凪良ゆう『汝、星のごとく』ロングインタビュー(後編)

文字数 3,634文字

誘拐事件の「被害者」と「加害者」が15年後に再会し特別な絆を結ぶ『流浪の月』(2020年本屋大賞受賞作)、ボーイズラブ小説の新たなる金字塔『美しい彼』など作風の振り幅の大きさで知られる凪良ゆうが、クラシックとも言える題材に挑んだ最新作『汝、星のごとく』

村上春樹『ノルウェイの森』江國香織辻仁成『冷静と情熱のあいだ』など、時代を象徴し時代を変えてきた恋愛小説と肩を並べる傑作だ。

その刊行を記念して、2年がかりとなった本作の執筆経緯と創作秘話をインタビュー! 前後編の2回にわたってお届けします。


聞き手:吉田大助

このインタビューは、「小説現代」2022年9月号に掲載されました。

「正しくないけど不快ではない」では、なぜ不快ではないのか?



──本作には櫂と暁海以外の恋愛模様も数組、描かれています。そちらはどれも、やや「普通」じゃない。不倫の関係もありますし、ある男女の組み合わせに至っては、世間の目が厳しくなり今やフィクションでもなかなか描けなくなってしまったものです。いないものとされている人々や存在しないものとされている感情を、「いる」「ある」と記す筆致は、スローガン的なポップさとは異なったやり方で多様性を表現してきた凪良さんらしいなと感じました。


 芸能人が、不倫が露見したら芸能生命が終わっちゃうぐらい叩かれる世の中で、不倫を否定しない書き方をすることは反感も買うだろうなと、書きながら怖い部分もありました。ご指摘いただいた、今の世の中ではいないことにされているカップルもそう。でも、世の中的に正しいことだけを書こうとはまったく思っていませんでした。この小説の主要人物はみんな、自分勝手なんですよ。最終的にはみんな自分のやりたいように生きているから、彼らの言動は世の中的な意味では、正しくはない。ただ、小説の中では何回も「普通って何?」とか、「正しいって何? 誰が正しさを決めるの?」ってクエスチョンをいっぱい出して、櫂や暁海に考えさせているんですよね。それまでの自分が築き上げてきた価値観であるとか、自分はこうだと信じている正しさも、他人と関わっていくことで簡単に揺れる。その揺れが一番大きいのが、恋愛関係なんじゃないかと思うんです。書きながら気を付けたのは、登場人物たちは正しくないことをみんなするんだけれども、「正しくないけど不快ではない」というところに落とし込むことでした。なぜ不快ではないのか、そこで何か感じてもらえるところがあったらいいなと思います。


──若者たちが恋愛をしない時代と言われるようになって久しいですし、恋愛は別にしなくていいし他の関係性で代替すればいいという声が、現実でもフィクションの中でも大きくなっています。それによって、恋愛という選択肢の存在が薄まり過ぎているのではないかと思うんです。『汝、星のごとく』は恋愛には恋愛なりの意義があると伝え、選択肢を増やしてくれる。ただ、「恋愛はいいものだ!」と声高に叫ぶ内容ではさらさらないんですが(笑)。


 そうですね(笑)。今は恋愛小説って、文学的に一段低いものという感じもあるじゃないですか。それは違うなという思いもあるんです。恋愛って人間の一番濃い感情が出るところだから、十分に小説のフィールドだと思うし、恋愛をしている人の心の中って絶えず事件が起こっていて不可解だから、ミステリーだしサスペンスで、エンターテインメントでもある。私は人と人は分かり合えないと思っているんですが、だからこそ「分かり合いたい」という感情は尊くて、それは恋愛という場において強く起こるものなんですよね。


まっすぐな恋愛小説だけど描いたのは恋愛だけじゃない



──数え方にもよるんですが、本作にはクライマックスが三つあるような気がしています。そのうちの一つが後半部のある人物の「決断」で、その先にも、驚きと納得の光景が現れるんです。その光景とも関わるんですが、実は本作の読了直後に最初に抱いた感想は「これは恋愛小説なのか?」でした。個人的に恋愛小説とは「恋愛とは何か、が主題となっている小説」だと思っているんですが、本作は恋愛を通じて見えてくる「人生とは何か?」についての小説だと感じたんです。


 恋愛以外のこともいろいろと書いていますからね。ただ、恋愛をする時って、人生のことも考えるじゃないですか。仕事とのバランスはどうするだとか、もしも結婚するとなったら相手の家族との関係はどうなるだろうとか。恋愛を書きつつ、人生のこともどうしたって書かなければいけない。恋愛小説ってそもそもそういうものなのかもしれません。例えば、島本理生さんの『2020年の恋人たち』や山本文緒さんの『自転しながら公転する』も、恋愛小説という体裁を取っていながら、女性の人生がとても濃く書かれていましたよね。それと同時に思うのは、この作品は今まで書いた中で、私の人生が一番注ぎ込まれている物語だなということなんです。母親、家族との関係もそうだし、櫂が物語を書くうえでの葛藤や、手に職が欲しいという暁海の気持ちもそう。いろんな登場人物の中に、自分を注ぎ込んだ気がしています。


──特に終盤は、これまでの凪良作品との共鳴も感じました。


 初めて男女の恋愛小説に挑戦するし、今度こそ違うところに辿り着くのかなと思ったんですけど、登場人物たちが「自分は自分の人生を生きていく」という結論を得るところはこれまでと同じでしたね。全部違う物語なのに、特に意識はしてないのに、何を書いても結局そこに行き着くんです。不安がよぎって、そのことを『汝、星のごとく』の担当さんに話したら、「それは作家性です」とおっしゃってくださって、そうか、これは私の芯にあるものなんだなと肯定できるようになりました。


──凪良さんの芯にある部分が、読者の人生にとっても大事なものだからこそ、凪良さんの本は何度も何作も読まれるんでしょうね。


 この小説は恋愛が軸ですが、恋愛以外の人生のこともいろいろと書いているからこそ、読者さんもどこか一ヵ所は自分を重ねてもらえる部分があるんじゃないかなと思うんです。この本を読んでどこに共感したとか、どこが痛かったとかいう部分って、自分の中の価値基準に触れるところでもあると思うので、自分を探る手がかりみたいに読んでもらえたらありがたいですね。何にも響かなかったならそれはそれで、「自分はハガネの心だったな」と思っていただければと(笑)。


──さきほど、山本文緒さんの名前が挙がりました。凪良さんが「神」とリスペクトする山本さんは昨年一〇月に逝去されましたが、昨年の春、山本さんと初対面して対談されましたよね。ライターとして同席させてもらったんですが、山本さんから最後に出たお話を覚えていますか?


 覚えています、もちろん。最後に冗談で、「恋愛小説のバトン、凪良さんに託しますね」と言ってくださった。『汝、星のごとく』は、おこがましいんですけど、書き上がったら絶対にお手元に届けよう、読んでいただきたいと思っていたんです。


──託されたバトンを手に、恋愛小説の新しい可能性を切り開かれたと思います。このような優れた小説に触れることで、未来の新しい才能が開花することも間違いないと思います。


 そうだったら本当に嬉しいですね。ストレートな、ちゃんと人の心と心が交わっている恋愛小説が私自身、もっともっと読みたいんです。


──最後に……次回作は恋愛ものですか?


 恋愛ものの引き出しは、今回でひとまず出し切りました。次は恋愛からは離れたものになりそうです。その前に、『汝、星のごとく』のスピンオフを何編か書かせていただく予定です。このインタビューが掲載される翌月号の「小説現代」10月号には掲載できるといいな、と……。ただ、それが恋愛小説と呼ばれるようなものになるかどうかは、書いてみなければ分かりません(笑)。

インタビューの前編はコチラ

『汝、星のごとく』

凪良ゆう

講談社 

定価:1760円(税込)


風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた凪良ゆうが紡ぐ、ひとつではない愛の物語。本屋大賞受賞作『流浪の月』著者の、心の奥深くに響く最高傑作。

凪良ゆう (なぎら・ゆう)

京都府在住。2006年にBL作品にてデビューし、代表作「美しい彼」シリーズ(徳間書店)など作品多数。2017年非BL作品である『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)を刊行し高い支持を得る。2019年に『流浪の月』(東京創元社)を刊行し、翌年、同作で本屋大賞を受賞した。さらに、2021年『滅びの前のシャングリラ』(中央公論新社)で2年連続本屋大賞ノミネート。他の著書に、『すみれ荘ファミリア』『わたしの美しい庭』などがある。

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