大胆な挑戦にみちた作品であり、将来が実に頼もしい新人だ 池上冬樹(文芸評論家)

文字数 1,465文字

弁護士をはじめとする法曹関係者を主人公にしたリーガル・サスペンス(スリラー)は、ミステリの一大ジャンルになっている。スコット・トゥロー(『推定無罪』)のように深く豊かな人間ドラマを捉える文学路線にいくのか、ジョン・グリシャム(『法律事務所』)のように軽快なスピードで読ませるエンターテインメント路線にいくのか、スティーヴ・マルティニ(『重要証人』)のように二転三転どころか四転五転する鮮やかな法廷劇で惹きつけるのかと色々な路線がある。


日本でもたくさん出ているが、近年では架空の誤判対策室(刑事、検事、弁護士からなる冤罪調査組織)をメインにした石川智健の『60(ロクジュウ) 誤判対策室』(講談社文庫)と続編『20(ニジュウ) 誤判対策室』(講談社)が収穫。ケレンたっぷりな驚きにみちた大胆不敵なゲーム感覚が終盤まで貫かれている。


本書『法廷遊戯』も、ある種のゲーム感覚の法廷ミステリといっていいだろう。前半はロースクールでの模擬裁判劇(〝無辜ゲーム〟と名付けられている)が進行し、その過程で起きた殺人事件の公判の模様を、後半で具体的に示すことになる。


最初、とても新人とは思えぬ筆力で、どうして江戸川乱歩賞を目指さなかったのかと思った。第一部「無辜ゲーム」の最後に驚きの場面があり、第二部「法廷遊戯」に移っていちだんとドラマが深く掘り下げられて、もうこれはメフィスト賞ではなく江戸川乱歩賞クラスではないかと思うほど充実していて息をつめて読みふけった。これだったら受賞もありうるのではないかと思ったのだが、終盤に至ってメフィスト賞を選択した理由がわかった。尖りすぎなのである。サーヴィス精神が強すぎるといってもいい。終盤からは正統派の方向にはいかず、少し作りすぎて、それはありえないのではないかとリアリズム信奉者の批判を受けるような真相に辿り着く。ただタイトル通り、法廷における遊戯的な真相が見えてきて観念的になった感があるものの、それが法律制度を逆手にとる予想外の展開にもつながるからゲームとしての面白さは増す。


その面白さのひとつが、テーマともいうべき罪と罰、そして正義だろう。本書は、ロースクールで起きた殺人事件を新米弁護士の久我清義が担当して真相に迫る物語であり、清義はきよよしと読むが、言いにくいのでロースクールの仲間はみな〝セイギ〟と呼ぶという設定である。ここに作者の狙いがある。実際、清義は〝セイギ〟と呼ばれることに抵抗を感じる。なぜなら「自分の中にあるのが、見せかけの正義だと分かっていたから」である。「罪を犯すことでしか、正義を実現できなかった」からだ。清義は少年時代にある事件をおこして少年鑑別所にいたことがある。そのときに弁護士によって「無知は罪だ」と知り、清義は「不平等な世界を生き抜いていかなければならない。法律は、そのための武器になる」と考えて弁護士になったのである。


そういう清義の過去から現在までの人生が、物語のなかで軋みをあげる。児童養護施設で一緒だったロースクール仲間の織本美鈴との複雑な関係を絡めて描かれるのだ。いささか動機が先鋭すぎる嫌いはあるものの、若さゆえに法律に殉じようとする者たちの身を裂くような辛さも引き出されており、それが青春小説の文脈で痛々しい輝きにもなっている。たんにリーガル・スリラーだけの面白さだけではなく、青春の苦みも剔出していて印象に残る仕上がりだ。大胆な挑戦にみちた作品であり、将来が実に頼もしい新人でもある。

『法廷遊戯』五十嵐律人・著

2020年7月15日発売予定  講談社

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