第5回/人間の才能のガチャは最初から「排出率0%」
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ひきこもり、そして金(カネ)と語り倒したジェダイ・マスターの新しいテーマは…
格差!
熱くなりがちなこのテーマに、戦など起こさず、肩の力をぬいてゆるりと冷静に挑む──!
パリオリンピックが終わったようだ。
私は、中年の肉体に歩行をマスターした二歳児の魂を宿しているため、スポーツに限らず何かを長時間静観するのが難しいので、オリンピックも全く見ていないのだが、日本はメダル獲得数第三位だったそうだ。
「運動能力」というのも代表的格差の一つだ。
貧乏に生まれたとしても、金持ちになれる可能性大いにあるし、一般ウケしない個性的デザインで生まれたとしても、現在は医学の力でユニバーサルデザインに補正することも不可能ではない。
これらに比べると、運動能力格差はかなり是正が難しい分野だ。
もちろん、運動神経が平均以下の私でも、練習により自転車の補助輪を外せたように、努力による伸びしろはある。
だが何ごとも一定を過ぎれば「越えられない壁」というものがあるのだ。
大体の日本人は、学習により日本語を話せるようになるが、私のように、いつまでたっても日本語を使って他人と円滑なコミュニケーションを取れるところまでいけない奴も、一定数存在する。
運動も練習によりある程度まではいけるだろう。しかしオリンピックで戦うレベルともなれば「生まれつきの才能」も不可欠になってくるはずだ。
また運よく才能に恵まれたとしても、それを生かせるかどうかはまた別の問題であり、生きるどころか、発見すらされずに死んだ才能の方が多いのではないかとさえ思う。
家庭環境によって子供の「経験格差」が起こっていると前に話したが、これは同時に「機会格差」を意味する。
才能はあっても伸ばせなければモノにならないし、発見しなければ伸ばしようもない。そして発見するには、発見の「機会」が必要だ。
例え大谷翔平級の野球の才能を持っていたとしても、「魔羅堂奈」と命名されるほど親がサッカー原理主義過激派で、サッカーボール以外の球は例え己のキンタマでも触ることを許さん方針だと、当然野球に触れる機会すらなく、才能は埋もれてしまうだろう。
機会が多いほど、秘められた才能の発見率は高くなるので、子供にはいろんな機会を与えた方がいいのだが、当然機会もタダではない。
我々が「出るまで回せば出る」と言ってガチャを無限に回すように、「子供の才能が発見されるまで機会を与え続ける」ができる親はそんなにいない。
しかもソシャゲのガチャであれば、出るまで回せば出るし、天井が設定されている場合もある。
しかし、人間の才能のガチャは最初から「排出率0%」なことがあり、しかもそれが景品法に触れていないため「うちの子どもに才能が入っていないんだが」と消費者センターに電凸もできない。
しかし経験や機会を与えられなかった人間は、死ぬまで「自分もチャンスさえあれば」と、己の不遇を呪って生きなければいけないので、才能は発見できなくても「才能がないことを発見できた」という清々しい気持ちで一生を終えられるかもしれない。
だがそういう心持ちなれる奴は少なくとも「ポジティブ」という、ある意味何よりも大事な才能を持っていると言える。
それすらなく、親に廃課金だけをされ続け、何の成果も出せなかったら、無課金家庭に生まれるよりも己の無能を悲観しなければならなくなるだろう。
金や期待をかけてもらえるのはいいことだが、度を超すとプレッシャーであり、むしろそのプレッシャーに才能を潰されるということもあるかもしれない。
オリンピックは我々一般人からすると、「度を天元突破した上で潰れてない人」の祭典である。
オリンピックでメダルを狙うとなれば、当然才能だけではなく、厳しいトレーニングに耐える努力や根性も必要だろう。
しかし、トレーニング内容という意味では、根性は完全にオワコンであり、やみくもに練習すればいいというわけではなく、質の高い環境や設備、指導に当たるトレーナーの技術も大事になってくる。
つまり、課金も重要ということであり、実際選手育成に金をかけられる国ほど良い結果を出す傾向にあるのだ。
今回話題になった射撃の「無課金おじさん」も装備は無課金初期アバターだが、練習費用などは結構かかっているのかもしれない。
だが種目でも格差があるため、オリンピックに出るような選手でもマイナースポーツだと練習資金集めに苦労しているという話も聞く。
しかしメダル期待度が高く潤沢に投資してもらえる選手の方がプレッシャーも強く、中には国民から「獲得予想メダルは金、もしくは金~金、または金以上」という田宮榮一プロファイラー状態の期待をかけられ、銀でも号泣して詫びなければいけなくなっている場合もある。
今大会はいつにも増して、SNSなどを使った選手への誹謗中傷が多かったという。
選手育成には税金も投入されているので「参加しただけで金メダルだし、おしりを出せば一等賞」というわけにもいかないだろうが、選手の精神的負担は増すばかりと言える。
才能の有無で人生の難易度は変わるだろうが、税金を投入されるレベルの才能があるというのもある意味人生ハードモードである。
カレー沢 薫(かれーざわ・かおる)
「漫画家にして会社員にして人妻」改め、無職兼作家。生まれて初めて投稿した漫画が、新人賞で落選したにもかかわらず連載化。プロレタリアート猫ちゃん漫画『クレムリン』として話題作となる。独自の下から目線で放つコラム&エッセイにもファンが多い。漫画作品に『ひとりでしにたい』(第24回〈2020年度〉文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞)『いきものがすきだから』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』、エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『ブスの本懐』『女って何だ?』『やらない理由』『猥談ひとり旅』『モテの壁』『なおりはしないが、ましになる』『下ネタの品格』などがある。