『蒼海館の殺人』執筆中に買ってよかったもの2020<後編>/阿津川辰海

文字数 4,855文字

前回、ミステリ作家が解決編を書く熱量の一端を語ってくれた阿津川辰海さんのコラム第2弾! 実は、その原稿をご依頼する際に「ゆるい原稿も読んでみたいです!」と無茶ぶりをしたところ(すみません)、大ボリュームのコラムをいただきました。

若手ミステリ作家の秘められた日常の扉がすこ~し開くコラムの、後編をお楽しみください。

 前回のコラムは真面目なあとがき風になりましたので、今回はゆるい企画を持ってきました。『蒼海館の殺人』のプロットが通ってから、初稿、二稿……を経て完成稿を書き上げるまで、新型コロナウイルスに翻弄されながらの約一年間。その間に買ってよかったものをなんとなくオススメしていこうと思います。ミステリとは限りませんのであしからず。

・『FINAL FANTAZY Ⅶ Remake』(スクウェア・エニックス/PlayStation4用ゲームソフト)


 FFとDQは人生体験の一番深いところに刺さっているので、結局上げてしまうのです。Play Stationの傑作RPGにして国民的名作「FINAL FANTAZYⅦ」のリメイク版ですね。旧版はポリゴンでの昔懐かしい、愛らしいキャラメイクだったわけですが、今回はもう、洋画でも見ているのかというくらいの美麗な造形。時代の進化を感じる、すごい。時代の進化を感じるも何も、私は旧版リリース時には二歳半なので、さすがに小学生の時に後追いしたというのが真実ですが。


 さて、リメイク版について。最初は変わりすぎたバトルシステムや、「エッ、ミッドガル脱出まででゲーム一本分なの!?」というシナリオ面やらで、驚愕しきりだったわけですが、初稿を提出し、編集さんの反応を待つ間、どんどんのめりこんでしまい、最終的にはトロコンしてしまいました。ティファとエアリスがいるんだから仕方ない。ユフィも早く出してください。ハードモードでマテリアの構築考えている時間が一番楽しかったまである。あとはChapter8でひたすらエアリス操作して、「私のために戦っているクラウド」を観戦する時間とか。


 神羅という、地球のエネルギーを吸い上げてプレート上に町を作っている大組織に、アバランチというテロ集団が挑むというストーリーなのですが、リメイクにあたり、プレートの上で神羅の恩恵を享受している人間と、テロリズムの功罪というテーマがかなり掘り下げられたのには驚きつつ、納得する思いもありました。そのあたりは『アルティマニア』のインタビューでも触れられていましたね。現代でテロリズムを書く時、当然踏まえておくべき視点で、製作陣の誠実さに胸打たれました。災害と探偵を書いている自分にとっても、改めて考えさせられる表現です。


これとは別にサントラとアルティマニアも買っていて、サントラはほぼエンディング曲・テーマソングの「hollow」という一曲が目当て(笑)。レノのテーマも好きなんですけどね。「hollow」の歌詞はストーリーを知っているかどうかでだいぶ感じ方が変わってしまうと思うんですが、あのなんともいえないクサさというか、私がFFⅦに求めているものの全てがあの一曲にあるような気がして、エンディングムービーを見ながら泣くのを三回くらいやりました。末期です。マジで傑作曲なんですよ。


ところで続きは……。

・「トマトポップル」「カズチ―」(岡田かめや/菓子)


 はい、何かと思えば急におつまみが出てきましたよ。企画が緩いので脈絡もない。岡田かめやは銀座の有名な菓子店で、高級クラブ、スナックなどのおつまみにも出るお菓子を販売しているお店。高級クラブで知ったと言えればかっこいいですが、私は普通にテレビで知りました。


 ポップルはねじねじしたパスタを揚げたお菓子なんですが、これが絶妙にお酒と合っておいしい。カズチ―はくんせい数の子とチーズを合わせたもので、説明を聞いた時から「こんなん美味くないわけなくない?」と思って買いましたが本当においしい。


 当時はなかなか店舗には行けなかったのですが、インターネットショップの「BASE」で販売していると知り購入。執筆後の息抜きに食べていました。友人とのオンライン飲み会や、編集さんとのオンライン打ち合わせでも重宝。この頃めっきりオンラインでの諸々が増え、テイクアウトでお気に入りの店舗を応援する日々です。

・「THE IDOLM@STER MILLION LIVE! 6thLIVE TOUR UNI-ON@IR!!!! LIVE Blu-ray Fairy STATION @FUKUOKAアイドルマスターミリオンライブ!『UNI-ON@IR! Fairy Station』」(ランティス/ライブBlu-ray Disc)


 2019年の6月にマリンメッセ福岡で開催されたライブで、私も現地参戦していました。アイドルマスターミリオンライブの音楽ゲームアプリ「ミリシタ」内で順次発表されたユニット曲(「THE IDOLM@STER MILLION THE@TER GENERATION」シリーズとしてCDリリース)がまとめて披露され、ユニットごとの特別衣装や、ライブならではの特別演出まで楽しめるという、珠玉のライブツアーです。ここで取り上げたのはFairyタイプのアイドルが集合した福岡編。福岡……ライブ友達と一緒に食べた水炊きと焼き鳥がべらぼうに旨かったので、また行きたいですね……。


 私の担当アイドルは百瀬莉緒というアイドルで、彼女が参加している「昏き星、遠い月」という楽曲があまりに素晴らしい。もともとミュージカル感が強い曲でしたが、このライブではなんと本当にミュージカル演劇として披露。すっかり感情移入しながら見てしまったので、泣いていましたね。スタンディングオベーションものでした。声優・山口立花子さんが演じる百瀬莉緒は、ここではエレオノーラという悪女を演じていて、私が悪女大好物というのはさておいても、悪なんだけれども憎めない、絶妙のラストシーンなのですよ。他のユニット楽曲も仕掛け満載でめちゃくちゃ楽しいライブでした。あんまり言ってしまうと未見の方の興を削いでしまうのでやりませんが。


 ちょうど二稿目が全然上手くいっていない時に発売したものでした。で、ライブが公演された2019年の6月といえば、『紅蓮館の殺人』のゲラをやりながら、これで本当に良かったのかと煩悶していた時期。ライブを見直しているうちにその時の気持ちも、その後の反省も思い出して、今この作品にやれることは、精一杯やっておこうと思い直していました。

・『アガサ・クリスティー完全攻略〔決定版〕』霜月蒼(早川書房/評論)


 文庫版です。元から単行本を持っていて、ペンで線をも引きまくり、メモも書き入れるくらい入念に読んでいたので、文庫版の購入は遅れていたのですが、ちょうどこの時期に『雲をつかむ死』の解説を引き受け、とにかく再読して臨もうと文庫を買い直しました。同じころに、家の書棚から若島正『乱視読者の帰還』、H・F・キーティング他『アガサ・クリスティー読本』あたりを引っ張り出してきて、とにかく『雲をつかむ死』のゲラを何度も読み返す日々。二稿目の反応待ちの合間を縫っての作業でしたが、結構得られたものは大きかった気がします。


 解説を引き受けるときは、何かしら自分の視点を打ち出したいと、青臭い野望を抱いていますが、先行研究に触れるたびにウーンウーンと唸って、結局「まっすぐに読む」「まっすぐにここが良いと伝える」以外自分の持ち味はないのだろうな、というところに帰ってきます。


 その後、ちょうど四稿を提出直前くらいのタイミングで、光文社から提案があったのが「阿津川辰海読書日記」をジャーロHPで月二回連載するというお話でした。その頃、「自分にとって『読む』『伝える』とはどういうことだろう」というのが大きな関心ごとでした。昨年、若林踏氏による「新世代ミステリ作家探訪」でも、「創作と評論の両輪を回しながらミステリの神髄を悟ろうとする都筑道夫・法月綸太郎両氏のスタンスと、情熱的な語りでお勧め本を一人でも多くの読者に届けようとする内藤陳氏のスタンス。この2つのスタンスが交差するところに、阿津川辰海という作家は存在するのではないか」と若林氏が述べており、トークでもお三方の評論や紹介の良さというものを語りましたが、ここに内藤氏が入ってくることに、すごくしっくりとくる思いがあります。何かしら新しい視点を打ち出したいし、体系立てた理論なんかも組み立てられたら面白そうだけれども、まずは目の前の本を、「めちゃくちゃ面白いぜ!」と差し出したい。「交差する」というほど本人はかっこよく思っていなく、「2つのスタンスの間でふらふらしている」ような気がしているのですが、とはいえ、そんな気持ちで書いているので、解説も「阿津川辰海読書日記」も肩肘張らずに読んでもらって、「なんだか面白そうじゃないか」とその作品に手を伸ばしてもらえたら、これが一番嬉しい、というところに落ち着いてきています。


 とはいえ『雲をつかむ死』の解説は面白く書けたような、気がするんですが、どうだったかなあ。

・『水時計』『火焔の鎖』『逆さの骨』ジム・ケリー


 さる事情もあり、買い直したもの。『水』『火焔』はまだ高校生だったので学校の図書室で読ませてもらっていましたし、『逆さ』は大学生の頃なので購入し既読でしたが、自宅の本の山のどこにあるのか分からず。これだから常日頃から掃除をしろと。

 高校生の頃の自分が英国本格にハマるようになったきっかけは、一にアガサ・クリスティー、二にピーター・ラヴゼイ、そして三に、D・M・ディヴァインとジム・ケリーが同時に存在していました。ディヴァインとケリーの、濃密な霧の中を歩くような人間関係と風物の書き方が、どうにもたまらなかったようです。

 このタイミングでケリーが挙がることが意外かもしれませんが、『水時計』では村を襲う水害、『火焔の鎖』ではラストの火災など、私の中でこの二作と自分がやろうとしたコンセプトが重なった節もあります。『水時計』はリスペクトの意味も込めて『蒼海館の殺人』作中にも登場させています。既読の方には、あのシーンのモデルだな、と気付かれると思いますが、そこにも計算がありますのご安心を。


 ちなみに私が一番好きなのは『逆さの骨』です。第二次世界大戦時の捕虜収容所から外に向けて掘られていたトンネルから白骨死体が発見された。トンネルは脱獄囚たちが作ったと思われるが、白骨死体は奇妙なことに、捕虜収容所に頭を向けていた……。こういう謎なのですが、まずこの謎の手触りが素晴らしい。どうして中に入ろうとしているのか? そこにどんな理由があったのか? 地味な提示ながらその謎がもたらす広がりは実にスリリングで、その周囲に人間関係を広げながら、作者は自分の企みを巧妙に隠している。ある瞬間に容疑者枠が確定し、ほとんど解けたも同然にはなるのですが、その瞬間の快感といったら凄まじいのです。やっぱりいいなぁ、英国本格。『蒼海館の殺人』をクリスティーのエピグラフから始めたのは、英国本格ミステリへの憧れを詰め込んだ作品だからです。

 ということで、本とゲームとライブとオーディオ機器と菓子という、なんとも偏った、人の生活が送れているのか不安になるラインナップですが、おおむねこういうものに支えられながら『蒼海館の殺人』は完成したということでした。

阿津川 辰海(アツカワ タツミ)

1994年東京都生まれ。東京大学卒。2017年、新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」により『名探偵は嘘をつかない』(光文社)でデビュー。以後、『星詠師の記憶』(光文社)、『紅蓮館の殺人』(講談社タイガ)、『透明人間は密室に潜む』(光文社)を刊行し、それぞれがミステリランキングの上位を席巻。’20年代の若手最注目ミステリ作家。

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