イケメンについて書くために必要な変革 /石川智健
文字数 1,767文字
「イケメンについて書いてください。ミステリーで」
「分かりました」
担当の編集者に提案されたことを安易に引き受けてから、苦難が始まった。
イケメンという造語は、しぶとく死語にならず、今では誰もが意味を知っているが、イケメンという解釈は、実に幅広く、そして曖昧だ。誰かにとっての格好いいは、ほかの人にとってはそれほどでもなく、特に格好いいとは思わない人に対しても、あの手この手でイケメンという言葉が使われたりする。そもそも、雰囲気イケメンというのは褒め言葉なのか貶しているのか。
ともかく、イケメンという、多種多様な価値観を包括すモノについて書くことになった。
最初に手本にしたのは、書物だ。この世にはモテたい男が掃いて捨てるほどいるらしく、モテるためのHOWTO本の類いが五万とある。しかし、これは完璧に失敗した。多くの本の中で、自分はこうやってモテたとか、こうすれば格好いいとかを得意気に書き連ねてあったが、そのどれもが主観――そして偏見に感じてしまい、汎用性がない。格好いい男は時に相手を突き放すとか書いてあっても、状況にもよるだろうし、個人的には突き放されたら嫌である。
それでも、格好いいと思う要素を取り入れ、なんとか書いた。
しかし、まったく上手くいかない。
そこで、会う人会う人に「どういう人がイケメンに思えるか」と聞いて回った。これはためになった。やはりイケメンとは多種多様なんだなということを実感することができた。
ここで、問題が明確になる。
イケメンというものは多彩だが、なにかしら方向性を決め、枠にはめなければイケメンの小説は書けない。そうしなければ、キャラクターが出来上がらない。ゆえに小説が書けない。この状態で無理やり書いてしまえば、とてもふわっとした雰囲気のイケメンになってしまい、誰からもイケメンだと認識されない。まさに雰囲気イケメンになってしまう。
悩みつつ、改稿を繰り返し、編集者と首を傾げ合って書き直す日々。
六回目くらいの改稿のときだろうか。
僕は吹っ切れた。いや、自棄になったという表現のほうが近いかもしれない。
「イケメンっていうのは固定観念のない、いわば概念なんだ!」
書斎で缶ビールを飲みながら思い、イケメンである理由をあれこれ書かないことにした。イケメンという前提で物語を進める。そして、周囲の人がイケメンを見たときの反応を描くことによって、イケメンという〝外枠〟を形作ることにしたのだ。
これが上手くはまった。
イケメンについて書くと、「それはイケメンじゃない」という反発が必ず起こる。そこで、「イケメンを見たあなたはどういった反応をするか」ということを書けば、そういった反応もありえるなと思ってもらえると考えた。その様子を積み重ねることで、イケメンだと読者に認識してもらうようにした。イケメンの理由を論じることなく、イケメンを作り上げることができた。
もちろん、この反応を疎かにはできないので、ツイッターで大々的にアンケートを実施し、多くの意見をいただいた。
そして、圧倒的で絶世で傾国のイケメンが完成した。
実に、十一回の改稿。
『いたずらにモテる刑事の報告書』は、多くの方のご意見の集合体。ビッグデータから導き出された作品で、僕はそれを取りまとめたにすぎない。
圧倒的なイケメンである日向の、周囲の人たちの反応を楽しんでいただければ幸いである。
石川智健(いしかわ・ともたけ)
1985年神奈川県生まれ。25歳のときに書いた『グレイメン』で2011年に国際的小説アワードの「ゴールデン・エレファント賞」第2回大賞を受賞。’12年に同作品が日米韓で刊行となり、26歳で作家デビューを果たす。『エウレカの確率 経済学捜査員 伏見真守』は、経済学を絡めた斬新な警察小説として人気を博した。また’18年に『60 誤判対策室』がドラマ化され、続く作品として『20 誤判対策室』を執筆。その他の著書に『小鳥冬馬の心像』『法廷外弁護士・相楽圭 はじまりはモヒートで』『ため息に溺れる』『キリングクラブ』『第三者隠蔽機関』『本と踊れば恋をする』『この色を閉じ込める』『断罪 悪は夏の底に』など。現在は医療系企業に勤めながら、執筆活動に励む。