第3回 SATーlight 警視庁特殊班 /矢月秀作
文字数 2,582文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く、「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリーです!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
フラップに所属する、もしくはフラップの舞台に立つということは、将来、売れる芽はないと言われているようなものだから。
それでも、一度でいいから、一瞬でいいから、華やかな舞台に立ちたいという女の子たちが、フラップの門を叩いた。
初めは、ただ若者たちに舞台を用意するだけの試みだったが、スター未満の子たちの応募は絶えず、またそうした日陰のアイドルが好きなファンもまあまあ多くて、地下界隈ではメジャーな存在となっていった。
金田は、設立して1年くらいはちょこちょこと雑誌やネットの番組など、メディアに顔を出していた。
が、徐々に露出を減らし、新型コロナウイルスの蔓延で、街から人が消えたと同時に、金田も姿を消した。
真田たちは、資料を読み込み、顔を上げた。
「金田という人は、まだ運営に携わっているんでしょうかね?」
浅倉が疑問を口にする。
「この資料だけではわからんな」
真田はモニターを見つめた。
「今、表立って動いているのは、この広崎みのりという女性のようですね」
芽衣が言った。
「金田プロデュースでメジャーデビューしたものの鳴かず飛ばずで引退ねえ。その後は、飲み屋で働いて、金田の声かけでフラップに就職。金田とはずいぶん深い付き合いのようだな」
平間はモニターに表示した広崎みのりの写真を見ながら言う。
広崎みのりは、清楚な奥様風の女性だった。若い頃から清楚感は変わらないが、アイドルというには地味な印象が拭えない。
「でも、広崎さんを右腕に付けることで、フラップの興行はまあまあうまくいっているようですね」
芽衣が言う。
みのりが働いていたスナックには、みのりの経歴もあってか、業界人もよく来ていたようだった。
しかし、集まる業界人はくすぶっている人も多かったようで、ライブを開く際、そうした知り合いに声をかけ、音響や照明、衣装作製などを安く上げている。
「資金はどこから出ているんでしょうね?」
浅倉が言う。
「自社の小屋を持っているわけでもないのに、年間200日以上、興行を打っていますし、各グループも新曲を発表していますし。物販と握手会程度では赤字だと思いますが」
そう続けた。
「税務申告では赤字になってますね。決算書の公示はしていないので、中身はわかりませんけど」
芽衣はモニター内のファイルをスクロールしながら言った。
「その補填に売春か」
平間は腕組みをして、うなずく。
「まだ、わからん。とりあえず、浅倉は金田牧郎、八木沢は広崎みのりの周辺を探ってみてくれ」
「承知しました」
浅倉と芽衣が同時に返事をする。
「ボス、俺は?」
「おまえはフラップ主催のライブを回って、客から情報を取ってこい」
「オタクになれってことですか!」
全力で渋る顔を見せる。
「おまえが一番適任だ」
「そりゃ、見た目でしょ。ひでえな」
平間がため息をつく。浅倉と芽衣は笑っていた。2人を睨む。
「客の情報は一番のネックになる。おまえしかできる者はいない。頼むぞ」
真田がまっすぐ平間を見つめた。
「まあ、確かに俺しかいませんね。しょうがない、やりますよ」
平間は少しにやけて、立ち上がった。
「じゃあ、俺はさっそく潜る準備してきます」
そう言い、部屋を出る。
姿が見えなくなると、芽衣が口を開いた。
「相変わらず、単純」
「そこが平間のいいところでもある」
真田はドアの方に目を向け、微笑んだ。
「では、僕らも」
浅倉が立ち上がる。芽衣も立ち上がって、真田に一礼し、それぞれ部屋を出た。
「もう一度、坂井に話を聞いてみるか」
真田も席を立って、部屋を出た。
3
平間はジーンズにジャケット、スニーカーにリュックという姿で、吉祥寺の駅前商店街をうろついていた。
今日の午後5時から、フラップ所属のグループのライブが、近くのライブハウスで開催される。
近くを通りかかり、それとなくライブハウスの入口を見る。客が入っていく様子はない。
「大丈夫か……?」
目いっぱい華やかに飾ったライブ告知看板の前を通行人が過ぎていく。
あまりの素通りっぷりに、見ているだけで少々気の毒になった。
20分ほど待って、ようやく一人の男が入っていった。30歳くらいの長身の男だ。猫背で、大きなリュックを背負っていた。グループのファンだろう。
さらにそれから5分ほどして、小柄な男が入っていった。もう40は越えているような眼鏡をかけた老け顔の男だ。これも長袖Tシャツにジーンズ履きで、大きなリュックを背負っている風体なので、ファンと思われた。
それからまた、ぴたりと人の出入りが止まる。開演10分前。平間は監視をやめて、自分も中へ入っていった。
地下への狭い階段を下りると、狭いエントランスに台が置かれていた。若い女の子が台の奥に立っていて、平間に笑顔を向けた。
「ライブですか?」
トーンの高い、甘ったるい声で訊いてくる。
「はい……」
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。