『汝、星のごとく』刊行記念対談! 凪良ゆう×町田そのこ(後編)

文字数 4,462文字

凪良ゆうは2020年に『流浪の月』で、町田そのこは2021年に『52ヘルツのクジラたち』でそれぞれ本屋大賞を受賞し、その後も続々と新刊を刊行、文芸界の第一線を走っている。

そんな二人の最新刊『汝、星のごとく』(凪良ゆう著)『宙ごはん』(町田そのこ著)は、どちらも人生を長期的なスパンで描いた作品だ。

この度、そんな本屋大賞作家二人による対談が実現! 響き合う二人の創作論を、前後編の二回にわたって大公開!


本インタビューは、「小説現代」2022年9月号にて掲載されました。

町田さんお写真:藤岡雅樹

プロットは五行? 五万字?



凪良ゆう(以下、凪良) そういえば、町田さんにずっと聞きたかったことがあるんです。以前に町田さんが「プロットは五行ぐらいしか書かない」とおっしゃっていたのですが、町田さんの本を読むと、「そういうことだったのか!」と最後に点と点がすべて繫がるような瞬間が来るんですよ。短いプロットでどうしてそこまで綺麗に繫がるのでしょうか?


町田そのこ(以下、町田) 「そうか、だからこうなっているのか」と自分でもひらめきながら書いています。今回、『宙ごはん』の第五話はひらめきがなくて苦労しましたね。丸々改稿したり、担当編集者さんに何度も読んでもらって意見を聞いたりしました。


凪良 書きながら直していくスタイルなんですね。


町田 『宙ごはん』は自分の中で第五話に大きな変更点があり、そこからさかのぼって不自然な部分を最後まで修正していました。すごーく雑なスタートを切っているんだと思います(笑)。


凪良 いやいや、放置せずに戻って直していますから、まったく雑ではないです。


町田 「ちゃんとプロットを立てよう」と常々思っているんですけどね……。うまくいかない。立てない人もいるとは聞きますが、やはりプロットがあると安心しますよね。凪良さんはいかがですか?


凪良 私はプロットを絶対に担当編集者さんに見せたいです。


──町田さんが五行ぐらいのプロットを出している一方、凪良さんの今回のプロットは何字でしたっけ……。


凪良 ご……五万字です……。


町田 プロットだけでもう短編、中編ができるじゃないですか!?


凪良 不安でしょうがなかったんでしょうね。とにかく最初から緻密に筋道を立てておかないと、迷子になってしまう気がしていて。一方で、少し後悔もあります。初めて物語にするときには、書き手にとってのインパクトも必要だと私は考えていて、今回はいいフレーズをプロットのときに放出してしまった結果、初稿ですでに新鮮味が少し薄れていました。


町田 なるほど、そういうこともあるんですね。見たかったです、五万字のプロット。


凪良 あの五万字があるからこその『汝、星のごとく』なのですが、プロットとそのまま同じことは書かないようにしました。でもラストシーンのある描写は、プロットの時点からほぼ何も変えませんでした。あの情景だけは最初から何も変わっていなくて、私はこれが一番書きたかったんだとそのときにわかりました。


町田 そうですよね。あの場面で、前半にちりばめられていた島の描写がいきなり鮮やかになりますよね。景色が塗り替えられたような驚きと高揚感があります。


凪良 ありがとうございます。自分の中でも、疾走感、高揚感、解放感を一気に出したかったから、そこへ行き着くまでは抑え気味に書きました。少し息苦しいくらいに。


町田 息を殺して泳いでいるみたいな感覚はすごくわかります。逆に、ボルテージが最高潮のところからまた物語を繫げていくとき、ハイになりすぎていないかどうかも気を配りますよね。


凪良 すごくわかります! そのときは「いい感じで書けた」と思っても、次の日読み返すと、夜中に書いたラブレターのような恥ずかしい文章だったりするんですよね。この前も珍しく「原稿の調子がいいです」と担当編集者さんに報告したあとで、翌日その部分を読み返すと、シェイクスピアのような大仰な文章になっていて、笑ってしまいました。


町田 私は勢いのまま担当編集者さんに送っちゃった後で、すぐ差し替えたこともあります(笑)。


凪良 町田さんみたいに抜群に文章が上手い人でも、そういうことがあるんですね。


町田 私も凪良さんの文章を見るたびに「私もこういう文章が書きたい」としみじみ感じていますよ。凪良さんは私と同じ景色を見ても、私が綺麗と思っていないところに美しさを見出すことができるんだな、と感動すらしてしまう。


凪良 裏を返せば、町田さんにしか見えない景色もあるということですね。私は何かのイベントの折に、「町田さんの文章をどう思われますか?」と聞かれたことがあるんですよ。私は「自分の文章と町田さんの文章はリズムが似ていて、呼吸がしやすいから大好き」と答えた覚えがあります。


町田 本当ですか? 私にとっても凪良さんの文章はすごく自然に吸収されていきます。そのおいしさの秘訣は何だろうといつも不思議です。


凪良 それはそれぞれのヒミツですよね。

恋愛小説のバトン



──今後の小説の構想や目標をお伺いしたいです。


凪良 神様を卒業した女の子の話を書きたいです。少女を神として奉る風習のある地域が世界のどこかにあるのですが、少女たちは初潮がくると神様の座から降りなければならないそうです。


町田 ああー! とても読みたいです。もう少し続きを聞かせてください。


凪良 神を卒業した少女たちは、さまざまなところを回りつつ人間として生き直していきますが、かなり残酷なことを平気で行ってしまうなど、元神様なので人間と感覚が全く違います。そうした人間との違いを経験しながら、自分も「人間」になっていく女の子の話を書きたいですね。


──町田さんの今後の目標や書きたい小説はいかがでしょうか。


町田 王道の恋愛小説を書きたくて、今も練習として短編で書かせていただいていますが、毎回いつの間にか愛憎入り混じるドロドロした展開になってしまいます。


凪良 どちらかというと甘酸っぱさをメインに書きたいんですね。


町田 そうです。『汝、星のごとく』の冒頭のような、高校生の付き合い始めのころの空気を感じる青春ものを書きたいのですが、私が書くと妙に生々しくなってしまいます。


凪良 でも、恋愛でときめきがあるのは最初だけじゃないですか?


町田 それも事実なのですが、最初の胸キュンすら書けないんですよ。スタートラインにも立てない。


凪良 私はキュンキュンするものよりもドロッとした恋愛ものの方が読みたいな。


町田 凪良さんがそう言うなら、そちらも頑張ります!(笑)


凪良 今って、恋愛小説を書くと一段低く捉えられてしまうような風潮がありませんか? 小説は社会性のあるものの方が価値が高かったり、難しい事件を書いたら高尚だったりするものではないと思います。人間にとって恋愛は、人と人の心が濃く交わるもので、それを書くのもやはり小説のフィールドです。恋愛小説が低く見られる空気は私と町田さんで壊していきましょう。


町田 ぜひ。凪良さんと同じく、恋愛は大勢の人が経験することではあるのに、高尚ではないと捉えられている気がして、モヤモヤしています。今、若い方の読書離れが進んでいますが、恋愛小説が減ったことも一因なのではないかと考えています。恋愛から得られるときめきとか楽しさとか、日常を彩るものの物語があまりに少ないのではないか、と。


凪良 とても心強いです! 多様性が謳われる時代だからこそ、普通の男女の恋愛を書くと、それだけで古臭く見られてしまうのも違和感があります。恋愛を書くときはマイノリティの人達の恋愛を描くのが最先端、といった空気もありますよね。


町田 わざわざハードルを設けないと物語にしてはいけないのも息苦しいですよね。普通に恋している人たちの、普通の日常も求められているのではないでしょうか。


凪良 昨年亡くなられた山本文緒さんの『自転しながら公転する』がヒットしましたが、あのお話が評価されたことは一人の作家として、一人の女性としてとても嬉しかったです。山本さんと対談したときに「恋愛小説のバトンは凪良さんに渡すね」とおっしゃってくださいました。当時は……まさかその後に亡くなられるとは思っていなかったので、「そのバトン重すぎますよ」と笑ってお返ししてしまったのですが、今は微力ながらそのバトンを繫いでいくことができればいいな、と思っています。今回の『汝、星のごとく』も山本さんからのバトンを少しでも次に繫げる物語にしたつもりです。


町田 『自転しながら公転する』のように、主人公の姿を自分と重ねられたり、自分の在りようを応援されている気持ちになったりする物語こそが日々を彩るものだと思います。私でも繫げられるものがあれば、糸一本なりとも繫いでいきたい。そして、憧れていた先輩方から引き継いだバトンを、また次の世代へ繫いでいきたいです。

(2020年6月30日 オンラインにて)
この対談の前編はコチラ

町田そのこ (まちだ・そのこ)

福岡県在住。2016年「カメルーンの青い魚」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。選考委員の三浦しをん氏、辻村深月氏から絶賛を受ける。翌年、同作を含むデビュー作『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)を刊行。2021年『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)で本屋大賞を受賞。他の著書に、『ぎょらん』『うつくしが丘の不幸の家』『コンビニ兄弟 ―テンダネス門司港こがね村店―』『星を掬う』などがある。

『宙ごはん』

町田そのこ

小学館 

定価:1760円(税込)


宙には、二人の母がいた。小学校に上がるとき夫の海外赴任に同行する『ママ』・風海のもとを離れ、待っていたのは、宙の世話もせず恋人とのデートに明け暮れる『お母さん』・花野との生活だった。ある日不満が爆発して家を飛び出した宙に、花野を慕う料理人・佐伯が見かねてパンケーキをふるまい、その日から、宙は伝授されたレシピを書きとめ続けた。どこまでも温かい希望の物語。

凪良ゆう (なぎら・ゆう)

京都府在住。2006年にBL作品にてデビューし、代表作「美しい彼」シリーズ(徳間書店)など作品多数。2017年非BL作品である『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)を刊行し高い支持を得る。2019年に『流浪の月』(東京創元社)を刊行し、翌年、同作で本屋大賞を受賞した。さらに、2021年『滅びの前のシャングリラ』(中央公論新社)で2年連続本屋大賞ノミネート。他の著書に、『すみれ荘ファミリア』『わたしの美しい庭』などがある。

『汝、星のごとく』

凪良ゆう

講談社 

定価:1760円(税込)


風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島の学校に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた著者が紡ぐ、ひとつではない愛の物語。心の奥深くに響く最高傑作。

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