『スイッチ 悪意の実験』応援コメント③ 黒澤いづみ

文字数 1,229文字

大好評発売の『スイッチ 悪意の実験』

第63回のメフィスト賞を受賞した今作を読んで、

歴代の受賞者たちが応援コメントを寄せてくれました!

3回目は第57回の受賞者・黒澤いづみさんです。

純粋な悪VS歪んだ正義感

 人生は選択の連続だ。ありとあらゆる局面において、様々な選択肢の中からひとつの答えを選び取らなければならない。ある人は論理的思考をもって。ある人は直感をもって。そしてある人は、自分の頭の中にシステムを作り、その判断をどこか機械的に委ねる。しかしながら、どのような手段で選択したとしても、それは立派なその人の選択である。


『スイッチ 悪意の実験』は、主人公含む大学生たちに売れっ子心理コンサルタントより一風変わったアルバイトが持ちかけられるところから物語が始まる。押すと一家が破滅するというスイッチアプリをインストールし、一ヵ月間の様子を見ていくという実験だ。日当一万円も一ヵ月後にもらえる百万円も、スイッチを押したかどうかに拘わらず支払われる。押すメリットがない中、一家を破滅させようという「純粋な悪」が存在するかどうかを試す実験である。

 押すと一家が破滅するスイッチ。聞いただけで胸が躍るような仕掛けだ。私は好奇心旺盛な性質なもので、知的好奇心を擽る誘いにはめっぽう弱い。一家は如何にして破滅するのだろうか。顛末を知りたいというだけで一線を踏み越えるのも、それなりに業深いしぐさだ。もしかすると私はこの物語で言うところの「純粋な悪」なのかもしれないと思いながら、ページをめくっていた。

 しかし、このスイッチを押して訪れる破滅は経済的破滅である。仕掛け人である心理コンサルタントの安楽は一家に対して経済的援助を行っており、一家はその援助に依存している。スイッチを押せば安楽はその援助を打ち切ってしまうので、経済的な破滅が訪れるというわけだ。至極現実的な話である。なるほど。それなら私は押さないな、と思った。

 スイッチを敢えて押す理由があるとすれば「純粋な悪」ではなく「歪んだ正義感」だろう。一家のそのありさまを良しとせず、ある種の再生を促すための破壊を「よかれ」と思ってもたらすのではないか。

 と、私は当たりをつけて読んでいったが、事態は思いもしない展開に転がっていって、これはまったく一筋縄ではいかない。


 実験は悪意を探るための装置だが、この物語に渦巻いているのは「善」である。そこには「中途半端な」や「偽の」などの言葉がつく場合もあるが、作中には根っからの悪人と呼び得る人物は存在しない。

 しかしそれでも事件は起きる。寧ろ彼らの根が善なる者だからこそ発生しうる事件とも言えよう。

 では、「純粋な悪」とは何か?

 善なる彼らが如何にして悪の誘惑と抗い、己の心に燻る想いと折り合いをつけるのか?

 その答えについては、是非皆様に確かめていただきたい。

黒澤いづみ(くろさわ・いづみ)

福岡県出身。2018年に第57回メフィスト賞受賞作『人間に向いてない』でデビュー。

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