第6話 Re:

文字数 2,751文字

幸せなはずなのに悲しくて、苦しいけれどかけがえが無い。

そんな私たちの日々が、もしもフィクションだったら、どんな物語として描かれるでしょうか。


大人気のイラストレーター・漫画家の

ごめん(https://instagram.com/gomendayo0?igshid=1rh9l0sv9qtd2

さんが、


あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていく隔週連載。

この物語の主人公は、「あなたによく似た誰か」です。

【第6話 Re:】

そうして僕は筆を執った

 昨日、今年に入って初めて冷房のスイッチを押しました。不思議なもので、そんななんてことない動作ひとつで、私は夏という季節に足を踏み入れてしまったことを実感したのです。そしてふと、あなたのブログに初めてメッセージを送ったのもこんな初夏だったことを思い出しました。あれからもう10年が経ちますね。あなたは幸せに生きていますか?


 当時高校一年生だった私は、毎日死にたいと思っていました。私の家庭環境については10年前もよくお話しましたが、とにかく当時の私はあの家にいることが苦痛で仕方なかったのです。母の怒鳴り声が響く家。私の存在を否定する声だけが響く家。今でも、あの声は鼓膜から離れてくれません。

 けれどそんな話、学校の誰にも打ち明けることはできませんでした。友達のことを信用していなかったわけではないけれど、仮に打ち明けても、何の解決にもならないと心のどこかで諦めていたのかもしれません。もしも、ある日ふっと自分の存在を世界から消してしまえたらどんなにいいだろう。そんなことを何度も考えました。思春期ならばよくある話でしょうか。それでも、16歳の私は本気でそう思っていたのです。そしてそんな思いに比例するように、私の手首には傷が増えていきました。


 そんな私にも、週一回楽しみにしていることがありました。あなたのブログです。毎週水曜日、あなたのブログにアップされる短い小説。大袈裟だと笑うでしょうか、その続きを読むために私は毎週生きていました。あなたの書く小説は理屈っぽくて、決して明るい話ではなかったけれど、そんな不穏さが私の人生と重なって、心の拠り所になっていたのです。

 ある日、私は初めてあなたにメッセージを送りました。あなたの小説のファンであること、誰にも言えない悩みを抱えていること、死にたいといつも思っていること。自分の思いを誰かに吐露するのは初めてのことで、送信ボタンを押す指が震えました。


<何かあったら電話してね。>

 あなたからのシンプルな返信は、何故かやわらかいひらがなで私の脳内に再生されました。今思えば、顔も名前も知らない私に番号を教えるのはかなりリスキーな行為だったのではないかと思います。けれど、あなたは私を信じてくれたのでしょう。その文字を見て私はやっと、光が見えた気がしたのです。


「今日りんごたくさんもらっちゃってさ」

 意を決してかけた電話だったから、あなたの第一声を聞いて私は拍子抜けしてしまいました。そして、低くて落ち着いた声にひどく安心したことを覚えています。もう独りじゃないんだ。あなたのことは何も知らなかったのに、不思議とそう強く感じました。

 それから何度か電話をかけるようになりました。話す内容はいつもとりとめのないことばかりで、あなたは私の悩みについて自分から触れることはありませんでした。だけどそれがあなたの優しさなのだと、子供ながらにわかっていました。あなたは私を突き放すことも、寄り添うこともしなかった。けれど遠くに、同じ場所にいつもいてくれていました。今思えば、あれは私にとって最初の恋だったのでしょう。顔も知らないあなただけが、やはり私のすべてだったのです。

 そんな私たちの不思議な関係は、あなたのブログ閉鎖を機にあっけなく終わりました。電話も通じなくなったことに気づいた時、私は途方に暮れました。これからどうやって生きていけばいいの。大きな拠り所を失い、私はまた手首を傷つけるようになりました。

 心が元気な人というのは、心が自立しているわけではなく、より多くの依存先を持っている人なのだと大人になって知りました。私にとっての依存先はあなたしかいなかったのだから、あなたが消えたらまた元通りになるのは当然のことですね。あなたも私のことを重荷に感じていたのかもしれません。そしてふと気づいたのです。

 あなたの名前は何ていうの。あなたは何歳なの。どうして小説を書くようになったの。どうしてあの物語はハッピーエンドじゃなかったの。涙も枯れた頃、暗い部屋の隅で考えました。私はあなたのことを、何も知らなかったのです。

 あの頃のこと、謝りたいと思っています。独りよがりでごめんなさい。あなたの気持ちに寄り添えなくてごめんなさい。でも、私の希望になってくれてありがとう。生きる理由になってくれて、ありがとう。


 長くなってしまってごめんなさい。あれから10年も経ったなんて信じられなくて、つい思い出話に浸ってしまいました。本題はここからです。

 先日うちの出版社に送られてきた小説、とても見覚えがあったんです。相変わらずハッピーエンドではなかったし、暗い内容だったけれど、編集部でも面白いと評判でした。

 読んでいくと、いくつかエピソードが加筆されていることに気づきました。いつも死にたいと言っている女の子の話。誰にも打ち明けられない悩みを持っている女の子の話。主人公が、その子と電話を繋いでいる時間だけ救われていること。読みながら、私はやっぱり泣いてしまったのです。

 あなたの小説を作る手伝いを、私にさせてくれませんか?私の泣き虫は健在ですから、あなたに会えたらきっとまた泣いてしまうのだろうけれど、まずは私のお気に入りの喫茶店で、思い出話でもしましょう。お会いするのは初めてですが、きっと私たちならくだらない話も弾むでしょう。私はもう大丈夫です。辛いこともあるけれど、ひとりでも、ちゃんと生きています。

 今度は、あなたの話を聞かせてください。


ごめんさんが、あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていきます。

恋愛や友達関係、自身のコンプレックスなどなど……

こちらのURLより、ぜひあなたの体験やお悩みをお寄せください。


https://docs.google.com/forms/d/1y1wrJASyyKN2XDhYGkuBHgXMrbF1VpmJ8g668lJQ4a4/edit

 

※ごめんさんに作品化していただきたい、皆さんのこれまでの体験や、日々の悩みなどをお寄せください。

※お寄せいただいた回答の中から選び、解釈させていただいた上で、作品化いたします。

※随時、こちらのフォームからご応募を受け付けております。

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