第7回/大きな家やいい車でははかれない育ちのよさにみる格差

文字数 2,342文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫の tree 新連載がスタート!

ひきこもり、そして金(カネ)と語り倒したジェダイ・マスターの新しいテーマは…


格差!


熱くなりがちなこのテーマに、戦など起こさず、肩の力をぬいてゆるりと冷静に挑む──!

友人の家の近くに明らかに金持ちの家があるらしい。


どのくらい金持ちかというと、毎週庭でホームパーティーをしているぐらい金持ちだそうだ。


それだけで金持ちと判断するのは、メガネ=頭が良いと判断するぐらい金持ち解像度が低い気がするが、家や庭、車など、総合的に見てもやはり金持ちらしい。


こちらとしては、でかいのに足がマッチ棒みたいな犬を2匹飼っているなど、もう一つ金持ち決定打が欲しいところだが、おそらく平均より裕福な家なのは確かだろう。


しかし何が「パーティー」かは自分で決める時代である、それを考えずに他人のテンプレパーティーを羨ましがっているようでは、本当の豊かさは手に入らない。


私にとっては「飲みに行くから今日は夕飯いりません」という夫のLINEがパーティーナイト開始の合図であり、その音はシャンパンのコルクが飛ぶより甘美なのだ。


むしろコルクで蛍光灯を破壊し、一瞬でパーティーをお通夜に変えるタイプなので毎週ホームパーティーは全く羨ましくないし、高い車にも興味はない。広い家も掃除を完全外注できるレベルの金持ちでなければ大変なだけである。


よって、友人からその金持ちの家の話を聞いてもさほど羨ましくなく、妬むのはでかくて足がナナフシみたいな犬が出てきてからでも遅くないと思っていたのだが、その家に中学生ぐらいのしっかりした息子がいて、よく庭の花に水をやっているという話が出た瞬間、完全なる敗北ムードが漂った。


中学生男子と言えば、花に水どころか、右手にSwitch左手にタブレット、母親が5億回呼んでもYouTubeから視線を一瞬たりとも外さない生き物なのではないか。


母を「ママ」と言い続けるのは恥ずかしく、かと言って「ババア」と呼ぶ気概もない奴が突然「オカン」と言いだすのもこのあたりだ。


花に水をやっていればイイ子というわけではないし、親の本棚にあった『幽遊白書』を読んだ結果「俺は花も木も虫も動物も好きなんだよ、嫌いなのは人間だけだ」という仙水イズムに感化された末の水やり、という難解な中二病の可能性もある。


しかし、中学時代、『るろうに剣心』のことで頭がいっぱいで、花に水やりどころか親の手伝いなどろくにしなかった者として、この男子の行動に裕福な家庭出身者特有の素直さ、つまり「育ちの良さ」を感じて勝手に負けた気分になってしまった。


いい車や広い家、でかくて細い犬はこれから手に入るかもしれないが、育ちきった後で育ちを手に入れるのは実質不可能である。


もちろん家柄と品が必ずしも比例するわけではない。見た目は全裸でも心は錦な人もいれば、名門出身なのに肛門から出て来たのかというぐらい下品な人もいる。


しかし、生まれが良くて上品な人がいるのも事実なので、そういう人を目の当たりにすると、何をやっても敵わない、という気分になってくる。


生まれた場所で全てが決まるわけではないが、影響が大きいのは確かであり、最近では「親ガチャ」という言葉さえある。


親によって人生が左右されるというのは今に始まった話ではないが、これまでは「子は親を選べない」など迂遠な言い方をされていた。


それが「ガチャ」というシステムが浸透したせいか、または親が子に与える影響が増しているせいなのか「お花を摘みに行ってきます」が「巨大なウンコしてきます」になるぐらい直接的表現になってしまった。


実に心無い言葉だが、こちらが深淵をのぞいている時、深淵もこちらをのぞいていてお互い同時に目を逸らすように、子供が親ガチャドブったと嘆いている時、親も子ガチャ大爆死と思っていたりするものだ。


確かに、股間から出てくる様もガチャっぽいので、画的には親ガチャというより子ガチャな感じがするのだが、ガチャのシステムに則るとすれば「子ガチャ」は成立しない。


ガチャであるなら、排出率は誰が引いても同じでなければいけないからだ。


つまり私が引こうが石原さとみが引こうが、同じ確率でさとみ似の子どもが出てくるのがガチャだ。


だが、実際はそんなことなく、子供は引く親によって排出率が乱高下し、トンビが鷹を引く確率もゼロではないが、やはり鷹が引いた方が鷹が出てくる率が高いのだ。


そんなのは明らかに景品法に引っかかっており、こんなガチャがあったら即通報で消費者庁コラボ待ったなしである。


子ども側から見れば、どの股間から出てくるかは完全にランダムなので、やはり言葉的には「親ガチャ」の方が正しいと言える。


ただ、ガチャというのは自分の意志で引くものである。


私の口座から「ウマ娘」という名目で1万円が連続で消えているのは、全て自分の意志だ。


だが、股間ガチャは引いた覚えがない、引いてもないガチャから出て来たものを親として強制的に人生をスタートさせなければいけないという意味では、ガチャよりもさらに過酷なシステムである。


だがもしかしたら覚えていないだけで、魂の段階でガチャを引いてからこの世に生まれたのかもしれない。

そうだとしたら、これからガチャに挑む魂は焦って引かないようにしよう。これから「大谷翔平夫妻ピックアップ」などが来る可能性があるので、それを待て。


カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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