第7話 心地良い
文字数 1,885文字
幸せなはずなのに悲しくて、苦しいけれどかけがえが無い。
そんな私たちの日々が、もしもフィクションだったら、どんな物語として描かれるでしょうか。
ごめん(https://instagram.com/gomendayo0?igshid=1rh9l0sv9qtd2)
さんが、
あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていく隔週連載。
この物語の主人公は、「あなたによく似た誰か」です。
大切にできない距離でいよう
あ、今日かも。
ポケットの中で、ヴ、と一回だけ鳴るスマホの振動を太ももで受け止めながら、私は心がふわりと軽くなるのを感じた。こういうときの勘は大抵当たるから不思議だ。教授が板書をしている隙に机の下で通知を確認すると、予想通り「晃」という文字が表示されていた。
<ここ美味そう>
シンプルなメッセージの下に、食べログのURLが貼られている。約一ヶ月ぶりのやり取りなのにたったの6文字で会おうとするなんて、付き合っていた頃だったら考えられなかった。だけど、今の私たちにはこのくらいが丁度いい。
<いいね>
私の返信はもっと短い。それをそっけないと咎める権利も、晃にはもうない。
講義が終わって外に出ると、もうすっかり夜になっていた。駅のトイレで一応身だしなみを整える。部屋着にもしているくらいのよれたTシャツに、履き古したジーンズ。化粧すらしていない自分の顔を鏡で見ても、「しまった」と思うことはない。それが嬉しいと感じる日が来るなんて思わなかった。
新宿駅東口を出ると、待ち合わせをしているであろう人たちの中に、スマホをいじる晃の姿を見つけた。これは一年前、私がまだ晃を好きだった頃に身につけた特技でもある。あの頃の私は、どんな人混みの中でも一番に晃のことを見つけることができた。まだ私が健気で、一途で、ちょっとしたことにいちいち傷ついていた時の話。
「お、元気?」
私が何も言わずに隣に立つと、晃はもたれかかっていたガードレールから腰を離した。私は「ん」とだけ返事をする。月一回、私たちはこんな風に雑に待ち合わせる。
晃と私は一年前、恋人関係を終えた。付き合い始めたのは高校生の頃で、私の初めての彼氏だった。結局3年も一緒にいたけれど、お互いのことなんて一ミリくらいしかわからなくて、一番大切なはずなのに一番大切なことが言えなくなって、傷つけられたら傷つけたくなって、いつしか一緒にいる理由もわからなくなってしまった。まあ、よくある話。
別れてから、私たちの関係は付き合っていた頃よりもずっと心地いいものになったように思う。恋人だった頃に感じていた「恋人なのにどうして」という気持ちが消えた分、この曖昧な関係は楽でいい。
「麻実は幼馴染みたいなもんだからさ」
そう笑いながら、晃は氷で薄まったレモンサワーを飲み干す。ジョッキを持ち上げた腕にぷくりと浮き出た血管を見つめながら、「そうだねえ」と私も笑った。
居酒屋を出ると、大抵どっちかの家に向かう。セックスをするわけでも、抱きしめ合って眠るわけでもなく、コンビニで買ったお酒を飲みながら並んで映画を観る。この関係は何だろうとたまに思うけれど、多分私たちは本当に友達に戻ってしまったんだと思う。昔だったら言えないような軽口も、気兼ねなく言うことができるようになった。
エンドロールが流れ始めてふと隣を見ると、ソファにもたれかかったまま晃が寝息を立てていた。目にかかるくらいの前髪に少しだけ触れてみても、起きる様子はない。一年前まで、当たり前のようにお互いの身体に触れていたことが嘘みたいに思えてくる。この関係は何だろう。大事だけど、大事じゃない。
この先どちらかに恋人ができたなら、この関係はきっとやんわりと終わっていく。私たちの終わり方はきっと美しくないんだろうけれど、それが私らしいとも思うのだ。
ごめんさんが、あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていきます。
恋愛や友達関係、自身のコンプレックスなどなど……
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