第1回/終わりのない戦が起こりがちなテーマだが

文字数 2,850文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫の tree 新連載がスタート!

ひきこもり、そして金(カネ)と語り倒したジェダイ・マスターの新しいテーマは…


格差!


熱くなりがちなこのテーマに、戦など起こさず、肩の力をぬいてゆるりと冷静に挑む──!

今回から新しいテーマで連載を始めるのだが、新テーマは「格差」である。


正直あまり気乗りのしないテーマだ。


まず、難しい問題すぎて自分の手に負えそうにない、というのがある。格差の前には必ず「差別」という、おそらく人間が滅ぶまで続くであろう巨大な問題が横たわっているからだ。


あまりこのテーマに向き合いすぎると、世の中と人間に絶望してしまい、繊細な人間なら世をはかなみかねないし、繊細な上に強いと人間を滅ぼす決意をしかねない。


そういう意味では、繊細ではない上に弱い私に最適なテーマのように思えるが、そんな私にとっても「ひたすら疲れる」というデメリットがあるテーマだ。


何故疲れるかというと、終わりのない戦が起こりがちな話題だからだ。


世界最大の下水道、とパリ市長に言われたSNS「X」だが、その中の「おすすめ欄」は、下水でありながら、世界最大の紛争地域でもあり、毎日何かしらの戦が起きている。


私が一番良く見るスタンダード戦争は男VS女だが、同姓であっても年代や、既婚や未婚、子持ちや子なしなどの、属性の違いで対立することもあるし「拙者そなたと同じくフルタイムワーママ、義によって助太刀いたす」と言っても「其許、近隣に子供の面倒見てくれる実家があるであろう」と、細かな差で袈裟斬りされてしまうこともある。


もはや「俺たちどこに行っても戦える」という頼もしさを感じるが、いくら血の気の多い戦闘民族人間でも「男はすね毛がたくさん生えてるのが許せない」や「どうして俺とお前で顔が違うんだ」など、どうしようもない生物的な差そのものに怒っているケースはそこまで見かけないし、そもそも女でもすね毛はたくさん生える。


しかし「顔によって対応が違う」や「男女とも生えるのに、女のすね毛放牧状態だけが社会的に許されないのはおかしい」など、差によって生じる「扱いの差」、それによって被る「不利益」に対してはメロスのように敏感かつ激怒せざるを得ないのである。


しかし、敏感なのは、不利益を被っている当事者だけだったりする。


よって当事者以外により「すね毛剃るのそんなに面倒か」と、問題を軽んじられたり「そもそも女ってすね毛生えないでしょ」と、当事者以外ゆえの無知さを見せられたり、最終的に「すね毛生えている女もいないし、生えていたとしてもそれを差別する男もいない」と、問題事態を存在しないものとしようとする者が現れ、それらとの諍いも絶えないのである。


こんな、核弾頭みたいなテーマには触れたくない、というのが正直なところだ。


最近諸事情でテレビを良く見るのだが、最近のテレビは「グルメ番組」が昔よりもさらに増えている。


これは単純に「食が好きな人間が多い」せいだと思うが、逆に言えば「食が嫌いな奴が少ない」ということであり、何かと苦情が多い昨今では、こちらの理由の方が本命なのではないか。


つまり、格差などという「戦争と平和」で言えば、明らかに戦争側なテーマではなく、平和なグルメコラムとかやりたいところだが、グルメ番組にだって「ふぐは山口県ではなく下関だけの名産だし」など、苦情を入れようと思えば無限にいれられるし、きのこVSたけのこという有名な戦争もある。


きのこたけのこ自体は祭りだが、その裏では「あなたはきのこ派たけのこ派?」という、どっちかが好き前提の質問に辟易している「どっちも嫌い派」がいるかもしれない。


さらに「どっちも好きではない」という返答に「なんてつまらない人間なんだ」と人格を否定されるなどの典型的マイノリティ差別が起こっている可能性もある。


グルメをテーマにしたところで、差別や偏見は起こるのだから、無駄なあがきはやめて、最初からストレートに「格差」をテーマにした方が手っ取り早いような気もしてきた。


そもそも「戦いたくないからこの話は触れないようにしよう」という私のような腰抜けのせいで、差別問題が放置されているとも言えるので、例えケンカになっても声をあげる者の方が立派なのである。


しかし、戦うのは立派だが、戦う相手を間違えしまっているケースもある。


確かに、すね毛処理の煩わしさを嘆くつぶやきに対し「すね毛生える女なんていないからこいつはおっさん」とリプをしてくる男は、敵である。


しかし、発言の背景には「女のスネ毛に不寛容な社会」が存在し、その社会の犠牲となった女がスネ毛を剃り、その結果女のスネ毛を見たことがない男が生まれて、このような発言に至ってしまっているのだ。


つまり、真の敵は現在の価値観であり、両方その犠牲者とも言える。


しかし、刃が真の敵に向かわず「女の生態を何も理解していない童貞」として晒し上げるなど、犠牲者同士が殺し合い、真の敵が野放しという構図も、X紛争地域にはよく見られる。


どんな小さなことでも、差別や格差を生み出す人間に改めて絶望するが、逆に言えば格差は至る所に無数にあるので、わざわざ、男女格差など巨大で深刻すぎるテーマに挑んで火だるまになる必要はないような気もする。


次回から、天パの人間がどのような不遇を受けたかなど、そういう話をしてきたい。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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カレー沢 薫(かれーざわ・かおる)

「漫画家にして会社員にして人妻」改め、無職兼作家。生まれて初めて投稿した漫画が、新人賞で落選したにもかかわらず連載化。プロレタリアート猫ちゃん漫画『クレムリン』として話題作となる。独自の下から目線で放つコラム&エッセイにもファンが多い。漫画作品に『ひとりでしにたい』(第24回〈2020年度〉文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞)『いきものがすきだから』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』、エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『ブスの本懐』『女って何だ?』『やらない理由』『猥談ひとり旅』『モテの壁』『なおりはしないが、ましになる』『下ネタの品格』などがある。

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