みんなはどう読んだ? 凪良ゆう最新作『汝、星のごとく』読書会(後編)

文字数 5,153文字

某日、護国寺のK談社で開催されたという読書会。集まったのは、作家、ライター、書店員、元アイドル、インフルエンサー、書評家と、様々な顔を持つ四人の男女だ。

語られたのは、凪良ゆうさんの最高傑作との呼び声高い『汝、星のごとく』について。

男性と女性の交互の視点で十五年にわたる恋愛と人生を描いた本作を、彼らはどう読んだのか、注目の内容を前後編の二回でお届けします!


構成:立花もも

この読書会は、「小説現代」2022年9月号にて掲載されました。

左から、けんごさん、橘 ももさん、大木亜希子さん、山本 亮さん。

必ずしも救われなくていい、という描かれ方が、救いになる



大木亜希子(以下、大木) 最終的に、暁海をとりまく社会的な状況ってほとんど改善されていないじゃないですか。物語のなかに登場する女性はアシスタントの肩書のまま、昇給することもないのだろうし、島の女性たちも自立する手段をもたないまま。刺繡という道を見つけ、いろんな意味で自分らしく生きることを決めた暁海も、異質な存在のまま、あれこれ言われ続けてしまう。でも、社会的構造はそう簡単に変わらなかったとしても、覚悟次第で解決の糸口を導き出すことはできるんだと、暁海を通じて描かれたところに私はかなり打たれました。


橘 もも(以下、橘) 島の女性が〈ひとりで食べていける仕事があるなら、わたし、子供連れて島出るかも〉という場面があるじゃないですか。あれは、大木さんのおっしゃる解決の糸口の一つだと思うんですよね。自分で自分を養う力をもつことの大切さも、再三、作中では語られていますが、島の女性たちが暁海を見て「そういう道もあるのか」と気づいたように、読者もまたこの作品を読むことで、自分の道を拓くための糸口を見つけられるんじゃないのかな、と。……すみません、私と大木さんばかりで話していて(笑)。


山本 亮(以下、山本) いえ、大変興味深いです。暁海が、わたしはなにも悪いことはしていないのに、と思う場面がありますよね。帰ってこない父親を待ち続け、壊れてしまった母親は、暁海に依存し続ける。暁海のためと言いながら苦しめるようなことばかりする母親を、暁海は見捨てることができず、なぜか謝るしかなくなってしまう……。そういう、関係性につけこんだ加害性を描くとき、たいていの作家さんはどうすれば救われるのかに焦点をあてるのですが、凪良さんは、必ずしも救われなくてもいいと思っているんじゃないかという気がするんですよね。救いというのは、問題がわかりやすく解決することで訪れるのではなく、その人の心がいかに変容するかが、まず大事な一歩なのだと。暁海と母親の関係は、いわゆるヤングケアラーの問題に繫がってきますし、男女の社会的な不平等をはじめ、今作ではけんごさんのおっしゃったように、これまで以上に社会的なテーマが扱われています。僕たちが今まさに向き合わなくてはならない問題を、安易に物語のなかで決着させるのではなく、どう立ち向かっていくかの過程を描くことでこの先の救いへと繫げていくのが凪良作品なのだなと思いました。


けんご 母親を見捨てることができたらそれがいちばん楽だし、暁海もそのことはよくわかっているんですよね。でも、暁海はそれをしない。理不尽に傷つけられているのは自分なのに〈これ以上一緒にいたらお母さんを傷つけてしまう〉と一時的にひとり家を出た高校時代から変わらず、母親のことを想い続けている。読みながら「そんなに自分を犠牲にしないで」ともどかしくてしかたがなかったけれど、暁海にとってお母さんはいつまでもお母さんなんだと思うと、何も言えなくなるし、見捨てて島を出ることが彼女にとっての救いになるとも、到底思えない。そんな彼女の、唯一の心のよりどころが櫂だったわけで、二人の関係性の変化に、読んでいて胸が詰まってしまうんですよね……。

他者に寄り添うことのできる櫂の優しさと弱さ



大木 櫂もずっと愛を欲していた人ですよね。常に恋をしていて、男性がいないと生きられない母親は、自分を頼ってくれるけど、いちばんに愛してはくれない。櫂と母親の関係性にも胸を衝かれながら、なんて弱い人なんだろうと思ってしまいました。暁海ももちろん、櫂との関係に苦しんできたけれど、母親と暁海という二人の女性からの愛を求めて不器用にもがき続ける櫂の姿に「ああ、もう!」となんともいえない気持ちになりながら最初は読んでいました。でも櫂が、ある女性に〈あんたの中心はあんたやで。どんだけ惚れても自分の城は明け渡したらあかん。自分で自分のことつまらんとかも言うな。あんたの価値はあんたが決めるんや〉と言う場面を境に、一気に心をつかまれてしまって。どうしようもない、けど、本当に優しい人なんだよなあ、と愛おしさがこみあげてきました。


 櫂は、誰かに幸せにしてもらおうなんて思っちゃいけない、自分の価値は自分で守らなきゃいけない、とわかっていたのに、心のどこかで、暁海が自分の城を明け渡してくれるのを望んでいた、と自覚する場面があるじゃないですか。私は、その正直さに愛おしくなりました。だめだめなんだけど、でも、恋人に依存する母親を間近で見続けてきた彼が、本当に欲しかった愛の形はそれだったんだな、と伝わってきて。


山本 櫂はときどき、誰かを励ましたり慰めたりしているようで、自分に言い聞かせるような言葉を口にしますよね。弱い人だからこそ、他者の弱さに気づき、寄り添うことができるのかもしれない。ただ、母親を見捨てられないという点で櫂と暁海は同じだけれど、逡巡しながら自分の弱さを飼いならしていった暁海のように選択を重ねることが櫂にはできなかった。そこが二人の決定的な違いだったのかなあ、と思いますね。


 櫂は高校を卒業してわりとすぐに漫画家として成功するけれど、尚人という作画者をパートナーに得て、自分は原作者として二人一組で頑張りますよね。その後、とある問題が起きて仕事がつまずいてから、彼の人生はまた大きく変わり始めるわけですが、一人で立つことを覚えていった暁海に対し、櫂は関係性のしがらみからプライベートでも仕事でも抜け出すことができなかった、というのも対比的だなと思いました。どこかのタイミングで、一度、〝ひとり〟になることを選べていたら、また違う結果が待っていたかもしれないなあ、って。


けんご それでいうと、単純に、暁海は人付き合いがそれほど上手なタイプじゃないけれど、櫂は人を惹きつけずにいられない魅力が生来備わっていたんじゃないかと思うんですよね。だから、自然とまわりに人が集まってきてしまったし、見捨てられない人も増えていってしまった。でもそれは、強さでもあるんじゃないかと思うんです。櫂は尚人を決して見捨てようとしなかったけど、それは尚人以外とは仕事ができないからじゃない。櫂にとっては売れる漫画を描くことよりも、尚人とおもしろい漫画を描くんだという信念のほうが大事だったんです。本来なら守ってくれるはずの親を、むしろ櫂が支えなくてはならない状況でずっと生きてきて、胸にぽっかり空いた穴を埋めてくれたのは、暁海だけでなく、尚人という相棒でもあった。自分の守るべきものをちゃんとわかっていた櫂はかっこいいし、強い人だなと僕は思いますね。……後半で、暁海の気を惹くために送ったメッセージは死ぬほどダサいと思ったけど(笑)。

自分の孤独の始末は自分でつけなくちゃいけない



大木 ああ、あれ……(笑)。


けんご それまで、全然返信をしてこなかった暁海が、そのメッセージにだけめちゃくちゃ淡白に返信してきたのも、正直、いたたまれなかったです。


 まあ、あの状況では、暁海が自分から連絡することは絶対にありませんよね。私が同じ立場でも、しない。


大木 意地でもしませんよね。ああいう、本筋とは直接関係のないディテールにぞわぞわするところが、けっこうありました。ある日、暁海の母親が父親の愛人そっくりの格好をしていたシーンとか。めちゃくちゃ怖いけど、そうまでして夫を取り戻そうとした彼女の気持ちもわかるんですよね。好きな人が心奪われている相手の真似をしちゃった経験のある女性、けっこういるんじゃないかなあ。


 経験、あります(笑)。


大木 よかった!(笑)


 ただ、暁海の母親がどんどん幸せから遠ざかっていったのは、夫が愛人をつくって出ていったからではなく、夫が経済的に支えてくれる生活に、自分の幸せを委ねきっちゃったから。先ほどの話と重複になりますけど、もうどうにもならない現実を認められず、一人で立つことから逃げ続けた結果。櫂が言うところの自分の城を、彼女は明け渡してしまった。


大木 男も女も関係なく、自分の孤独の始末は自分でつけないといけないんだというメッセージを、私は勝手ながら、この作品から感じました。でも、孤独というのは、いつもひとりぼっちで生きていくということじゃない。櫂と暁海をはじめ、この物語には恋愛に翻弄される人たちがたくさん登場するけれど、ラストでは、恋愛とはまた違う、人と人とが対等に支え合う理想的な姿が描かれる。そのことに私は、とても救われました。『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』のタイトルどおり、私は恋人でも友人でもない男性と一緒に暮らすことで心を再生し、今を頑張る力をもらえたから……。誰かを深く愛することは、生きるための強い原動力になる。でも一方で、恋じゃなくても、自分の存在が誰かを生かす力になることはある。愛のかたちに正解なんてないし、はたからみて間違っていたとしても、自分に必要なものを選べばいいんだということも、教えてもらった気がします。


山本 今作は、櫂と暁海、交互の視点で進むので、今日も男性と女性それぞれの視点で語ることが多かったのですが、男女、のようなわかりやすい対立軸をつくって二極化しないのも、凪良作品の魅力だと思うんですよ。もっと多面的、立体的に物語が描かれ、育っていく。二人の母親も、世間からは毒親と呼ばれてしまうかもしれないし、子どもたちに対する態度は決して褒められたものじゃないんだけれど、愛人の姿を真似することに大木さんが共感したように、彼女たちの人生を思えばすべてを否定しきれない、むしろわかるよと言いたくなってしまう部分もある。暁海の側に立てば櫂を責めたくなるけれど、櫂の側に立てば愛おしくなる。そんなふうに視点を自由自在に動かしながら、読者は他者の立場を想像していくんじゃないでしょうか。思い込みや一方的な正義感をときほぐし、他者を自然と受容していくことが、人と人とが繫がるうえでの理想なのだと、凪良さんの小説を……とりわけ今作を読んでいると感じます。刊行されてどんな反響が生まれるのか、今からとても楽しみですね。

2022年6月28日 講談社にて
この読書会の前編はコチラ

大木亜希子(おおき・あきこ)

2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。ʼ10年、アイドルグループ・SDN48のメンバーとして活動開始。ʼ12年にグループを卒業。著書に『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)、『シナプス』(講談社)などがある。

けんご

小説紹介クリエイター。「TikTok」などのSNSで、小説の読みどころを紹介する動画を次々に投稿。作品の的確な説明と魅力的なアピールに、SNS世代の10~20代から絶大な支持を得ている。2022年4月『ワカレ花』(双葉社)にて小説家デビューを果たす。

橘 もも(たちばな・もも)

『翼をください』で第7回講談社X文庫ティーンズハート大賞に入選し、2000年に同作で小説家デビュー。「忍者だけど、OLやってます」シリーズ(双葉文庫)などを刊行する一方で、立花もも名義ではレビュアーやライターとしても活躍するマルチ作家。

山本 亮(やまもと・りょう)

渋谷のスクランブル交差点にある大盛堂書店に勤務。純文学からミステリまで読みこなす眼力を持ち、気に入った作品の応援フリーペーパー作成や、同書店でのイベントの運営や司会を担当する。推し本には解説や書評を書くこともある、カリスマ名物書店員。

『汝、星のごとく』

凪良ゆう

講談社 

定価:1760円(税込)


風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた凪良ゆうが紡ぐ、ひとつではない愛の物語。本屋大賞受賞作『流浪の月』著者の、心の奥深くに響く最高傑作。

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