第2回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,795文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリーです!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
武装をし、時に発砲も辞さないことから、SATに似た組織、SAT─Lightと呼ばれるようになった。
担当事案は、各部署から上がってきた依頼を刑事企画課の担当部署がまとめ、特殊班へ下ろすことになっている。
どの事案に、いつどのように対処するかの判断は、真田に一任されている。
真田は元SATの隊員だった。
優秀な人物だったが、ある立てこもり事案のチーフを任された際、突入後、予期せぬ事態が起こり、部下を死なせてしまった。
その責任を取り、SATを去った。
刑事部の末席でくすぶっていた真田に声をかけたのは、警視庁副総監瀬田登志夫だった。
瀬田は、まだ40になったばかりの真田を眠らせておくのは惜しいと、SAT─Lightの設立に尽力した。
真田は当初渋ったが、何もせずにいるよりはいいと思い直し、トップの任を受諾した。
仕事は、瀬田からの説明通り、特殊部隊と一般の刑事部が扱う事案との中間のようなものが多かった。
カジノや裏風俗店への着手支援、一般人の身辺保護など。今回のリリイの件も、生活安全課ストーカー対策室からの要請を請け、対象女性の保護に出向いたものだった。
「ボス、単純な話でないというのはどういうことですか?」
長身の男が訊く。
浅倉圭吾、28歳の巡査部長だ。常に冷静で判断も的確で速く、頼りになる部下だった。
「ヤツが〝僕が守る〟と怒鳴り続けていたのが気になってな。詳しく訊いてみたんだ。すると、売春の話が出てきた」
「売春? あの子が売春をしていたというんですか?」
女性が目を丸くする。
彼女は八木沢芽衣。浅倉と同じく巡査部長で、今年25歳になったばかりだ。細身だが格闘技の心得があり、巨漢を前にしても怯まない胆力も持ち合わせている。
「そんなふうには見えませんでしたけど」
「妄想を口にしてんじゃないですか?」
小柄な男が言った。
平間秋介、27歳になる巡査だ。鍛え上げられた肉体は、凶悪犯を制する時に大いなる力を発揮する。
3人とも、特殊班へ異動する前は、機動捜査隊に所属していた。人員の選定は、瀬田と刑事部長が行なった。
「俺もそう思ったんだがな。生安に問い合わせてみると、坂井が言うように、彼女が所属する運営会社には、管理売春の噂が立っていた」
「噂ですか」
浅倉が真田を見る。
「噂だ。一応、生安の方で調べているらしいが、今のところ、管理売春を行なっている証拠は出てきていない」
「じゃあ、やっぱりヤツの妄想か」
平間が言う。真田が平間に顔を向けた。
「ストーカー事案の場合、疑似恋愛から独占欲に発展し、妄想を引き起こすことが多い。しかし、坂井の妄想は、当初は典型的なストーカー思考であったものの、それが売春組織という突飛なものに移行している。そこがどうしても気になる」
「どうしても、ということは?」
芽衣が訊くと、真田がうなずいた。
「この件、少し我々で調べることになった。よろしく頼む」
真田は全員を見渡した。
2
ツキノカガヤクヨルのマネージメントをしていたのは、フィールライクアッププロジェクトという会社だった。
SNSでは、頭文字を取ったFLUP(フラップ)と呼ばれている。
フラップには、5つのグループがあった。2人組のユニットもあれば、10人組の大所帯もある。
多くの地下アイドルグループは、各グループが個別で運営し、マネージメント会社と業務委託契約を結ぶという形態を取ることが多い。が、フラップはすべてのグループを会社に所属させ、直接マネージメントをしていた。
形態的には、普通の芸能事務所となる。
フラップ所属のグループで、突出して売れているグループはない。メンバー個人の中にも売れっ子は見当たらず、ファンミーティングや物販で細々としのいでいるのが実情だ。
社長は金田牧郎という男性だった。会社概要に名前は記されているが、年齢や経歴は一切公表されていない。
ファンの間では、実在しないのではとの憶測も飛び交っている。
ただ、生活安全部の調べでは、金田牧郎は実在している。
年齢は62歳。40代後半までは、メジャーレーベルのレコード会社でプロデューサーをしていた。
退職後に独立し、業務委託を請け負う音楽制作事務所を設立するものの、3年で倒産。廃業後、数年間は行方が知れなかったが、5年前にフラップを立ち上げ、現在に至っている。
一時は、金田が帰ってきたと、業界内で噂になったが、表舞台に出てこないのを知ると、次第にその存在自体が気にされなくなった。
金田がフラップを立ち上げた時のインタビュー記事がある。
挿し込んである写真には、穏やかな表情をした白髪の壮年紳士が写っていた。
金田は記事の中で、こう語っている。
『夢を抱いて華やかな世界を目指す人は数多いるも、夢を叶えられるのは本当にごく一部しかいない。けど、彼ら彼女らが抱いた夢を夢のままで終わらせるのはしのびない。そんな人たちに、長い人生におけるひと時の夢の舞台を用意してあげたい』
つまり、スター未満のパフォーマーに一瞬の輝きの場を用意してあげたいという話だ。
金田はその理由を、自分がメジャーレーベルにいた時、どう見ても芽がないのに、それでも夢にしがみついて人生の大事な時間を無駄にする若者たちを数多く見てきたからだ、と語っている。
ある意味、慈善事業みたいなものでもあるが、別の意味では残酷な話だ。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。