【書評】「時をかける裁判所書記官」佳多山大地

文字数 1,575文字

<STORY>

裁判所書記官として働く宇久井傑(うぐいすぐる)。ある日、法廷で意識を失って目覚めると、そこは五年前――父親が有罪判決を受けた裁判のさなかだった。冤罪の可能性に気がついた傑は、タイムリープを繰り返しながら真相を探り始める。しかし、過去に影響を及ぼした分だけ、五年後の「今」が変容。親友を失い、さらに最悪の事態が傑を襲う。未来を懸けたタイムリープの果てに、傑が導く真実とは。リーガルミステリーの新星、圧巻の最高到達点!

 校了前見本(プルーフ)の裏表紙に記されてある、現役弁護士作家・五十嵐律人のプロフィール。その1行目に、ふと目がとまる。


 1990年岩手県生まれ。東北大学法学部卒業。


 んんっ、この生年で東北大の法学部? どこかで見て、書いたことさえある気がしたのは、じつに“正解”。出身県こそ違えど、『人間の顔は食べづらい』で2014年にデビューした鬼畜系特殊設定パズラーの雄、白井智之と一緒じゃないか……! 『シークレット 綾辻行人ミステリ対談集in京都』で同席して以来面識のある白井氏にさっそくメールしたところ、“交友はなかったものの、同学年で在籍していたのは確か”だと。――ああ、なんの拍子にか、僕が13年前(2009年)の春4月にタイムスリップしたなら、この才能ある二人を東北大のキャンパスで早速出合わせてみるのにな。



 メフィスト賞出身の新鋭、五十嵐律人の新作長篇『幻告』は、プルーフに躍っていた売り文句を見るかぎり、タイムスリップの要素が大胆に導入されたリーガルミステリーであることまでは明らかにしていいみたい。

 主人公は、まだ青年と呼ぶべき年齢の裁判所書記官、宇久井傑。いずれ“タイムスリップの鍵”だとわかる人物の窃盗罪を問う裁判の直後、宇久井青年の〈意識〉は5年前の春4月――大学4年に上がって間もない自分の体を一時乗っ取る格好になるのだ。

 タイムスリップした先の春の日は、このあいだまで面識もなかった生物学上の父親、染谷隆久(そめやたかひさ)が、義理の娘に対する強制わいせつの罪で裁かれる第1回公判の期日だった。当時は父親の犯行をまったく疑わない一法学生だったが、やがて事件記録を見直すうち冤罪の可能性があることに気づいて……。

 裁判所に勤務する主人公は、タイムスリップを繰り返しながら父親の無実が認められるよう行動する。こうした展開は、まずまずこの手のタイムスリップ物の“定石”だろう。だがその定石も中盤、まこと頼りがいのある人物が、裁判所近くの公園のベンチで相棒として名乗りを上げてくれる“鬼手”は格別だ。――まあでも、この思いがけない相棒の出現で時を往還する法廷劇はさらに込み入ったハナシになるのだけれど、われら読者も頭を使って主人公たちの働きかけを追いかけていけば、心震えるカタルシスは約束されていると言っておきたい。


 それにしても、なぜタイムスリップなどという現象が起こるのか? 主人公の宇久井青年は過去に戻ることで、せいいっぱい最良と信じる道を選ぶことができた。だが『幻告』は、それでめでたしめでたし、で終わっていい物語ではない。本書を読み終えた読者は、実際にはタイムスリップだなんてご都合主義な現象が誰の身にも起こらないことに思いを致すはずである。そう、法廷における判決の確定とは、決して後戻りできない現実であることもまた弁護士作家は訴えているようだ。

佳多山大地 

1972年生まれ。大阪府出身。1994年に「明智小五郎の黄昏」で第1回創元推理評論賞佳作入選。その後ミステリ評論家として第一線で活躍を続ける。著書に『謎解き名作ミステリ講座』『新本格ミステリの話をしよう』『トラベル・ミステリー聖地巡礼』『新本格ミステリを識るための100冊』、共著に『探偵小説美味礼賛1999』『ミステリ評論革命』などがある。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色