『蒼海館の殺人』執筆中に買ってよかったもの2020 <前編>/阿津川辰海

文字数 3,553文字

前回、ミステリ作家が解決編を書く熱量の一端を語ってくれた阿津川辰海さんのコラム第2弾! 実は、その原稿をご依頼する際に「ゆるい原稿も読んでみたいです!」と無茶ぶりをしたところ(すみません)、大ボリュームのコラムをいただきました。



若手ミステリ作家の秘められた日常の扉がすこ~し開くコラムの、まずは前編をお楽しみください。

 前回のコラムは真面目なあとがき風になりましたので、今回はゆるい企画を持ってきました。『蒼海館の殺人』のプロットが通ってから、初稿、二稿……を経て完成稿を書き上げるまで、新型コロナウイルスに翻弄されながらの約一年間。その間に買ってよかったものをなんとなくオススメしていこうと思います。ミステリとは限りませんのであしからず。

『龍が如く7 光と闇の行方』(セガ/PlayStation4用ゲームソフト)


 これはもう、好きでしたね……。


 新宿歌舞伎町を模した「神室町」で、父も母も知らずに生まれた青年・春日一番が、中井貴一演じる親父・荒川真澄に憧れて極道の門を叩き、やがて陰謀に巻き込まれるというストーリーのアクションアドベンチャーゲームです。ナンバリング「7」にして主人公とバトルシステムを一新した傑作になっています。もちろん、それまでの桐生一馬という主人公と、バトルアクションも最高でしたが、「7」は惚れ惚れするほど熱い。春日一番という男の気風の良さと、縦横無尽に盛り込まれたギャグに笑ってしまいます。後半の展開とかはほとんどミステリじゃないですか?


 何よりも心に残ったのは、ドラゴンクエストを子供の頃プレイし、勇者に憧れる春日一番に対してナンバ(キャラメイクと声優は安田顕、最高!)が投げかける、勇者っていうのは生きざまだろ、という言葉でした。名探偵の在り方なんてものを書くことに悩んでいた時に、そっと、「我が意を得たり」と思わせてくれた言葉です。

・『呪術廻戦』芥見下々(集英社/漫画)


 自粛期間中にやたらとハマってしまったのが漫画の一気買い。完結編が始まったころに『ハイキュー!』の本誌に追いつきたくなって「少年ジャンプ+」の定期購読を始めてしまったのをきっかけに、家にどんどんジャンプ漫画が増えるようになりました。漫画は基本電子だったのですが、どうも紙で並べたくなる性分なのが、久しぶりに出てしまったようです。


 ということで自粛期間中、遅ればせながらハマったのが『呪術廻戦』。前々から気になってはいたのですが、遂に手を伸ばし、それからはずぶずぶと。釘崎野薔薇の造形がとても良いな~というところから始まり、「幼魚と逆罰」「いつかの君へ」で完全にハマりました。「渋谷事変」が始まってからは毎週手に汗握っていましたね。漫画誌を買うのが小学生の頃ジャンプとサンデーの回し読みをしていた時以来というほど、中高生時代は小説にだけのめり込んでいたので、毎週漫画が読めるってこんなに面白いのか……と素朴に喜んでいました。ちなみに推しは夏油傑と禪院真希です。


 ちなみに同じ時期にそろえたのが『チェンソーマン』『約束のネバーランド』『鬼滅の刃』『ONE
PIECE』です。『ONE PIECE』はマリンフォード頂上決戦まで読んでいたのですがこれを機に再履修。どれかのおかげで通ったプロットもありました。どれとは言いませんが。

・『乱視読者の英米短編講義』若島正(研究社/評論)


 元から若島正氏の評論本は大好きだったのですが、追いかけ始めた時には『乱視読者』シリーズも手に入りにくくなっていましたし、時間をかけて追いかけていました。2019年には、『乱視読者のSF講義』を読みました。前半は講義調の形式になっていて、各回一編ずつSF短編を取り上げ、精読・解説していくというスタイルで進行します。全講義について、取り上げられた短編を読んでから、各回の講義を読みに行くという、まさしく大学生が講義を受けに行くような幸福な時間を過ごしたのを覚えています。ディレイニーの「コロナ」やレムの『虚数』にはあれからハマりました。『SF講義』の本の後半に収録された「ジーン・ウルフなんかこわくない」の影響で、ジーン・ウルフにもドハマり。ジーン・ウルフの2ページの掌編を一講義かけて精読した授業の再現原稿なんかが入っていて、これがもう、興奮しまくりの名講義なんですよ。


 で、コロナの頃、ようやく紙版を見つけて夢中になったのが『乱視読者の英米短編講義』。こちらも講義というタイトルですが、どちらかといえば語り掛ける形式を採用したエッセイ集というものです。こちらも名品。文体ももちろん好みですが、取り上げられている各作品について併読しながら、一つ一つ読むのが無類の楽しみでした。中でもA・E・コッパード「アダムとイブとツネッテ」について書かれた一節は特筆もののすばらしさ。取り上げられた作品の面白さはもちろん、これを語る若島正の筆が無類の輝きを放っているのです。これだけ読んでも筋が十分に説明されていて楽しめます。『乱視読者の英米短編講義』は紙版の入手は難しくなっていますが、Kindleなら現役で買えるのでぜひ。他に特に心に残っているのはカポーティの「誕生日の子供たち」についての一節で、私にはこの短編の冒頭が悲しく思えて仕方なかったのですが、それとはまったく別の光景を見させてくれる視点に唸ってしまいました。小説を読むということの、短編小説を読むということの幸福を思い起こさせてくれる一冊で、家での時間が増えた今、私に楽しみ方の示唆を多く与えてくれました。

・「iBasso Audio(アイバッソ オーディオ) DX160」(デジタルオーディオプレーヤー)


 買いました、デジタルオーディオプレーヤー。今まではスマートフォンを音楽プレーヤー代わりに使っていたので、音楽用とそれ以外をきっちり分けた形です。


 良い音質で音楽を聴きたくなったというのは間違いなくありますし、実際良くなったので満足しているのですが、一番大きかったのはスマートフォンを触る時間が減ったこと。音楽を聴きながら執筆している時や、あるいは通勤電車で音楽を聴いている時、近くにスマートフォンがあるとどうしても触ってしまい、ネットサーフィンしたり、音楽を中断してソーシャルゲームをしてしまったりと、執筆時間と本を読む時間が邪魔されがちでした。


 そこでDX160を音楽専用にして、執筆中はスマートフォンを別の部屋に置き、通勤電車ではカバンにしまいこんでしまうことで、集中力が格段に上がりました。より集中したいときはサブスクで誰かの作ったプレイリストに身を任せてしまうとなお良かったです。おかげでソーシャルゲームは全然やらなくなってしまい、それはそれで、という気持ちはあるのですが。


 もちろん、Android端末と変わらないのでDX160にもSNS系のアプリは入れられるんですが、あえて遠ざけているという形です。どうでもいいことばかり語ってしまいましたが、音も良いんですよほんと。楽しい。でもショップに行って眺めていたら、上には上がいると思い知らされるお値段のものをたくさん見たので、あまり深入りしないようにしようと。

・QoA Vesper Knowles 1BA+1DD 2ドライバハイブリッドイヤホン(QoA/イヤホン)


 イヤホンも買いました。ちょっと調べてみてください、デザインがめっちゃかっこいいんです……ケースもおしゃれだし触っているだけで幸せ。2pinリケーブル式なので、イヤホンを断線させがちな私にも安心。ちなみにカラーはグレーですが、限定カラーの紫も可愛かったので買うだけ買っちゃいました。本当は同じブランドのmohitoというのを買いたかったんですが(そっちはこのデザインでしかも木でできているんですよ……めっちゃ良い……)、決断できずじまいでした。


 オーディオに詳しい友人に性能やら用語のことなんかを教えてもらったのですが、「オーディオ沼にようこそ」と言われてしまったので、ま、まだ二つ買っただけだから……と抵抗しているところです。


 このイヤホンと上のデジタルオーディオプレーヤーのおかげで『蒼海館』の作業は完結したといっても過言ではないです。

阿津川 辰海(アツカワ タツミ)

1994年東京都生まれ。東京大学卒。2017年、新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」により『名探偵は嘘をつかない』(光文社)でデビュー。以後、『星詠師の記憶』(光文社)、『紅蓮館の殺人』(講談社タイガ)、『透明人間は密室に潜む』(光文社)を刊行し、それぞれがミステリランキングの上位を席巻。’20年代の若手最注目ミステリ作家。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色