タビメシ道の極意➂/岡崎大五
文字数 2,135文字
極意その3「うまそうな食材を探せ!」
バザール、マルシェ、マーケット、メルカド、スーク(アラブ)にタレー(タイ)、チョー(ベトナム)、パサール(インドネシア)……どれも市場のことである。
最近SNSで、「海外旅行に行けるようになったら、市場に行ったほうがいいよ」という書き込みがあったらしい。「へー、そうなんだ」と同調する意見もあったが、大半を占めたのが、旅の達人たちからの苦言であった。
いわく、「海外旅行の旅先で、市場やスーパーに行くのは当たり前でしょ」と。
ただ、ツアーでしかいったことがない人にとって、市場は盲点である。
ツアーで行くのは、観光名所や土産屋、Duty Free Shopの類いであって、よほど有名な、日本の築地のような市場でもない限り、スーパーも含めて立ち寄ったりしないのだ。
一言で海外旅行と言っても、そんな行動原理の違いが、SNSでちょっとした騒ぎを引き起こしたのであった。
しかし旅の達人たちでも、見落としていることがあるのではないかと、僕は見ている。
それが、うまそうな食材を探すことである。
これ、タビメシ道の極意なのになあ……。
「でも大五さん、そんなこと言ったって、市場やスーパーで食材を見たところで、フルーツやお菓子以外は、調理するわけじゃないから、意味ないでしょ。乾物とか調味料なら持って帰れるからいいけれど、食材はねえ……」
確かにおっしゃる通りなのである。市場でいくらうまそうなエビや貝を見つけた(写真上)ところで、調理道具のついている宿にでも泊まっていない限りは、指をくわえて見るだけだ。
ただそれでも、食材の現地名を確認できるし、写真を撮っておいて、レストランでこれを食べたいと、写真を見せて、どんな料理になるかわからないが、あれば作ってもらうことも可能だ。
そして、食材に注目するのは、市場やスーパーに限ったことではない。
バス休憩などで立ち寄る、寂れた店に入ったときも同様である。店の客は、決まって通りすがりの一見サンで、いかにも力が入っていない。
こんな店に入った場合。着席して注文する前に、まずトイレを借りる。なぜか調理場の奥に、トイレがあることが多いからだ。その時に、食材をチラ見チェックする。
萎びた野菜に、臭う肉や魚が置いてあったら、正真正銘アブない店である。こんな店では、注文は、インスタントラーメンにしておいたほうがいい。
中国の世界遺産の町、麗江で、とある店で麻婆ナスを注文した時、一口食べてアブなそうだったので、吐き出して、宿に戻った。
同宿の中国人に訴えると、こう諭された。
「この国では、地方はまだまだ、まずは調理場に入れてもらって、うまそうな食材を自分で選んで、調理してもらうのがいいんだよ」
そんなことをしてもいいのか!?
「だって考えてごらんよ。上海や香港の海鮮料理屋では、生簀から好みの海産物を選んで量り、値段を決めて、調理法も指定しているだろう?」
なるほど、これと同じ考え方なのである。
やはり、痛い目に遭わないためにも、うまそうな食材選びからだった。
2年前に、台湾に取材旅行に行ったときも、当然市場に赴いた。台湾では市場と言っても、食べ歩きができる夜市が有名である。うまいもの尽くしで、旅の達人だけでなく、ツアー客も大挙して押し寄せている。
しかし僕が向かったのは、濱江市場だ。台湾の築地市場と言ってもいい場所で、現地在住の日本人は、刺身が食べたくなったら、この市場に出向くという。いったいどんな魚が置いてあるのか見てみたかった。
新鮮そうな数々の魚は日本からの直送である。エビや貝類も充実しおり、北海道産の毛ガニまであった。
さすがに台湾に来てまで、日本の魚を食べる気もしなかったが、それでも見るや、あまりにうまそうなので、持ち帰り寿司を我慢ならずに買ってしまった。
ホテルで食す。ネタが大振りで、満腹感も高い。日本でも十分に戦えそうな量と質である。
━━地元メシ探しじゃなかったのかよ。
僕の脳裏に、旅の達人たちからの抗議の声がよぎったが、いまや世界中で世界の料理が食べられている時代である。
この持ち帰り寿司も、台湾の地元メシに数えてもいいのではないか。
そういえば、ニューヨークの高級寿司屋が、極上の地元メシとして、日本からの賓客をもてなすために、駐在員たちに重宝されているという。
ニューヨークの魚市場に、ボストン沖で水揚げされた生の本マグロが並ぶからである。
岡崎大五(おかざき・だいご)
1962年愛知県生まれ。文化学院中退後、世界各国を巡る。30歳で帰国し、海外専門のフリー添乗員として活躍。その後、自身の経験を活かして小説や新書を発表、『添乗員騒動記』(旅行人/角川文庫)がベストセラーとなる。著書に『日本の食欲、世界で第何位?』(新潮新書)、『裏原宿署特命捜査室さくらポリス』(祥伝社文庫)、『サバーイ・サバーイ 小説 在チェンマイ日本国総領事館』(講談社)など多数。現在、訪問国数は85ヵ国に達する。
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