第11話 ピアス
文字数 2,071文字
幸せなはずなのに悲しくて、苦しいけれどかけがえが無い。
そんな私たちの日々が、もしもフィクションだったら、どんな物語として描かれるでしょうか。
ごめん(https://instagram.com/gomendayo0?igshid=1rh9l0sv9qtd2)
さんが、
あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていく隔週連載。
この物語の主人公は、「あなたによく似た誰か」です。
きみにもう少し近づくために
これは夢だろうか。
大学に入って二回目の夏休み。まだ20年ほどしか経過していない私の人生は、柳くんのこんな一言でピークを迎えた。
「俺ずっと富田さんと話してみたかったんだよね」
運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲んだ後、柳くんが私の目を見て笑った。遠くからずっと見てた、子犬みたいな笑顔。思えば私は、柳くんを正面から、それもこんなに近くで見たことはなかった。
「私も」
たった4文字を発するのに精一杯で、だけどその必死さを悟られたくなくて、私はまだ彼のようにまっすぐ目を見ることができない。こんな自分がいつも嫌い。咄嗟に逸らした視線の先に、柳くんの右耳に刺さった小さなピアスがあった。
「俺たちって話合いそうだよね」
柳くんがまた照れ臭そうに笑って、唇の横にできた小さなえくぼを視界の端でとらえながら、私は喉の奥がじんと熱くなるのを感じた。
◇
柳くんに食事に行こうと誘われたのは、夏休みに入る直前のことだった。それまでは大学の講義でたまに見かける程度で、話したことは入学以来ほとんどなかったのだけれど、どういう訳か、ある夜柳くんから学科のグループラインを通じて個別にメッセージが送られてきたのだ。
<富田さん、飲み会来ないの?>
スマホの通知を見て、暫く固まってしまった。「飲み会」というのは、夏休みに同じ学科の2年だけで開かれるコンパのことだ。学科どころか大学で1人も友達がいない私には、飲み会なんて行くか行かないかを迷う権利すらない。
<行かないつもりだけど、どうしたの?>
震える手でなんとか返信をすると、またすぐにメッセージが返ってきた。
<富田さんと仲良くなりたいから、来ないのかなと思って。>
私は全ての運を今使い切ったのかもしれない。本気でそう思った。それから何回かやり取りをした後、飲み会苦手なら2人でご飯でも行こうと誘われた。その文字を何度も咀嚼しながら、彼はどんな声だっただろうかと記憶を辿ったけれど、頭に浮かぶのは遠くの方で誰かと話す人懐こい笑顔だけだった。
◇
今にも肩が当たりそうな距離で、隣を歩いている。食事をしていた喫茶店を出て駅へ向かう間、私の神経は柳くんがいる右半身に集中して落ち着かなかった。
「富田さん何線?」
「あ、京王線……」
私が答えると、柳くんは「じゃあ別々だ」と言って、JRの改札前で足を止めた。ああ、もう夢から醒めるのか。
新宿の古い喫茶店で、私たちはコーヒーを二度も注文しながら、気づけば三時間喋っていた。好きな映画や音楽の話、高校の頃の話、子供の頃の話。緊張したままの私の下手な話を、柳くんは楽しそうに聞いた。柳くんの声は私が記憶していたよりも低くてやさしくて、何故か懐かしかった。コーヒーに入れた角砂糖みたいに、彼の言葉のひとつひとつが耳の奥で溶けていくのを感じた。本当は、もっともっと話したい。
「今日はありがとう、楽しかった」
雑踏に負けそうな声で私が振り絞ると、柳くんの頬にまた小さなえくぼができた。
「富田さん、もっと大学の奴らとも喋ってみなよ。みんな絶対仲良くなりたいと思ってるよ。」
「またラインするね」と改札に向かって遠ざかる柳くんの背中から、暫く目が離せなかった。そしてふと、いつもはこの距離で彼のことを見ていたんだなと思った。遠すぎて、柳くんの右耳のピアスも、小さなえくぼも、知らないままだった。知ってしまったから、もう戻れない。不意にどうしようもなく泣きたくなった。ああ、私は柳くんのことが好きなんだな。
その夜、生まれて初めてピアスを開けた。じわじわとした小さな痛みを耳たぶで感じながら、柳くんの声を反芻しようとしたけれど、もう思い出せなくなっていた。
ピアスを開けると運命が変わるらしい。夏休みが明けて大学で会えたら、今度は私の方から一番に話しかけよう。
ごめんさんが、あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていきます。
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