第13回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,612文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリーです。
地下アイドルの闇に迫る潜入捜査が始まり…⁉
第2章に突入、毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
アイリは何度も手を握って振る。
そこに、ライチとキノピが入ってきた。二人は一瞬、平間たちの様子を見て、顔をひきつらせたが、すぐに笑みを覗かせた。
「こんばんは、タクさん」
ライチが言い、アイリに目を向ける。
アイリは平間から手を離した。
「ライチさんとキノピさんも来てくれてありがとう!」
二人に両手を伸ばす。二人は申し訳程度にアイリの手を握った。
会計を済ませて、三人で中へ入る。
相変わらず、会場は閑散としていた。
平間がいつものように真ん中あたりの席に座ると、ライチとキノピが近づいてきた。
「あの、タクさん……」
ライチがおずおずと声をかけてきた。
「こないだは、その……」
キノピと顔を見合わせる。
アイリの売春の話だろう。平間は笑顔を見せた。
「気にしてないよ。ありがとう」
平間が言うと、二人はほっとしたように表情を緩めた。
「タクさん、今日のライブは楽しいよ」
「いつもと違うんですか?」
「見てればわかる」
キノピは言い、最前列に座って、ペンライトを用意し始めた。ライチもにやりとして、キノピの横に陣取る。
その日は見事に、他に客は入ってこなくて、平間たち三人だけでライブが始まった。
平間も仕方なく立ち上がり、アイリだけを見つめて懸命にペンライトを振った。
カラオケとマイクの音量が、いつもより大きかった。メンバーのパフォーマンスもいつもより気合が入っているというか、舞台狭しと歌い踊っていた。
またその日は、途中休憩がなかった。当然、スーツを着た客たちも入ってこないまま、ライブを終えた。
ライブ後は、いつもの物販が行なわれた。
平間はアイリに張りついた。ライチもミミに張りついている。キノピは、他のメンバーをぐるぐると回っていた。
チェキを撮るとき、アイリに話しかけてみた。
「今日は休憩なかったね」
「シークレットだからね。実は、シークレットは事務所を通してないんだ」
アイリが小声で言う。
「それ、大丈夫なの?」
平間が訊いた。
「ホントはダメ。けど、たまには私たちも全力でライブしたいから」
アイリは言い、続けた。
「タクさん、時間ある?」
「ああ、大丈夫だけど」
「ごはん、食べにいかない?」
「えっ! いいの!」
アイリの方を向く。顔が近くて、唇が触れそうになった。あわてて顔を離す。
と、アイリは少し艶を帯びた笑みを覗かせた。
「かわいいな、タクさん」
「やめてくれよ……」
平間は戸惑ったような笑みを返した。
「すぐに片づけ終わるから、ここ出て右手にあるビールバーで待ってて。すぐに行くから。二人には内緒にしてね」
ライチとキノピをちらっと見やる。
「わかった」
平間がうなずくと、アイリが離れた。
ライチたちもメンバーとの交流を終えて、会場を出て行く。平間は荷物を持って、二人に続いた。
「お疲れさんです」
キノピは頬を紅潮させていた。
「タクさん、今日はよかったでしょう」
ライチが訊いてきた。
「ええ、びっくりしました。いつもより歌も踊りも迫力があって」
「シークレットはいつもこうなんですよ」
ライチが話す。
「これがあるから、ハニラバはやめられないんです」
キノピは笑顔で興奮気味に続けた。
「シークレットは僕らのような本推しじゃないと教えてもらえないんです。タクさん、こんなに早く認められるなんて、すごいですよ」
ライチが語った。
「他のグループのシークレットも、こんな感じなんですかね?」
平間が訊いてみた。キノピが答える。
「僕もライチさんも、他のグループは知らないんだけど、メンバーが推しだけを呼んでシークレットライブをするというのは聞いたことがないから、ハニラバだけかもしれないですね」
「こういうところも推せるんだよね、このグループ」
ライチがニタニタと頬を緩ませる。
「じゃあ、僕はちょっと野暮用があるんで」
そう言い、ライチは右手を上げ、足早に去っていった。
「なんか元気ですね、ライチさん」
平間が弾むように歩くライチの背中を見送る。キノピが身を寄せてきた。
「ここだけの話なんだけどさ。実は、ライチさん、これからミミさんとデートなんですよ」
「えっ? ライチさん、ミミさんと付き合っているんですか?」
キノピを見る。キノピは顔を横に振った。
「ハニラバのファンサ。いつも物販買い込んでるでしょ。あれが一定の金額を超えると、メンバーがデートしてくれるんですよ」
「そんなシステムがあったんですか」
「それもシークレットなんだけどね。タクさんも誘われたでしょ、アイリちゃんに」
じっと平間を見つめる。平間はどう返事したものか迷い、戸惑った。
すると、キノピは笑った。
「いいんですよ、隠さなくても。僕もこれから、メンバーとデートなんです。ミミちゃんとアイリちゃんを除いた三人と」
「マジですか!」
目を丸くすると、キノピは強くうなずいた。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。