法廷ミステリーのルネッサンスが始まった気がする 杉江松恋(書評家)

文字数 1,051文字

どうです、法廷小説はおもしろいでしょう、と鼻を高くした作者の顔が見える気がした。


五十嵐律人『法廷遊戯』は、第六十二回メフィスト賞を授与された作者のデビュー作だ。


本作は二部構成になっている。舞台となるのは、過去五年間司法試験に合格した卒業生を出していないという法都大ロースクールだ。その底辺校にも別格の学生がいる。視点人物である久我清義とその友人の織本美鈴、既に司法試験に合格済みながらなぜかロースクールに進んだという変わり種の結城馨の三名だ。第一部の題名「無辜ゲーム」とは、その結城馨が審判者の役割を務める模擬裁判のことである。告訴者は、自分の身に降りかかった被害を罪として特定し、犯人を指定する。その告訴が通るか。あるいは無辜、すなわちなんの罪も犯していないと認定されるか。後者の場合、告訴者自身が罰を受けなければならないのである。


久我清義が自らの過去に絡んだ名誉毀損事件を無辜ゲームに持ち込むことから物語は始まる。それ自体は「日常の謎」風の小さなエピソードとして終わるのだが、話はまだほんの導入部に過ぎない。その後で織本美鈴が謎の人物によってストーキングされているらしいことがわかり、一気に不穏さが増していく。


この第一部の美点は、久我清義の眼を通して判明する事実がすべて断片的であるために、何が起きているかさっぱりわからないことだ。不安が頂点に達したところで大事件が起き、唐突に第一部は終了する。読者の興を削がないように詳細は伏せるが、第二部「法廷遊戯」は弁護士になった清義が勝ち目のない刑事裁判に挑むという展開になるのである。第一部の内容がどうつながってくるのか最初のうちはまったく見当がつかないところがまたいい。


法廷小説が秀作であるための条件とは、法文解釈やその運用に作者ならではの目新しさがあることだ。もちろん、しろうとでも理解可能でなければならない。第一部に無罪と冤罪の違いについて議論する場面があるのだが、そこを読んだだけで本作が必要条件を満たしていることが判る。第一部の不可解な状況の謎は第二部に入るとある人物の動機の問題に接続していく。その展開を追っていけば、小説の中核にあるものが何かは見えてくるのである。正面切って法の問題を扱いながら難解な箇所がなく、全篇を楽しめる。作者はエンターテインメントの作法をしっかり理解しているからだろう。後味もよく、次も読んでみたいという気持ちにさせられる。そうだ、いいな、法廷小説は。

『法廷遊戯』五十嵐律人・著

2020年7月15日発売予定  講談社

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