第12回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作 

文字数 2,735文字

累計100万部超の大人気シリーズ「もぐら」でおなじみの矢月秀作さんがtreeで「SATーlight(警視庁特殊班)」を好評連載中!

SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。

第2章に突入!地下アイドルの闇に迫るSATメンバー!


毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!

《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》


真田一徹  40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。


浅倉圭吾  28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)


八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。


平間秋介  27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。

第2章


     1


 浅倉は一般客を装って、その日のうちに舘山寺にある湖岸荘に予約を入れ、訪れた。

 古びた建屋で、お世辞にもきれいとは言えないが、そのひなびた風情は昭和を想起させ、それはそれで味がある宿だった。

 曇りガラスの引き戸を開けると、少し広めの玄関があった。左手に帳場があり、そこから白髪の小柄な老女が出てきた。腰は多少曲がっているが、足取りはしっかりしている。

「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」

「先ほど、電話予約させていただきました近藤です」

 浅倉は、猪俣に使った偽名をそのまま流用していた。

「ああ、お待ちしておりました。どうぞ」

 老女はスリッパを手で指し、帳場へ戻った。

 浅倉は上がり、帳場へ近づいた。

「ご記帳、お願いします」

 老女は台帳を出した。

 浅倉はページを確かめるふりをしながら、パラパラとめくってみた。金田の名は見当たらない。

 帳簿に名前を記入すると、老女が部屋へ案内してくれた。

 古びた廊下を進む。小さな中庭があり、その先左手の〝蝶の間〟と記された部屋へ入った。

 八畳ほどの畳部屋だった。装備は古い。窓際には広縁があって、小さなテーブルと椅子が二脚置かれている。その窓の先には浜名湖の内浦が広がっていた。

「いい景色ですね」

「うちは、景色だけは昔からお客さんには評判がいいんですよ」

 老女は目尻の皺を深くして微笑み、改めて、女将の棚橋比呂子と名乗った。

「こちらは、何年ぐらいやられてるんですか?」

「先代からだと、もう百年近くになります」

「それはすごい。老舗ですね」

「長く続けていただけとも言えますけどね」

 比呂子は自嘲し、その後、室内装備や風呂の説明をした。

「お夕飯の時間は何時にしましょうか?」

「そうですね。午後六時ごろにしてもらえますか?」

「承知しました」

 比呂子がうなずく。

 浅倉が荷物を置いて腰を下ろすと、比呂子はお茶を入れ始めた。

「今日はお仕事か何かですか?」

「いえ、ただの休暇です。ずいぶん昔に舘山寺へ来たことがあって、久しぶりに行きたいなと来てみたんです」

「そうですか。久しぶりでどうですか?」

「相変わらず、のんびりとしたいいところですね」

「昔ほど、活気がないでしょう?」

 比呂子が言う。

 浅倉は返事をしかねて、苦笑した。

写真:Paylessimages/イメージマート

「いいんですよ、正直に言ってもらっても。昔を知っている方なら、華やかだった頃の街をご存じでしょうから。あ、お客さん、お若いから、もうその頃から静かだったかしら」

 そう言って、小さく笑う。

「昔はね。この街はたくさんのお客さんで通りも歩けないくらいで、大きな宴会がいくつも入ったりしてね。それはまあ、たいそうな賑わいだったんですよ。けど、今はごらんの通り。ここへ来る間にも人がいなかったでしょう?」

「ええ、まあ……」

 浅倉は口ごもりつつもうなずいた。

 駅からタクシーで旅館まで来たが、かつて賑わっていただろう旅館街の通りに並ぶ店の多くはシャッターが下りていて、飲み屋の看板も煤けていて、落ちたまま放置されているものもある。

 人通りはなく、ちょっとしたゴーストタウンを思わせる区画もある。

 現在、再開発が続いていると聞いているが、再整備にはなお時間がかかりそうだった。

「それも仕方のないことです。時が経てば、古いものは消えて、新しいものが栄える。世の理ですから」

「女将さんは、この宿をいつまで続けるつもりなんですか?」

 浅倉は思わず訊いた。

「私の体力が続くまで。それまでに若い人が継いでくれればいいけど、誰も継ぐ人がいなければ、私の代で終わり。百年続いた宿で、常連さんもまだ来て下さるから、続けたいんですけどね。こればかりは、私の気持ちだけじゃどうにもなりません」

 比呂子はお茶を差し出した。

「うちのお風呂はいいお風呂なので、ゆっくりなさってくださいな」

 そう言うと、爪先を立て、スッと立ち上がった。足腰はまだ強いようだった。

 頭を下げ、玄関との間の襖を閉めて、出て行く。

 浅倉は足を伸ばして座椅子にもたれ、お茶を啜った。熱くなく、苦くもなく、するりと飲めるお茶だった。遠方から来た人の喉を潤すにはちょうどいい。きめ細やかなもてなしだった。

「どうするかなあ……」

 浅倉は思わずつぶやいた。

 女将や従業員から何か情報を引き出せればと思っていた。が、女将の細やかな気配りを知ると、この宿の者から何かを聞き出すのは容易でないと感じる。

「まあ、少しゆっくり探るか」

 浅倉はお茶を飲み干すと、衣装盆からタオルと浴衣を取り出し、温泉に行った。


     2


 平間は午後六時から、目黒のライブハウスで始まるハニラバのライブに出かけていた。

 情報はアイリがLINEで教えてくれた。わざわざ連絡が来たからには、出向かないわけにはいかない。

 ライブ会場に行く。看板は出ていない。場所を間違えたのかと思いつつ、階段を降りると、アイリが受付をしていた。

「あー、タクちゃん! 来てくれたんだ!」

 笑顔を見せ、平間の手を両手で握る。

「当たり前だよ。連絡くれたんだから」

「うれしい! 今日はがんばるからね!」

この続きは来週水曜日に掲載! お楽しみに!

矢月 秀作(やづき・しゅうさく)

1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。

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