みんなはどう読んだ? 凪良ゆう最新作『汝、星のごとく』読書会(前編)

文字数 5,765文字

某日、護国寺のK談社で開催されたという読書会。集まったのは、作家、ライター、書店員、元アイドル、インフルエンサー、書評家と、様々な顔を持つ四人の男女だ。

語られたのは、凪良ゆうさんの最高傑作との呼び声高い『汝、星のごとく』について。

男性と女性の交互の視点で十五年にわたる恋愛と人生を描いた本作を、彼らはどう読んだのか、注目の内容を前後編の二回でお届けします!


構成:立花もも

この読書会は、「小説現代」2022年9月号にて掲載されました。

左から、けんごさん、橘 ももさん、大木亜希子さん、山本 亮さん。

凪良ゆう作品との出会い



山本 亮(以下、山本) 僕が最初に出会った凪良さんの作品は『流浪の月』。お名前は存じ上げていたんですが、プルーフ(発売前に配られる販促用見本)を読んだ書店員たちの評判が非常に高かったので、僕も読ませていただいたんです。そうしたら、あまりの素晴らしさに、なぜこれまで凪良さんを知らずにきたのかと、自分が恥ずかしくなりました。


橘 もも(以下、橘) 私も『神さまのビオトープ』を読んだとき、同じ気持ちになりました。『わたしの美しい庭』が刊行された際に、ライターとして凪良さんに取材する機会があり、『流浪の月』とあわせて三冊、刊行順に読んだんですけど、読み終えたときにはもう、凪良さんの魅力から抜け出せなくなっていた。


大木亜希子(以下、大木) 『流浪の月』は溶けかかったアイスクリームの写真を使った表紙が印象的で、同世代の女性たちが書影と一緒に感想をTwitterに呟いているのを見て、読んでみたんです。女児誘拐事件から物語が始まり、「犯人は小児性愛者なのか」という難しいテーマへと展開していきますが、最終的には更紗と文が長い時間をかけて紡いでいく関係性に多くの人が共感してしまう稀有な作品だと思いました。


けんご 僕も最初に読んだのは『流浪の月』ですが、実をいうと、登場人物の言動にはほとんど共感ができなかったんです。それなのになぜか惹きつけられてしまう、それが凪良さんの作品すべてに対する印象です。最新作の『汝、星のごとく』も、そう。僕が同じ立場だったら絶対にそんなことはしないのに、という人ばかり登場するのに、なぜか全員に肩入れしながら読んでしまうのが不思議でした。


大木 それもちょっとわかる気がします。凪良さんの小説に出てくる人たちはみんな、とほうもない傷を背負いながら生きているけれど、もがき葛藤し続けるなかで、魂の純度を磨きあげていくじゃないですか。その過程で備わっていく、その人はその人でしかありえないという唯一無二性に触れると、簡単に共感できるとは言えなくなる。でもふとした瞬間に「わかる~!」って言いたくなっちゃうんですよね(笑)。


けんご その一瞬の共鳴が、読む人を救うのだろう、と伝わってくるから、いつも読みながら圧倒されてしまいます。

砂時計の砂を落としきらずわずかに残したまま物語を締めくくる



山本 『流浪の月』を読んだとき、わりと読者を限定するタイプの作品だなと思ったんですよ。物語の扉が半開きになっていて、凪良さんが内側から読者の様子をうかがいつつ、そっと招き入れてくれるようなイメージだったので、誰でもするっと入り込めるものではないんじゃないかな、と。続いて刊行された『わたしの美しい庭』は、全開になった扉の向こう側で登場人物が賑やかに物語を紡いでいたので、万人におすすめできる作品だなと思ったのですが、蓋を開けてみれば読者の心をつかんで広く支持されたのは『流浪の月』だった。その理由が、『汝、星のごとく』を読んで、ちょっとわかった気がしました。凪良さんって、砂時計の砂を落としきらず、わずかに残したまま物語を締めくくるんですよ。そのざらりとした砂の感触が強く残った作品ほど、読者にとって特別なものになるのかもしれない、と。


 物語をただのフィクションとして完結させようとしないところが、凪良さんの小説の好きなところ。もちろん起承転結はあるし、起きる事件の一つひとつは解決する。でもそれはあくまで人生の通過点にすぎなくて、主人公やそのまわりの人たちが負った傷は一生消えることがないし、傷を抱えたまま生きていくんだろう、という人生の先が読み終えたあとに見えるんです。誰がなんと言おうと自分の大事なものは大事にしていいし、普通じゃなくたって生きていけるよ、というメッセージを提示する作品は他にもたくさんあるけれど、他の人とは違う生き方を貫こうとするなら相応の痛みを背負う覚悟が必要だし、その闘いはきっと死ぬまで終わらないだろうという現実も一緒に書いてくれる作品はそう多くないんじゃないかと思います。そこに、私は読んでいて救われます。それでも、大丈夫。傷つきながらでも私たちは生きていけるよ、と寄り添ってくれているような気がして。


山本 たぶん、わかりやすく解決してしまったほうが、読者もカタルシスを得られてスッキリするし、凪良さん自身も楽であるはずなのに、絶対にそうしないところに、凪良さんの覚悟を感じますね。登場人物たちのその後の人生はもちろんのこと、読み終えた人の心に残る感情もすべて引き受けるのだという覚悟。


大木 私、『汝、星のごとく』を読み終えてから今日までの一週間、心が血だらけになったような読後感を引きずり続けているんです。自分が見ないふりをしていたことを突きつけられて、感情の扉をこじあけられて、どうしていいかわからない。でもそれは苦しくていやな気持ちなのかというとそうではなくて、自分が何に傷ついているのか向き合う作業はきっと私にとって必要なことなのだろうと感じますし、この余韻にもう少し長く浸っていたい。自分も小説を書く身としては、簡単に思いを成仏させるのではなく、山本さんがいうところの、砂を落としきらない書き方を学びたいと思いました。

理不尽を我慢し続ける暁海は弱い? それとも強い?



けんご 『汝、星のごとく』は、瀬戸内の島で高校生の櫂と暁海が出会ったところから本編が始まり、季節がめぐって、二十代、三十代になった二人の関係性が描かれていきます。あらすじだけ言えばオーソドックスな恋愛小説なのかもしれませんが、社会的なテーマもさまざまに描かれていますよね。とくに僕は、社会における男性の優位性について描かれている部分が気になりました。高校を卒業して就職した暁海の会社には、生理休暇をとるためには毎月生理期間を申告しなくてはならないというルールがある。でもそれだと不順の子が適応できない等さまざまな問題があるのですが、会社にどれだけ異議を申し立てても何も変わらなかったのに、恋人である櫂が漫画家として有名になったとたん〝漫画でそういうこと描かれたら大変〟と状況はあっさり改善された。


山本 仕事の内容は変わらないのに、男性の肩書は「営業」、女性は「営業アシスタント」。暁海が新規契約を獲得しても何も変わらないのに、同期の男性の給料はあがっている、という描写もありましたね。


けんご 今時男女でそんな差別されることってある? と最初は思ってしまったけど、たぶんあるんですよね。男性の、とくに東京に住んでいる僕のような男性の見えないところでそうした不均衡はきっとたくさん起きている。そのことが、暁海の我慢とともに描かれているのが、読んでいて苦しかったです。暁海は、とても繊細で我慢強い女性ですよね。父親は愛人をつくって家を出て行ってしまい、そんな父親を待ち続ける母親に束縛されて、自分の将来も制限されてしまった。地元で就職したらしたで、理不尽な目にもたくさんあって、東京に暮らす櫂との関係がすれ違いはじめても、ほとんど泣き言を言わない。だからこそ櫂が浮気した場面を読んだときはかなり腹が立ちました。一方で、あまりに暁海が一人で抱え込んでしまうので、櫂はそこまで考えてないから、と代わりに説明したくなるという複雑な気持ちにもなりました。


大木 おもしろいですね。私から見ると暁海って、実は作中でいちばん気が強いんじゃないかなと思うくらい、タフな女性なんですよ。確かに理不尽な我慢を強いられることは多いし、そのつど傷つけられてもいる。何があっても「だってお母さんが」と自分の選択をあとまわしにする姿は、最初、読んでいてもどかしくもあったんですが、だんだん、目の前にある現実を最後まで捨てず、立ち向かい続けるって、かなりの心の強さがないとできないんじゃないかな? って思うようになりました。私だったらたぶん、早々にお母さんを置いて島を出て、櫂と暮らしている。でも暁海は、最後まで現実から逃げずに闘い続けた。その一歩一歩を着実に積み重ねたからこそ、最後に、立ち上がる力をつけることができたんじゃないかな、と。その姿には、女性性で社会の理不尽をぶん殴るような痛快さがあって、私はとても好きでした。

恋人の存在が唯一の自慢になってしまう怖さ



 お母さんを置いて島を出なかったのは、結婚を逃げ道にしないことが物語のわりと大きなカギだったから、でもあるんじゃないでしょうか。私、今作を読んでいて、大木さんの私小説『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』と通じるところがあるなと思ったんですよ。


大木 わ、うれしい!


 アイドルを辞めたあと、大木さんが婚活に〝逃げた〟時期のことが描かれていましたが、女性が人生に行き詰まったとき、状況をリセットするために結婚しようとするのはそんなに珍しいことじゃない。一生養われるつもりがなくても、誰かの妻になることでいったんの安心感を得ようとすることって、あると思うんです。いいか悪いかは別として。暁海も〈『すごい青埜くん(櫂)とつきあっている』ことが今のわたしの自慢できることのすべてになっている〉と気づいて愕然とする場面がありますよね。そんな自分を恥じながら、心のどこかで、櫂が島から連れ出してくれる日を夢見てもいる。あの描写はけっこう、刺さりました。というのも、書き手としての仕事が少なかった二十代の頃までは「稼ぎのいい旦那さんを見つけて、主婦をしながら書く時間を見つければいいじゃない」と言われることが何度かあって。


大木 わかります。私も、似たようなこと、めちゃくちゃ言われました……!


 言われますよねえ。若い頃は「そういうもんか。それもありか」と思ったこともありましたが、「……いや、おかしくない? 私が男性でも同じこと言う?」と我に返りました。だから、「どうせ最終的には櫂くんと結婚するんでしょ」と言われ、自立性も個性もなくてかまわないと軽んじられている暁海が、結婚という逃げ道に吸い寄せられそうになる姿には、自分の弱さを突きつけられた気がしたし、そうなるまいと踏ん張り続ける姿には、希望のようなものを感じました。


大木 もうこのまま橘さんと飲みに行きたいくらい頷いてしまう……! 私、二年ほど前、とある作家さんに「君は『売れたい』という上昇志向が強すぎる。社会的に地位のある人と結婚してトロフィーワイフになってから自分のペースで仕事した方がいい」と言われたんですよ。


山本 それは最悪ですね……。


大木 そのときは怒るわけでもその方を嫌いになるわけでもなく、びっくりしすぎて呆れたというか、「なるほどー」と納得しちゃったんですよ。で、だったらいっちょトロフィーワイフ的なものになってやろうかと婚活してみたんですが、性に合わなくてすぐやめました(笑)。もちろん結婚するのは悪いことじゃないし、むしろとても素敵なことだけど、「女の子なんだからそれでいいじゃん」というのは違うかな、と思いますね。


 櫂が、男にふりまわされては泣いてばかりの母親を見て〈誰かに幸せにしてもらおうなんて思うから駄目になる。自分で勝手に幸せになれ〉と思う場面がありました。どうにもならない状況から脱出するため、一時的に逃げることが必要なときもあるとは思うんですが、自分で立とうとする意志をもたないまま誰かの力に乗っかろうとするな、ということが今作では繰り返し描かれていたような気がします。

2022年6月28日 講談社にて
気になる後編は、10月21日17:00に公開いたします!

https://tree-novel.com/works/episode/71b4912fb40c83659e55e06a01fee26c.html

大木亜希子(おおき・あきこ)

2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。ʼ10年、アイドルグループ・SDN48のメンバーとして活動開始。ʼ12年にグループを卒業。著書に『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)、『シナプス』(講談社)などがある。

けんご

小説紹介クリエイター。「TikTok」などのSNSで、小説の読みどころを紹介する動画を次々に投稿。作品の的確な説明と魅力的なアピールに、SNS世代の10~20代から絶大な支持を得ている。2022年4月『ワカレ花』(双葉社)にて小説家デビューを果たす。

橘 もも(たちばな・もも)

『翼をください』で第7回講談社X文庫ティーンズハート大賞に入選し、2000年に同作で小説家デビュー。「忍者だけど、OLやってます」シリーズ(双葉文庫)などを刊行する一方で、立花もも名義ではレビュアーやライターとしても活躍するマルチ作家。

山本 亮(やまもと・りょう)

渋谷のスクランブル交差点にある大盛堂書店に勤務。純文学からミステリまで読みこなす眼力を持ち、気に入った作品の応援フリーペーパー作成や、同書店でのイベントの運営や司会を担当する。推し本には解説や書評を書くこともある、カリスマ名物書店員。

『汝、星のごとく』

凪良ゆう

講談社 

定価:1760円(税込)


風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた凪良ゆうが紡ぐ、ひとつではない愛の物語。本屋大賞受賞作『流浪の月』著者の、心の奥深くに響く最高傑作。

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