第6回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,887文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリーです!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
今は取締役に就任しているが、論功行賞のようなもので、現場にはまったく関わらない立場となっている。
かつての大物も、今や閑職に甘んじ、退け時を待つだけだった。
それだけに、過去の華々しい実績を遺そうと、訊かれもしないことまで冗舌に語っていた。
浅倉と芽衣は、時折合いの手を入れ、気分良く語らせた。
このインタビュー記事は、JBタイムスの文化欄に掲載されることになっている。本物の記者が、この長い話をかいつまんで、それなりの記事にしてくれるだろう。
芽衣がカメラを向けると、意識的にレンズを見ないようにしているものの、やや顎が上がり、横顔には湧き出る喜びと自負が滲み出していた。
あっという間に、予定の1時間を超えようとしていた。
「──こんな感じだが、どうかな?」
猪俣は語り終え、満足げな笑みを滲ませた。
「十分です。本当にありがとうございました」
芽衣が頭を下げ、ICレコーダーを取る。録音を止めるふりをして、そのままカバンの中に入れた。
浅倉も広げていたノートを閉じ、カバンにしまう。
「ああ、そうだ。猪俣さん、一つお伺いしてもよろしいですか?」
浅倉はさも今思い出したように訊いた。
「なんでもどうぞ」
機嫌がよくなっている猪俣は笑顔を崩さない。
「80年代のシティポップのプロデューサーといえば、猪俣さんと双璧を成していた金田牧郎さんがいらっしゃいましたね」
金田の名前を出したとたん、笑みが消えた。
「金田さんにもインタビューしたいと思って、連絡先を探したんですが、見当たらなくて。猪俣さん、ご存じないですか?」
「知らん」
不愛想に答える。先ほどまでの声のトーンとはずいぶんな違いだ。
芽衣が口を開く。
「金田さんもこちらの会社でプロデュースをしていましたよね。どんな方だったか、どのような仕事ぶりだったか、少しでもお話しいただければ」
「金田のことなんぞ知らん」
「今、タイでは、広崎みのりさんの『シティライトエッジ』がひそかなブームとなっています。猪俣さんのプロデュース曲が火をつけたシティポップの再評価が、金田さんや他の80年代のプロデュース曲にも波及しようとしています。あの時代に風を巻き起こした方々にどうしてもお話を伺いたいんです。私たち若い世代に響く話もあるでしょうから」
芽衣が食い下がる。
「あんな愚か者の話に響くものなんてありはしない」
猪俣が吐き捨てた。
「愚か者とは?」
浅倉が問い返す。
猪俣は口を滑らせ、渋い顔を浮かべた。
「金田さん、何かしでかしたんですか?」
浅倉がさらに突っ込んだ。
猪俣は腕組みをしてうつむき、小さく唸った。
「一応、デスクから、猪俣さんを中心とした80年代の音楽プロデューサーの話をできるだけ集めてこいと言われているんです。私たちとしては、猪俣さんと金田さんにはぜひとも話を伺いたいと思っていました。しかし、問題があるのなら、功労者として祭り上げるわけにもいきません。事情をお聞かせいただいて、金田さんに問題があるとなれば、今回の特集記事は猪俣さん単体にしたいと思うのですが」
浅倉が言う。
猪俣の目が輝いた。〝単体〟という言葉が利いたようだ。
「そういう事情なら、仕方ないね」
猪俣は腕組みを解いて、脚を組み直した。コーヒーを一口飲んで息をつく。
「金田は確かに、僕と共に80年代のシティポップを作り上げたプロデューサーだった。僕とあいつは、切磋琢磨して、次々と新人もヒット曲も生み出した。先行したのは僕だったが、いずれ金田に抜かれるんだろうなと思ったくらいだよ」
「猪俣さんがですか?」
芽衣が訊く。
「ああ。僕はどちらかというと、ヒットメーカーとより売れるモノを作る側だったんだが、あいつはいいセンスをしてるというか、無名の新人を拾い上げて伸ばすのが得意だった。当時は売れなかったが、今もまだ活躍しているアーティストの中には、金田が最初に拾い上げたやつらも多い。正直、あの才能には嫉妬したよ」
猪俣が苦笑する。
「だが、先取りしすぎて、伸び悩む者も多かった。会社は、僕の稼ぎを金田に回して新人や無名アーティストの育成に回した。金田の手がけたアーティストが時々スマッシュヒットを放っていたからね。ただそれも、シティポップ全盛の時代のみ。レコードがCDに移り変わって、会社自体が斜陽していくと共に、僕のやり方は重宝されたものの、金田のやり方は煙たがられた」
「利益を吸い上げるからですね?」
浅倉の話に、猪俣がうなずく。
「金田は食い下がったよ。売り上げが減ってきた時代だからこそ、新しいアーティストを発掘しなければならないと。その通りだ。あいつは間違っていなかった。しかし、当時はレコード盤の衰退とともに、レコード会社自体が消えてしまうのではないかと危惧していた役員も多くてね。さらに、銀行から派遣された役員も締め付けを図って、新人育成の枠は細っていった。どうにも我慢ならなかった金田は、経理部の女性と結託して、架空領収で決済を切り、資金を捻出し始めたんだ」
「横領ですか!」
浅倉が目を見開く。
「私文書偽造、詐欺にも問われますね」
芽衣が加える。
「どのくらいの被害額だったんですか?」
浅倉が訊いた。
「7億円だ」
その金額に、2人は目を丸くした。
「そんな事件があったんですか。しかし、報道されていた記憶がありませんね。私たちが生まれる前の話だったんですか?」
芽衣が訊く。
「いや、報道はされなかった。事件化しなかったんだよ」
「揉み消したということですか?」
浅倉が猪俣を見やる。
「ここだけの話にしてもらいたい」
猪俣は浅倉を強く見返した。
この続きは来週水曜日に掲載! お楽しみに!
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。