凪良ゆう × 坪田 文 「美しい彼」コンビによるスペシャル対談(後編)
文字数 5,369文字

ジャンルを超えた物語創作論と、お二人が感じる新しい時代の「波」についてたっぷりと語っていただいた内容を、前後編の2回にわたってお届けします!
聞き手・構成:小説現代編集部

──改めてですが、凪良さんは本作『美しい彼』、BLジャンルの小説がドラマになるとお聞きになったときに、どう思われましたか?
凪良 同じBLジャンルでも漫画ならば、最近もドラマやアニメになっていますよね。ですが、小説が原作になることは珍しいのでびっくりしました。かつては、BLというジャンルは大っぴらに楽しむものではない、という風潮がありました。だから少しずつ、時代が変わってきていることを嬉しく感じますね。
坪田 私はBLジャンルの、いわゆる「沼」にはまったことはないのですが、周りにコアなファンはたくさんいました。確かに、昔は気軽に触れるものではない、という空気もあったのかもしれません。ですが、今回脚本を担当して感じたのは、特殊なものとして捉える必要がない、ということなんです。主人公たち二人の持っている感情は本質的に、とてもナチュラルなものですから。
凪良 なるほど……『流浪の月』で本屋大賞を受賞したあとに、インタビューなどで「BLジャンルから飛び出して」と書かれることがありました。私はその表現に違和感があったんですね。私は「飛び出して」もないし、BLをもう書かない、卒業したつもりもまったくありません。なので、自分のSNSでその気持ちをきちんと伝えたのですが……ただ、わざわざそういうことを書かないといけない状況自体に、首をかしげるところはありました。私自身を育ててくれたBLというフィールドに対して感謝がありますから。
坪田 みんな「わかりやすさ」にこだわりすぎなのかもしれません。カテゴライズすることが好き、とも言えますね。これは受け手がそうなのか、エンタメを発信する私たちがそうなのかは、考えねばならないことだと思います。私が今回のドラマで一番困る質問は「今回、BL作品に挑戦されてどうでしたか?」という質問なんです。全然意識しないで書いた、というと噓になるかもしれませんが、かといって、大変なチャレンジでした、というものでもない。成就にハードルがある二人の美しい恋愛を書いた作品、というだけで、それはジャンルを越えた挑戦ではない。
凪良 とてもよく分かります。なぜ、ジャンル論でいつも質問されるのでしょう。坪田さんだったら「今回BLを書かれて」、私だったら「BLを飛び出して」、それを聞かれる違和感が、まさに今回の特集を生んだのかもしれませんね。「特別なこと」ではなく、同一線上にあるものなんです。
坪田 もちろんBLというジャンルだからこそ好むファンもいると思います。でも、そこに送り手がわざわざ壁を作る必要はないはずなんです。
凪良 10年以上BL小説を書いてきた身からすると、ジャンルの内側からしか分からないこともあります。たとえば、このジャンルではハッピーエンドが好まれます。読者の方々がそれを望まれるからこそ、それに作者としても応えてきた。そういう暗黙の了解のようなものは複数あり、結果として物語の展開などにも制約は生まれます。もちろん、そういった制約のなかで書いていくからこそ磨かれる技術もあります。ですが、それは読者の方々にはあまり関係のないことで、もっと自由に楽しんで欲しい。そういった特定ジャンルにおけるファンタジー性が、一般文芸……この表現も好きではないのですが、一般の読者からすると、ジャンル間の壁だと感じてしまう一つの要因なのでしょうか。
坪田 なるほど、今はハッピーエンドが多いんですね。確かに時代とともに常に新しい要請があり、変わっていく。
凪良 「美しい彼」は、確かにハッピーエンドに読めますが、実は「他者とは分かり合えない」というメッセージを込めています。あの二人は愛し合ってはいますが、理解し合えてはいないんです。人と人が分かり合うことは、すごく難しいことですよね。それは一般文芸……あえてこの言い方を……って、こういう言い方をすること自体が本当に嫌です!(笑)
坪田 すごく分かります! 差別も区別もジャンル分けも、必要ないと思うから。普通に、喋りたいですね!
凪良 そうなんです。普通に、喋りたい!
坪田 一般、という言い方が厄介ですね。「一般」って誰なんだ、と思います。今の時代にそんなものは簡単に定義できないはずなのに。
凪良 そうなんです……。みんなそれぞれの個人でしかない。そしてその個人同士は「分かり合えない」。だけど「分かり合える時もある」、その8割絶望、2割希望、そういう物語を私は書き続けているんですね。そういうところでは、「美しい彼」はBLとか、一般とかそういう区分けをされる必要がないと思うんです。新作『汝、星のごとく』にも、講談社から刊行されている『神さまのビオトープ』や『すみれ荘ファミリア』にも、結局そのテーマが流れていますから。
坪田 『美しい彼』続刊の『憎らしい彼』でも、結ばれた二人が少しずつ年を重ねつつ、そのテーマに向き合っているところがいいですよね。人と人は、触れ合うことによってお互いの形が分かることがある。だけど、相手に触れたからといって、すべてを自分のものにできるわけではない。だけど、その一瞬は分かり合えた、と感じる。こんな幸せなことってあるんだな、と思える。人間関係ってきっとそういうものなんですよね。
凪良 少しずつ手探りしていく感覚ですよね。分かりそうで、分からない。

──BLだと、ハードルを越えて二人が結ばれるところが最大の盛り上がりです。ですが、凪良さんの作品は、恋愛の向こう側、ハッピーエンドの向こう側を描かれる作品だと思えます。
凪良 そうですね、結ばれた後にも人生は続くし、そこに成長などがある限り、物語として描くべきことはあるのだと思います。続けて……いければ……(笑)。
坪田 気になるので、続編を読みたいです! 『憎らしい彼』、『悩ましい彼』のあとも、二人がおじいちゃんになっても続いて欲しいくらいです。
凪良 がんばります(笑)。私はそう言っていただけることが嬉しくありつつも、実は自分が書き手のときはその感覚が分からなかったんです。だけど、自分がドラマを見させていただく立場になってはじめて、これをずっと見ていたい……という感覚が分かりました。原作者のくせに、続きはどうなるんだ! って思っています(笑)。内容を知っていながらもドラマを見ながら何度も泣いていますから。
坪田 続きが読みたいです!
凪良 続きが見たいです!(笑)
──お二人の共通点、初対面とは思えない息の合ったところが、このドラマにも表れているようです。
凪良 二人とも、イタコ、巫女タイプですしね。このタイプの書き手は男女関係なく、多いのでしょうか。
坪田 この系統の書き手はこれから増えてくるんじゃないでしょうか。昔は、巫女やイタコは女性、という感覚がありましたが、これからの書き手は、そんなことを意識しないかもしれません。それこそ「壁」も「扉」も関係ないからこそ、もっともっとすごい作品が出てくる可能性がある。小説・脚本に限らず、役者さんや演出さんなども、見ていると面白い時代ですよ!
凪良 これからどんどん新しい創作者が出てくるんですね。
坪田 だから私は、上の世代の話も下の世代の話も聞きつつ、これからも脚本を書いていきたいです。
凪良 油断するとどうしても時代と感覚がズレていきますから、そこは私も同じです。そこも今回の特集の「開かれたとびら」に繫がるのかな。BLだから、一般だから、世代だから、などではなく、ボーダーレスに行き来できるようになって欲しい。そんなことをいちいち説明しなくてもいい時代が、一番いい時代ですね。
坪田 そうですね、これを言ってもいいのかな、書いてもいいのかな、と気にしている段階で、私たちは過渡期、中間層の世代なのだと思います。これからの世代は、そこを考えずにニュートラルに喋れているんですよ。私たちにできることは、そんな新しい世代の挑戦を妨げようと迫る波の防波堤になることなのかな、と。
凪良 素晴らしいですね。そういった面倒くささを私たちが受け止めて、次の時代には持ち越さない。そして、時代が移り変わるなかで、変わっていくもの、変わらないものを意識しながら、書くべきものを書き続けたいです。
──では、最後に、作品としての新しく開かれた「とびら」、凪良さんの新作『汝、星のごとく』についても伺わせてください。
凪良 自作について語るのはとても苦手なのですが……瀬戸内の島で出会った高校生の男女が、出会いと別れ、そして20年近くの時を経て、それぞれ成長していく物語、です。おそらく恋愛小説……なのでしょうが、そこに込めた想いは、やはり「美しい彼」や『流浪の月』と同じものなのかもしれません。結局私は、何を書いても、題材を変えても、最後の最後に、またここにたどり着いてしまったな、と思うんです。それはジャンルなどとは関係のない、私自身の根幹にある思いなのでしょうね。「人は分かり合えない」、それだけ聞くと、とてつもなく絶望的なテーマのように聞こえるかもしれません。だけど、それだけでは終わらなくて、「人は分かり合えない」ことを「分かろうよ」という話なんです、きっと。「分かり合えない」だけで終わると悲劇なのですが、「分かり合えない」ことを「分かって」いたら絶望はしない。そして、一瞬でも「分かり合えたら」そこに一抹の希望や、生きる喜びがあるはず。そんなお話になっていたらいいな、と思います。
坪田 今の言葉を聞いて、ますます読むのが楽しみになりました。「美しい彼」も、今作の『汝、星のごとく』もきっとそうなのだろう、と感じるのですが、私自身、生きること、誰かと触れ合うことは常に苦しみとともにある、と考えるタイプの人間です。だけど、凪良さんが仰ってくださったことは、私にとっての救いになります。今回のドラマの脚本を担当できて幸せだな、と思えたことも、先ほどの言葉に繫がっているのだと、改めて感じました。「分かり合えない」と「分かって」いるからこそ「つかめる光」がある。今の言葉を聞いて、胸がいっぱいになりました。お話しできてとても嬉しかったです。ありがとうございます。
凪良 こちらこそ、そう言っていただけてとても嬉しいです。
──少なくとも、今日の対談でお二人が「分かり合った瞬間」を私たちも一緒に過ごさせていただいたように思います。本日は、長時間ありがとうございました。
2022年3月21日 オンラインにて。
凪良ゆう (なぎら・ゆう)
京都府在住。2006年にBL作品にてデビューし、代表作「美しい彼」シリーズ(徳間書店)など作品多数。2017年非BL作品である『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)を刊行し高い支持を得る。2019年に『流浪の月』(東京創元社)を刊行し、翌年、同作で本屋大賞を受賞した。さらに、2021年『滅びの前のシャングリラ』(中央公論新社)で2年連続本屋大賞ノミネート。他の著書に、『すみれ荘ファミリア』『わたしの美しい庭』などがある。
坪田 文(つぼた・ふみ)
岡山県出身。日本大学芸術学部卒。「金魚妻」「武士スタント逢坂くん!」「カラフルブル」「RISKY」「おじさんはカワイイものがお好き。」「コウノドリ」(以上、実写ドラマ)、「ずっと独身でいるつもり?」「私はいったい、何と闘っているのか」(以上、実写映画)、「ワッチャプリマジ!」「HUGっと! プリキュア」(以上、アニメ)ほか、ドラマ、映画、アニメなど幅広く脚本を執筆している。
TSUTAYAにてDVDレンタル中。

発売元:「美しい彼」製作委員会・MBS
セル販売元:TCエンタテインメント
レンタル販売元:カルチュア・パブリッシャーズ
凪良ゆう
徳間書店 キャラ文庫
定価693円(税込)
緊張すると言葉がつっかえてしまうため、内向的で、高校でも目立たない存在の平良。そんな平良が憧れるクラスメイトの清居は、人目を惹く美貌に誰にも媚びない態度で、クラスの王様として君臨する。徐々に近づく二人の関係から目が離せない! 『憎らしい彼』『悩ましい彼』『interlude 美しい彼番外編集』とシリーズは現在4巻まで刊行されている。
凪良ゆう
講談社
定価:1760円(税込)
風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島の学校に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた著者が紡ぐ、ひとつではない愛の物語。心の奥深くに響く最高傑作。