晴れ、時々くらげを呼ぶ/鯨井あめ
文字数 1,399文字
丁寧に描きつづけた男がいた。
何百枚、何千枚とPOPに”想い”を込め続けるうちに、
いつしか人々は彼を「POP王」と呼ぶようになった……。
……と、いうことで、”POP王”として知られる
敏腕書店員・アルパカ氏が、
お手製POPとともにイチオシ書籍をご紹介するコーナーです!
(※POPとは、書店でよく見られる小さな宣伝の掌サイズのチラシ)
奇跡が起きたってそれは作品の中だけのこと。現実の世界は一向に変わらない。
物語がなくても人は生きていられる。
けれども人は物語を読む。自分とはまったく違う境遇の登場人物たちに共感し、あたかもずっと小説の中で時を過ごしたかのように記憶を刻み、血肉を得たような感覚を味わう。
独特の空気感、清涼感、浮遊感で読者を物語世界に誘い、決して離すことはないのだ。
喪失の哀しみ、絶望と諦めに支配されながらも反発心を持って行動することによって呪縛からの解放が味わえる。
無力な自分にだけ与えられた圧倒的な自由を。
この物語からそうした強さだけでなく底知れぬ優しさや暖かさも伝わってきた。
深遠なる人間性をも湛えているのも魅力だ。
生きること。生き続けること。生き抜くこと。世代を超えて受け継がれるべき命のメッセージまで聞こえてきた。
これこそが本物の物語の力なのだろう。
不安や不穏な空気に満ち溢れ、理不尽な犯罪や不可解な事件が蔓延るこの社会。
なぜそうした出来事が起きてしまうのか?
その理由はこの国では圧倒的に物語が、文学が読まれていないからなのだと。
物語に親しむほど想像力が育まれる。文学に馴染むほど人の痛みを知ることができる。
なぜ人が傷つき苦しむのか。何をしてはいけないのか。何をすればよいか。
そこに本があれば雄弁に語ってくれるのだ。繰り返し繰り返し僕らが理解できるその日まで。
だけど僕には本がある。僕に足りないものを補ってくれる本がある。一緒に喜怒哀楽の感情を分かちあえる本がある。僕の想像力を無限に広げてくれる本がある。
いま目の前にある『晴れ、時々くらげを呼ぶ』は僕にとって最良の本だ。
この本をずっと待っていたのかもしれない。
読みながら想像力が無限に広がった。透明な空気感を全身に浴びて大空を旅することができた。孤独の寂しさを癒すことが出来た。大切な人を思いやる優しさを知った。
そして本のことがもっともっと好きになった。
この武器を僕はこれから何度も何度も磨き続けるだろう。そして誰かに伝え続けるだろう。
「今の日本には物語が足りない。」と僕に教えてくれた人の記憶とともに。
その冒頭を漫画で紹介した記事はこちら!