1冊目/多和田葉子の『地球にちりばめられて』

文字数 1,589文字

WEBメディアやYouTube、はては地上波ゴールデンまでーー。

幅広く活躍の場を広げ続ける東大発のクイズ集団「QuizKnock」。


treeでは、その第一線で活躍するメインライターのひとり、河村・拓哉さんに書評連載の筆を執っていただきました。ご自身としては初となる書評連載です。


記念すべき「1冊目」は、国際的に高い評価を得ている現代作家・多和田葉子さんの『地球にちりばめられて』。お楽しみください。

書評の第一文に書いてしまうが、僕は読書量の多い方ではない、むしろ少ない。


僕より読書する友人を沢山知っている。両手で数えて余る読書人と、何人かの読書狂、つまり書物に物理的生活スペースを侵略されている人たち、を知っている。


そんな中でなぜ僕の書評の依頼が? と考えると、手前味噌ながら、YouTube動画における僕の雰囲気、中でも言葉の選び方が評価されてのことだと思う。


言葉を選び紡ぐことは、書くにしろ話すにしろ、(日本語を)能動的に使うことである。これは、読んだり聞いたりという、他者の理解を是とする受動的な技能と区別されることが多い。一般に読解に必要な能力は後者だろう。


でも、読書を楽しむ能力は? 良い本は、読書体験の中で、読者の感情を揺さぶり、何かしらの感情を抱かせる。感想は、ただ「楽しかった」のような単純なものでさえ、言葉を用いた能動的な表現を必要とする。つまり、優れた本は、我々に言葉を使わせる。


長く導入を書いたが許して欲しい。これほど読後に日本語を使いたくなる小説は無いのだから。


本作の舞台は近未来ヨーロッパ。主人公であるHiruko(アルファベット表記だ!)の祖国は、(作中では明言されないものの)日本である。ところがこの日本、Hirukoの留学中に消滅してしまった。それで彼女は日本語の話者を探し訪ねている。物語の大きな筋は、Hirukoの母語話者の探索である。


この小説は、それ自体がヨーロッパ各国を巡る興味深い旅路である。そしてこの旅は、多くの仲間による群像劇として描かれる。各章の語り手は、言語学徒のクヌート、トランスジェンダーのアカッシュ、国籍を偽るテンゾなど様々な人物が担当する。これはそのまま世界の多様性のモザイクだ。国境を越えるだけの旅ではない。文章、つまり読書体験自体が言語、性別、出自、様々な境界を越えていく。世界の広大さを感じさせながら、それでも世界がただ1つであることをありありと描き出している。


最後になるが、作者の多和田葉子先生にも触れておこう。調べれば、日本の芥川賞やドイツのクライスト賞を受賞した、ノーベル賞の候補にも名が挙げられる高名な作家であることが分かる。とすると本書も高尚な本に思える、実際奥の深い小説だ。けれども全部が全部難解なわけではない。ピサの斜塔を面白いと思うのに建築工学の履修が必須だろうか? 斜めに立つ建物は誰が見ても面白いだろう。


同じく本作は、様々な技巧こそあれ、誰が今読んでも素直に面白いのだ。言葉についての小説だからか、とりわけ言葉遊びが心地よい。

書き手:河村・拓哉

YouTuber。Webメディア&YouTubeチャンネル「QuizKnock」のメンバーとして東大卒クイズ王・伊沢拓司らと共に活動。東京大学理学部在籍。Twitter:@kawamura_domo

★次回は1月27日(水)公開です。
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