人が人を裁くことの本質に切り込む法廷ミステリ 末國善己(文芸評論家)

文字数 1,037文字

メフィスト賞を受賞した本格ミステリには、とんでもない変化球もあれば、真っ向勝負の直球もあるので、次に何が出てくるか分からない楽しさがある。第六十二回メフィスト賞を受賞した五十嵐律人『法廷遊戯』も、変化球要素と直球要素を兼ね備えた一筋縄ではいかない作品だ。


司法試験の合格実績が悪い法都大ロースクールでは、学生たちが無辜ゲームなる模擬裁判に興じていた。


久我清義は、自分を誹謗する紙を置いた犯人に無辜ゲームを仕掛けられる。審判者(裁判官)は、既に司法試験に合格している結城馨。大学入学前からよく知る織本美鈴を証人請求した清義が、有利な証言を引き出すため息詰まる頭脳戦を繰り広げるだけに、序盤から先の読めない展開が続く。


第一部「無辜ゲーム」では、この他にも、消えた飲み会の代金などが無辜ゲームの対象になるので、著者は日常の謎と法廷ミステリを融合した独自の世界を作ることに成功したといえる。ところが第二部「法廷遊戯」になると、清義たち三人が、殺人事件の被害者、被告人、弁護人として実際の裁判員裁判に臨む正統的な法廷ミステリになる。その意味で本書は、ルールが異なる二種類の法廷ミステリを詰め込み、それぞれに緻密なロジックの法廷戦術を盛り込んだ贅沢な作品なのである。


本格ミステリは、伏線を過不足なく処理し、あまりを出さない方が美しいとされる。これに倣うなら、無辜ゲームで争われた事件はもちろん、清義が痴漢冤罪詐欺を行おうとした女子高生に声を掛ける、清義と美鈴の秘められた過去、司法試験に合格している馨が底辺ロースクールを選んだ理由など、一見すると事件とは無関係に思えるエピソードが、不可解な殺人事件とリンクし意外な真相を導き出す伏線になっていく終盤は、まさに本格ミステリの美が凝縮されており、圧巻の一言に尽きる。


謎が解かれるにつれ浮かび上がってくるのは、法に則って人が人を裁く裁判制度とは何かという問い掛けである。近年、刑事裁判をめぐっては、少年法の撤廃や厳罰化を求める過激な論調も目立っている。こうした現状を前に、本書は、適正な量刑とは、真の被害者救済とは、加害者を更生させるには何が必要か、そして神と違って不完全な人が人を裁き正義を実行する難しさと苦悩などに切り込んでみせる。裁判員裁判が始まり、誰もが裁判と無縁ではなくなった今こそ、本書が二転三転するミステリの醍醐味の中に織り込んだテーマは、重く受け止める必要がある。

『法廷遊戯』五十嵐律人・著

2020年7月15日発売予定  講談社

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