第5回 SATーlight 警視庁特殊班 /矢月秀作
文字数 2,706文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く、「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリーです!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
スカートスーツに身を包んだ女は、広崎みのりだった。
なるほど、休憩中の仕切りはあの女がやるというわけか。
スタジオ内を見るふりをして、スーツ姿の男たちの顔を目に焼き付けた。
4
浅倉と芽衣はスーツを着ていた。2人とも、大きなビジネスバッグを肩に提げ、眼鏡をかけている。
2人が入ったのは、丸の内にあるピクシーレコードの本社ビルだった。
1階エントランスにある総合受付に歩み寄る。
「すみません」
浅倉が声をかけた。
受付の女性が顔を上げ、笑みを向けた。
「JBタイムスの近藤です。ピクシーレコードの猪俣さんと午後2時に約束しているのですが」
「少々お待ちください」
女性が受話器を取り、内線電話をかける。
2人はもう1人の女性に愛想笑いをしながら、連絡がつくのを待っていた。
浅倉たちは、まず、金田と広崎みのりの経歴を調べるようにした。
金田とみのりがどういう経過を経て、独立からフラップの立ち上げに至ったか、そのきっかけを知りたいと思ったからだ。
それには、2人が共に在籍していたピクシーレコード時代の様子を知ることが必要で、共通する事柄でもあったので、ジャーナリストに扮して、話を聞くことにした。
JBタイムスは外資系の中堅メディアで、海外に日本のエンターテインメント事情を知らせることで定評のある報道機関だ。
真田を通じてJBタイムスの幹部に話をし、捜査協力をしてもらった。
浅倉と芽衣は、首からは臨時発行してもらったJBタイムスの社員証を提げていた。
浅倉は近藤学、芽衣は橋本美紀という名前で社員証を作ってもらっていた。
受付の女性が電話を切った。
「近藤様」
呼ばれて、カウンターに近づく。
「直接25階まで来てほしいとのことでした。ゲスト用の入館証を発行いたしますので、こちらにご記入ください」
ボードを出され、浅倉は会社名と名前を記入する。
浅倉の記入を確認し、受付の女性はカードの入館証を2枚出した。
「そちらのゲートから中へお入りください。エレベーターにタッチパネルがありますので、そこに入館証をかざしてください。この入館証では、25階以外の階には行けませんので、お気をつけください」
「承知しました」
浅倉は会釈してカードを受け取り、1枚を芽衣に渡した。
ゲートを潜り、エレベーターホールへ向かう。ボタンを押してエレベータを待ち、乗り込んだ。
タッチパネルにカードをかざすと、25階のボタンだけが点灯した。
「ずいぶん、セキュリティーが堅いですね」
芽衣が言う。
「近頃はどこもこんな感じだな。仕方ないことなんだろうけど」
階のボタンを押し、ドアを閉める。音もなく、箱が上がっていく。
1分もかからず25階についた。エレベーターを降りるとエントランスの先にガラスの開き戸があった。社名が書かれている。
ドアを抜けて、受付で声をかけた。受付の女性はすぐに猪俣につないだ。少しして、壁の向こうのオフィスから、猪俣が現われた。
「近藤さんですか?」
口ひげを蓄え、丸い眼鏡をかけた黒いジーンズにワイシャツというラフな格好をした、小柄で細身の壮年男性が姿を見せた。
「猪俣さんですね。お忙しいところ、お時間いただいて、ありがとうございます」
浅倉が頭を下げる。芽衣も会釈をした。
「コーヒー飲まれますか?」
猪俣が訊く。
「どうぞ、おかまいなく」
「いえいえ、遠慮せず」
猪俣が微笑む。
「では、いただきます」
浅倉が答え、「私も」と芽衣が続けた。
「あとで、応接ルームにコーヒーを3つ持ってきて」
猪俣は受付の女性に注げると、「こちらへ」
と壁の裏に招いた。
浅倉と芽衣はついていった。
オープンフロアには、いくつもの楕円形のテーブルが並んでいた。そこで、ノートパソコンを広げて作業している社員や打ち合わせをしている社員たちがいた。
猪俣は左側へ進んでいく。左側のスペースは壁で仕切られていて、そこから先には録音スタジオやミキシングルームなどがある。
猪俣は壁の手前にある応接ルームに入った。ここも壁で仕切られている。イスとテーブルしかない簡素なスペースだが、インタビューや話し合いには10分だった。
浅倉と芽衣は、即席で作った名刺を出し、猪俣と名刺交換をした。腰を下ろすと、女性社員がコーヒーを3つ運んできた。
紙コップに入れたコーヒーをそれぞれの前に置き、部屋を出てドアを閉める。
「どうぞ」
猪俣が勧める。2人はコーヒーを一口啜った。一息ついて、浅倉が口を開いた。
「では、さっそくなんですが、いろいろとお話を伺わせていただきます」
猪俣は笑みを濃くした。
「録音させていただいてもよろしいですか」
芽衣が言うと、猪俣はうなずいた。
ICレコーダーを出してRECボタンを押し、テーブルの上に置く。
猪俣には、最近国内外で流行っている80年代シティポップの検証と当時の作製苦労話などを聞く予定だった。
猪俣雄章は、1980年代を代表する音楽プロデューサーだった。当時の売れっ子作詞家、作曲家や、シンガーソングライターと組んで、次々とヒット曲を飛ばした。
猪俣は、朝倉や芽衣が一つ質問すると、当時のことを自慢げに滔々と語った。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。