【書評】「法廷ミステリを刷新する作家、五十嵐律人」若林踏

文字数 1,358文字

<STORY>

裁判所書記官として働く宇久井傑(うぐいすぐる)。ある日、法廷で意識を失って目覚めると、そこは五年前――父親が有罪判決を受けた裁判のさなかだった。冤罪の可能性に気がついた傑は、タイムリープを繰り返しながら真相を探り始める。しかし、過去に影響を及ぼした分だけ、五年後の「今」が変容。親友を失い、さらに最悪の事態が傑を襲う。未来を懸けたタイムリープの果てに、傑が導く真実とは。リーガルミステリーの新星、圧巻の最高到達点!

近年、国内ミステリで流行している“特殊設定ミステリ”は、非現実的な要素を使って謎解きパズルの遊戯性を高める目的で書かれることが多い。五十嵐律人の最新作『幻告』も“特殊設定ミステリ”に属する作品だが、本作は法廷小説の可能性を広げるために特殊な設定が盛り込まれている。


その設定とは、SF小説ではお馴染みのタイムスリップだ。語り手の宇久井傑は地方裁判所の書記官を務めている青年だが、ある刑事事件の裁判が終わった直後、法廷内で奇妙な感覚に囚われたまま意識を失ってしまう。気が付くと傑は五年前の大学生の姿に戻っていた。どうやら彼は現在と過去の時間を行き来できるようになったらしい。


物語の鍵を握るのは、五年前に行われた傑の父親である染谷隆久の裁判である。隆久は傑が幼い頃に傑の母親と別れ、娘を持つ別の相手と結婚していた。だが隆久は、その義理の娘に対して強制わいせつ行為を働いた罪で逮捕され、裁判で有罪判決を受けて刑務所に収監されたのだ。傑にとっては封印したい記憶なのだが、五年前にタイムスリップができるようになったことで苦い過去と向き合うことになる。


西澤保彦『七回死んだ男』(講談社文庫)をはじめ、これまでも時間SFの要素を取り入れたミステリは数多く書かれているが、本作はその題材を法廷劇に結びつけた点に独創性がある。過去に戻って起こした行動が未来にどのような影響を及ぼすのか、というのがタイムスリップミステリの肝だが、『幻告』ではそれが裁判の結果というほぼ不可逆なものによって突き付けられる。あらゆる人と制度が関わる裁判のメカニズムを念頭に置きながら、傑は未来を変えるためのアクションを取らなければならないのだ。


こうした特殊な設定を用いたミステリは、時に過剰なゲーム性を帯びることもあるのだが、その点に関して本作は非常にバランスよく書かれている。デビュー作『法廷遊戯』(講談社)以来、五十嵐律人はミステリとしての娯楽性に力を入れつつも、法の世界に生きる、あるいは生きようと望む人間たちの苦悩や決断を活写してきた。タイムスリップというSF要素に挑んだ本作でも、その姿勢は全くぶれていない。これこそが、五十嵐律人がリーガルミステリの新星と呼ばれる所以だろう。法廷小説の核を守りつつ、その刷新のためにアイディアを出し惜しみしない姿には、ジャンルを背負って立つ者の覚悟と矜持を感じる。


若林踏

1986年生まれ。ミステリ書評家。「週刊新潮」「ミステリマガジン」「小説現代」など各媒体での書評、文庫解説を中心に活動している。杉江松恋との国内ミステリ書評番組「ミステリちゃん」に毎月出演中。「みんなのつぶやき文学賞」発起人代表。著書に『新世代ミステリ作家探訪』(光文社)がある。

公式ツイッター:@sanaguti 

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