身の内側に深く沈んでしまう女性だ。だが、そんな彼女が自分自身と語り、苦悩し、煩悶しながらもやがて切り開いていくさまは、まさに自らを自らで救済するプロセスでもある。日々、幾千の選択を強いられる僕らは、その選択するという行為そのものに疲れ、ともすれば自分をおろそかにしがちになる。だからこそ気づかされる。彼女が投げようとする現実のコイントス、それこそが圧し掛かる重荷から自らを解放してくれる「救済」なのだと。だからこれは、救済の物語なのだ。しかし同時に端正な本格ミステリでもあるのだから、まさしくメフィスト賞を獲って然るべきだというわけか。何を言いたいのかわからないと思うが、読めばわかります!

 最後に、この物語には、実に魅力的なキャラクタたちが登場することもお伝えしておきたい。

自省的な主人公・箱川小雪に、人を食ったような心理コンサルタント・安楽是清、その他、主人公の周囲を彩る人々はそれぞれ個性豊かだ。何といっても僕のお気に入りは、主人公の先輩・香川霞さん。就職浪人の彼女は、酒乱の気があり、時として「私は弱いけど、強くなりたいとは思わない。弱いまま、世の中の美味しいところだけしゃぶり尽くしたいの!」などと嘯く。彼女にはどうか就職活動が上手くいってもらいたいと願いつつ、晴れて社会に受け入れられた暁には、一度飲み会で絡まれてみたいと思う。絶対面白いし、絶対楽しいに違いない。まあ、絶対に面倒臭いと思うけれど。


周木 律(しゅうき・りつ)

某国立大学建築学科卒業。『眼球堂の殺人〜The Book〜』で第47回メフィスト賞を受賞しデビュー。著書に『LOST 失覚探偵(上・中・下)、『雪山の檻:ノアの方舟調査隊の殺人』『死者の雨:モヘンジョダロの墓標』、「猫又お双』シリーズ、『暴走』、『災厄』、『CRISISI 公安機動捜査隊特捜班』(原案/金城一紀)、『不死症(アンデッド)』、『幻屍症(インビジブル)』などがある。

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