第9回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作 

文字数 2,802文字

累計100万部超の大人気シリーズ「もぐら」でおなじみの矢月秀作さん「SATーlight(警視庁特殊班)」がtreeで連載中!

SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリーです!

毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!

《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》


真田一徹  40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。


浅倉圭吾  28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)


八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。


平間秋介  27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。

「で、みのりさんについて、何が聞きたいの?」

「江木さんのお店で働いていた時のことについてです。どういうきっかけで、江木さんのお店で働くことになったんですか?」

 芽衣が訊く。

「常連さんの知り合いだったのよ。働きたいって子がいるから雇ってくれないかって」

「みのりさんの経歴は知ってました?」

「少しね。紹介してくれた人が業界の人だったんで」

「何という人ですか?」

「浜岡さんという人。音楽スタジオのオーナーさんだった人よ」

 葉子はすらすらと答える。

「お店ではどんな感じでしたか?」

「人気はあったわよ。売れてなかったとはいえ、本物の芸能人だしね。愛想もいいし、きれいだし、歌もうまいし。彼女関係の業界の人も来てくれるようになったし、彼女目当ての常連さんも増えたし」

 葉子は当時を思い出すように語った。

「金田牧郎さんという音楽プロデューサーの方が来たことはありませんか?」

「何度か来たわね。ピクシーレコードの時代から彼女を支援していたそうだけど、詳しくは知らないわね。店に来ても、特別、みのりちゃんと話し込むなんて様子もなかったし。ただ、ずいぶんと親しい関係だったのは見ててわかったわ」

「親しい関係とは、男女の関係ですか?」

 芽衣が突っ込む。

 と、葉子はふっと笑って、顔を横に振った。

「色恋はなし。お父さんと娘さんみたいな感じね。娘さんを心配そうに見つめているお父さんといった感じ。みのりさんは、お父さんを振り回している娘」

「なるほど」

 芽衣はうなずき、紅茶を少し飲んだ。

「江木さん、ちょっとご気分を害するかもしれない質問をさせてもらってもよろしいですか?」

「売春のことかしら」

 葉子はまっすぐ芽衣を見つめる。

「私は不起訴になりましたけど」

 微笑んでいるが、目は笑っていない。

「江木さんのことではないんです。みのりさんなんですが、彼女が売春をしていた、もしくは斡旋していたような感じはありませんでしたか?」

「さあ。あくまでも、彼女はうちの従業員だっただけで、それ以上のことは知らないわ。訊きもしないし」

 先ほどまでの口調とは違い、言葉の端々がとげとげしい。

「あの子を調べているというわけ?」

 微笑みながら睨みつける。

 どう答えたものか、一瞬思案したが、ごまかしても仕方のない空気感だ。

「そうです」

 芽衣はまっすぐ葉子を見て言った。

 と、葉子はソーサーを取った。カップを持ち上げ、紅茶を一口飲んで、ふうっと大きく息をつく。

「あの子は、簡単に売春したり、斡旋したりするような子じゃないよ。身持ちは固いし、業界にいたわりには擦れていないし。まあ、その固さというか真面目さが、あの子が売れなかった原因でもあるんだろうけどねえ」

 カップを太腿に載せたソーサーに置く。

「ただ、あの子の周りの男たちはタチが悪かったね。店の売り上げになるから愛想は使っていたけど、正直、あまり来てほしくない客だったね」

「金田さんのことですか?」

「あの男は違う。さっきも言った通り、父親さ。他の、あの子の周りにいた業界人とやらよ。浜岡さんもその1人。うちの常連ではあったけど、やたら自慢話が多くて、そのくせ、たいした仕事はしてなくて。私がなぜ、あの人たちが嫌いか、わかる?」

「いえ……」

 芽衣は正直に顔を横に振った。

「お金に汚いの」

 葉子がまっすぐ芽衣を見つめ、話を続ける。

「みんながみんな、そうじゃないのは知ってる。でもね、仕方ないところはあるの。一つの曲を出すには、作詞作曲、演奏者、音響の専門家、ジャケット、プロモーター。いろんな人が関わるけど、総予算は決まっていて、そこからの配分になる。でも、みんなに均等というわけじゃなく、著名な作家や演奏者に頼めば、その人たちが多く持っていくことになる。そこはみんな納得よね。けど、残りは奪い合い。相手を貶めたり、結託して仲間内の取り分を増やそうとしたり。うちの店でも、笑顔で話しながら腹の探り合いをしている様子を何度となく見たわ。それが本当に嫌でね。みのりさんがいた頃は、売り上げはよかったけど、楽しくはなかったわね」

「みのりさんもそういう人だということですか?」

 訊くと、葉子は顔を横に振った。

「彼女は純粋に歌いたかっただけの子だと思う。けど、周りに腐ったものがあれば、徐々に浸食されてしまう。私が売春斡旋を疑われた時も、うちの店にそういう人が出入りしていたからなの。嫌な感じはしたけど、夜の街で生きるには、そういう人たちともつかず離れずで付き合わなきゃならない。気になりながらも、お店への出入りは許してたんだけどね。ホステスの何人かは、その毒にやられてしまったわ。お金は魅力的な毒だから」

 そう話し、ため息をつく。

「みのりさんの周りで、毒と感じたのはどなたですか?」

 芽衣が訊ねる。

 葉子は紅茶を飲み、少し目線を上に投げ、考えていた。

「浜岡さんとその周り」

 葉子は芽衣を見て答えた。そして、言葉を続けた。

「あの子が、みのりさんがもし、彼らに取り込まれているなら、助けてあげてほしい。お願いします」

 そう言い、頭を小さく下げる。

 芽衣は強く首を縦に振った。


 


 浅倉は金田の行方を捜していた。

 金田の住民票は、東京都中野区中野にあった。持ちマンションのようだった。訪ねてみたが、そこにはいない。管理している不動産会社に訊いてみると、売りに出されているようだった。

この続きは来週水曜日に掲載! お楽しみに!

矢月 秀作(やづき・しゅうさく)

1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。

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