第2回/アリな天パ、ダメな天パ
文字数 2,729文字
ひきこもり、そして金(カネ)と語り倒したジェダイ・マスターの新しいテーマは…
格差!
熱くなりがちなこのテーマに、戦など起こさず、肩の力をぬいてゆるりと冷静に挑む──!
前回天パ格差の話をする、と言ったが、天パぐらい大したことないだろうと思う人も多いだろう。
これこそが差別問題にありがちな「問題の軽視」なのだが、実は当事者である私も「騒ぐほどのことでもない」とは思っている。
しかし、当人が「大した問題ではない」と思い込まされているのも、差別問題あるあるだ。
今でこそ割と大罪視されているセクハラすら、一昔前まで「酒の席でキンタマを頭に乗せられたぐらいで騒ぐな」と言われており、キンタマが頭に乗った当人も「このぐらいで騒ぐ自分がおかしい」と思い込まされてきたため、「やっぱりこんなのおかしいぜ」とキンタマを払いのけるまで相当の時間がかかってしまったのだ。
己の我慢が社会全体の意識停滞につながることもあるので、おかしいと思ったことには声を上げた方がいいだろう。
それを加味しても「やっぱ騒ぐほどのことじゃねえな」と思うのだが、「真の敵は当事者内にあり」ともいう。
男が「女性差別なんて存在しない」と主張するより、女が「私は女だけど差別なんて受けたことがない」と言い出す方が厄介な場合もあるのだ。
私が「天パだったけど、そこまで苦労したことないっすよ」と言い切ることで、天パのせいで村80%オフになり、天パがうつる、と家に火をつけられさらにチリチリになった人の口を塞いでしまうかもしれないし、何よりこうやって深刻な問題を茶化そうとする奴が一番邪悪である。
それに天パは「ルッキズム」という、格差問題の巨頭の一端とも言える。
小学生時代、私のことを「天パだから嫌」と言っていた同級生がいたらしいのだが、同クラスに私より遥かにハードな天パの子がいたため、「じゃああの子のことも嫌いなのか」と聞いたら、「あの子の天パはあり」と言われたそうだ。
本当に、私の半端な天パが許せなかった可能性もあるし、韻を踏んでいるところも万死に値する、と思っていたのかもしれないが、多分この人は私が天パでなくても私のことが嫌いであり、ただ嫌う理由に、外見的特徴という一番わかりやすいものを上げた可能性が高い。
ただこれは私個人の経験であり、本当に天パという一点突破だけでいじめられた経験がある人もいるだろうし、少なくとも天パという個人の努力ではどうしようもない要素が「嫌っていい理由」として使われたことは確かだ。
もちろん天パをいじられたことがない人もいるだろうが、格差というのは、他者から受ける差別だけではなく、それによって被る「生活の不自由さ」も含まれる。
単純に健康に生まれた方が不健康より生きやすいし、左利きに生まれたせいで、右利き中心に作られている世界では生きづらいともいう。
その点でいうと、天パは雨の日広がりすぎてドアから出れなくなる、など生活に支障を来たすレベルの問題はあまり起こらない。
しかし、人を見た目で判断するのは絶許という風潮が高まる一方で、「ただし清潔感、てめえは別だ」という風潮も高まっている。
そもそもルッキズムは顔面の構造や骨格や体質など、本人の努力に関係ない部分を勝手に評価し差別する行為全般を指す。
よって、デブやハゲなど一般的に欠点とされる部分に触れるだけでなく「美人」など一見褒め言葉であろうとも、人の生まれ持った容姿について触れるべきではないとも言われている。
確かに、一時期何かと言われた「美人すぎるアスリート」など、本人のアスリートとしての努力を無視して、美人という生まれつきの部分にばかり注目するというのは、失礼でしかない。
よって見た目に言及するにしても「その金歯素敵だね、どこで入れたの?」など、本人の意志とセンスによるものは触れてもいいし、むしろ積極的に評価していいとも言われている。
逆に言えば、本人の努力でどうにかなることをやらないのはただの怠慢であり、厳しく批難されるようになった。
「清潔感」や「身だしなみ」も外見の話だが、風呂に入ったり、洗濯した服を着るのは努力の領域である。
よって、生まれつきの美醜で会社面接を落とされるのは不当だが、袖口にカピカピの米がついていた、もしくは鼻水で袖がカピカピだった、という理由で落とされるのは正当性がある。
そして清潔感を出すには「髪型」が重要とも言われている。
天然パーマと言っても千差万別であり、生まれつき美容院でかけるようなパーマがかかっているのならいいが、そう都合よくはなく、中途半端にうねっていたり、一部分にだけ強烈なクセがついていたりと、洗って乾かすだけだとデフォルトで「汚い髪型」になってなってしまう場合もあるのだ。
つまり「天然不潔」であり「天然パーマ」はまだ優しい言い方と言える。
もちろん、これもセットに時間をかけたり、縮毛矯正をかけたり、努力でなんとかなる分野だが、当然時間と金がかかる。
このように、努力で克服できるとしても必要な努力量が違うという「コスト差」も格差の一つだ。
ちなみに、天パには美容整形や脂肪吸引のような「抜本的解決法がない」というハンデもある。
天パは毛穴の問題なので、直すには頭皮を剥がしてつけ直すしかないという噂を聞いたが、調べた限りそんな手術は存在しないし、あったとしても敷居が高すぎる。
私は一生このチリ毛と生きていかなければならないのだ。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
Twitterはこちら:@rosia29
カレー沢 薫(かれーざわ・かおる)
「漫画家にして会社員にして人妻」改め、無職兼作家。生まれて初めて投稿した漫画が、新人賞で落選したにもかかわらず連載化。プロレタリアート猫ちゃん漫画『クレムリン』として話題作となる。独自の下から目線で放つコラム&エッセイにもファンが多い。漫画作品に『ひとりでしにたい』(第24回〈2020年度〉文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞)『いきものがすきだから』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』、エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『ブスの本懐』『女って何だ?』『やらない理由』『猥談ひとり旅』『モテの壁』『なおりはしないが、ましになる』『下ネタの品格』などがある。