第16回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作 

文字数 2,860文字

累計100万部超の大人気シリーズ「もぐら」でおなじみの矢月秀作さんがtreeで「SATーlight(警視庁特殊班)」を好評連載中!

SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。

地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちは……⁉


毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!

《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》


真田一徹  40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。


浅倉圭吾  28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)


八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。


平間秋介  27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。

「いつものライブは全力じゃないの?」

「うん。曲もマイクの音量も小さいでしょ? 私たちは歌って踊っていればいいんだってさ」

 アイリはグッとビールを飲んだ。

「誰がそんなことを……」

「誰ってわけじゃないんだけどね」

 言葉を濁して、ウインナーをつまむ。

 平間は話を変えた。

「そういえば、ライチさんたちが言ってたんだけど。シークレットの後、僕らと食事するのは、その……お金を出したファンへのサービスだって。本当ですか?」

 おどおどと聞く。

「それもほんと」

 アイリはさらっと認めた。

「私たち、人気ないでしょ。うちの事務所、お客さんが一人でもライブさせてくれるんだけどね。さすがにゼロが続くと、解散させられるんだ。過激なファッションで人気を集めてるところもあるけど、そういうのはしたくなないって。で、メンバーでどうしようかと話し合って、シークレットとそのあとの食事をしようということになったの。最初は、ライチさんとキノピさんに、私たち五人で食事してたんだけど、よりがっちり推しをつかむには、個別デートの方がいいって話になって」

「それで、ミミさんはライチさんとデートしているんですか?」

「そう。ライチさんは初期の頃から私たちに落としてくれてるからね。あ、落とすって言い方はいやらしいね」

 悪びれたふうもなく笑う。

「でも、タクさんは違うよ」

「えっ」

 平間がアイリを見た。アイリはじっと平間の目を見つめていた。

「タクさんが落としたお金は、ライチさんやキノピさんには全然届いてない」

「じゃあ、なんで今日、誘ってくれたんですか……」

「私の大事な人だから」

 瞳を潤ませる。

 アイリが何を考えているのか、もう一つつかめない。

 本当に彼氏のような存在にしたいのか。色香で自分推しのファンをつなぎとめようとしているのか。

 あるいは、この後の営みで、さらに平間から金を搾り取ろうとしているのか──。

 いずれにせよ、このままアイリの懐に飛び込んでいくしかない。

「大事な人って、その……」

 顔を赤くして、顔を伏せる。

「好きに取ってくれていいよ。たとえば、私の恋人って意味でも」

 アイリが言う。

 平間は顔を上げて、アイリを見やる。そしてまた、うつむく。

「からかわないでください……」

「真っ赤じゃん、タクさん。ほんと、かわいい」

 アイリは体を傾け、平間に肩をくっつけた。

「けど、ほんとにそうなってもいいよ」

 小声で言い、平間の顔を覗き込む。

 平間はアイリを見つめた。

 と、アイリは上体を起こして、ジョッキを取った。

「今日は飲みに付き合ってね」

 そう言い、また飲み始める。

 平間は緊張が解けたようなふうを装い、大きく息を吐いて、ビールを飲んだ。

     


 真田は部下の報告に目を通し、状況を精査していた。

 平間の潜入は順調に進んでいる。金田の捜索に向かった浅倉の調査は難航しそうだ。

 芽衣が江木葉子から聞いて顔を出したという<S&G>と谷はじめというマスターについて、調べてみた。

 谷はじめという名前では、何も出てこなかった。特に店のSNSをやっているわけでもなく、単にS&Gの店長として、名前が出てくるだけだった。

 芽衣は、谷はじめと写真を撮っていた。

 そのデータで、真田は試しに顔認証をかけてみた。

 すると、おもしろいデータが出てきた。

 ほとんどは、店を訪れた者が記念にと一緒に撮った写真ばかりだったが、過去画像と思われるものが出てきた。

 二、三十代の頃のものと思われる写真には髭はなく、少しふっくらとした顔つきで、頭髪も軽いオールバックにまとめている。

 名前は谷原一となっていた。

 ずいぶんと顔立ちは変わっていたが、大きな目や筋の通った高い鼻には、谷はじめを思わせる面影がある。

 谷原一は、俳優や歌手、タレントとして活動する傍ら、芸能プロダクションも経営していた。

 しかし、どれもパッとせず、四十代前半でプロダクションを畳み、芸能界から去ったようだった。

 谷原が芸能界を去る間際、ちょっとしたスキャンダル記事が、雑誌を賑わわせていた。

 谷原の経営するプロダクションに所属しているタレントが、枕営業をさせられているのではないかという疑惑だ。

 何人かの元所属タレントの証言は得られたものの、それ以上の事件には発展せず、ただの一ゴシップ記事として、その件は自然消滅していった。

 真田はその情報が気になり、出かけていた。

 訪れたのは、渋谷区桜丘町にあるマンションだった。

 古びたマンションだがしっかりとした造りで、周りに新築ビルが建ち並ぶ中、重厚な存在感を放っているデザイナーズマンションだった。

 エレベーターで五階建てマンションの最上階に上がる。薄暗い廊下を奥へ進み、最奥の部屋のドアの前で立ち止まる。

 宝屋という表札が掲げられている。

 インターホンを押した。やや間があって、相手が出た。

 ──何の用ですか?

 嗄れた男の声がした。

「ちょっと聞きたいことがある」

 真田は答えた。

 インターホンが切れた。真田が待っていると、ロックの外れる音がした。蝶番が音を立て、ドアが少し開く。

 背の高いひょろりとした男が顔を覗かせた。白髪交じりの頭髪をきちんと整え、ワイシャツにスラックスと、在宅でも身だしなみに気をつかっている。

「いいか?」

 玄関を見やる。

「どうぞ」

 宝屋はドアを開いた。

 真田は中に入った。玄関には靴はない。奥へ延びる廊下は大理石様の板張りで、隅々には塵一つ落ちていない。

この続きは来週水曜日に掲載! お楽しみに!

矢月 秀作(やづき・しゅうさく)

1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。

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