7冊目/佐藤雅美の『幕末「円ドル」戦争 大君の通貨』

文字数 1,495文字

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その人気ライターである河村・拓哉さんが初の書評連載 『河村・拓哉の推し・文芸』!


第7冊目は、佐藤雅美の『幕末「円ドル」戦争 大君の通貨』です。

歴史が苦手です。


第一には僕が歴史の授業をちゃんと履修していないからなのですが、自分で参考書を読んでみても、どうにも覚えられない。思うに、考えようがないことが苦手なのです。徳川家康という単語をそもそも知らないと、解答欄に徳川家康とは書けない。


そういう苦手意識から歴史小説を読んだことがありませんでした。さすがにマズいと感じていたので、tree編集部に歴史小説のオススメを聞いて、推薦していただいたのがこの本。


舞台は幕末の日本。鎖国が解かれて直後の、さて外国とどう外交していくか、という時代です。主人公はイギリスの外交官オールコックで、日本人ではありません。彼や、アメリカの外交官ハリスが、江戸幕府をどう「食い物」にしていくか、というのが話の流れ。


日本人がやられてしまうストーリーに僕も驚きましたが、現在の我々の思考様式に近いのはむしろ西欧人の彼らの方ではないでしょうか。史実としてこの本の「日本」である江戸幕府はその後消え、西洋風の明治政府が樹立されることになります。


もう一つ驚いたのは、外交官たちが良い人間ではないこと。日本と欧米がそもそも友好的でない時代だからというのもあるのでしょうが、オールコックは条約を守らせるなら軍事力もやむなしと考えるイライラおじさんですし、ハリスは裏でこっそりお金稼ぎをしているセコセコおじさんです。もっと他の人いなかったの?


他の人が良かった――けれども、「歴史にIFは無い」。歴史は一度きりの出来事の積み重ねです。


それでも、IFを考えてしまう。このおじさんじゃなければ、と歴史を考えてしまう。この本には、その力があります。人間の欲望や生き方が歴史になる様子がしっかり書かれて、そしてそれが生々しくて、もしもを考えずにはいられないのです。


そしてこの本は歴史「経済」小説で、題材は幕末に起こった金の国外への流出。金と銀の交換比率が日本の内外で違ったために、外国人が両替のループで錬金術を行え、その分幕府にダメージが入ったのです。だから当然、経済という「考える要素」が極めて重要な位置を占めます。外交の現場で張られる論陣は、当然難しくもありますが、国レベルの利益を賭けたスリリングなもの。それだけに歴史の大きな分水嶺でもあります。外交官たちの理解力によっては、歴史が変わっていた――最後の大転覆は無かったかもしれないのです(最後に種明かしもあるので安心してください)。


歴史のロマンと経済の合理。考えることの多い、贅沢な小説です。

書き手:河村・拓哉

YouTuber。Webメディア&YouTubeチャンネル「QuizKnock」のメンバーとして東大卒クイズ王・伊沢拓司らと共に活動。東京大学理学部在籍。Twitter:@kawamura_domo
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