第7回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,671文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
「心得ました」
浅倉と芽衣は強く首肯した。
猪俣は一息ついて、話を続けた。
「架空領収は正規取引のように整えて、監査を通した。その代わり、経理を担当していた女性社員は解雇、金田は制作現場から外され、社史編纂室行きとなった。その1週間後、女性社員は自殺した。その女性社員の名前は、広崎かなえ」
「広崎……! ひょっとして」
浅倉の言葉に猪俣はうなずいた。
「広崎みのりの姉だ」
猪俣が語気鋭く言い放った。
「金田は妹を売り出すために力を貸してほしいと広崎かなえに持ち掛けた。かなえも妹のためならと手を貸した。実際、横領した金はみのりに使われていた。しかし、君たちも歌を聴けばわかったと思うが、女性の低いハスキーボイスが受ける時代ではなくなった。彼女は才能はあるが、時代が彼女を必要としなくなった。残酷な現実だね」
猪俣がため息をつく。
「かなえが自殺したことで、金田はみのりを放り出すわけにはいかなくなった。そして、会社を辞め、みのりのための事務所を作ったんだが、うまくいかずに倒産。みのりも一緒に姿を消した。業界を去った後、みのりがスナックで働いていたことは、風の噂で知っていた。だが、金田はどこにいるのか、何をしているのか、さっぱりわからなかった。そのまま消えていればよかったんだが、数年前、フラップを立ち上げて、また業界に戻ってきた。一時期、少しだけ話題に上ったものの、すぐにメディアへの露出はなくなった」
「ここだけの話ですが」
浅倉は一つ挟んで続けた。
「それは、露出がなくなったのではなく、ピクシーが圧力をかけたということではないんですか?」
訊くと、猪俣はふっと小さく笑った。
「こちらが圧力をかけなくても、フラップからスターが出ることもなければ、フラップ自体が続けられるとは思えない」
「なぜですか?」
芽衣が訊いた。
猪俣はやおら顔を向け、言った。
「僕らはもう、昭和の亡霊だからね」
そう言って浮かべた笑みは、侘しかった。
5
メンバーは一度、SAT-lightの本部に戻り、真田を交えて情報を突き合わせた。
「会場に来ていた客が、サポとかP案件という言葉を使っていました。調べてみると、いわゆるパパ活用語で、肉体関係のある援助ということらしいですね」
平間が話す。
「つまり、パフォーマーは、スーツ姿の男たちに値踏みされて買われているということ?」
芽衣が平間を見た。
「言葉をそのまま受け取ると、そうなるね」
平間が返す。
「そんなに堂々と売春をさせているということか?」
浅倉が疑問を口にした。
「堂々とではあるけど、売春させているかというと微妙なところだな。ライブ後、少し表で様子を見ていたんだが、スーツの男の1人がパフォーマーの1人とホテルへ消えた。ただ、金銭授受の確認が取れなければ、自由恋愛で押し切られる。一応、メンバーの年齢も調べてみたが、未成年はいなかったからな」
「それなんだがな」
真田が口を開いた。
「坂井の話によると、金銭授受は受付で行なわれているらしい」
「受付? どこのです?」
平間が訊く。
「ライブ会場の受付だ。休憩があって、そこでスーツの男たちが入ってきたと言っていただろう。そこは別会計なのかもしれん」
真田が言う。
浅倉が口を開いた。
「可能性はありますね。受付で会計処理をすれば、直接女性との金銭のやり取りはないし、取り損ねることもない。女性側も客も管理できる。摘発されても、女の子とデートする特別チケットだと主張されて、その後のことはわからないと言われれば、立件も難しくなる」
「考えましたね」
芽衣は険しい表情でつぶやいた。
「まだ推定に過ぎんが、システムとしてはあり得る。ただ、どこから売春の受付につながるのかがわからんから、そこを探ってほしい」
真田が言う。全員が首肯する。
「浅倉たちが持って帰ってきたネタも興味深いな」
平間が言った。
「金田と広崎みのりの関係に、そういう事情があったのは驚きだったわ」
芽衣が言う。
浅倉たちの報告を受け、真田は広崎かなえの件についての報告書を所轄から取り寄せていた。
それによると、広崎かなえは自宅マンションの屋上から飛び降りて自殺をしていた。部屋には遺書があった。
かなえは、横領はすべて個人の判断で行なったこと。妹をどうしても売り出してあげたくて、横領した金を金田に回し、みのりの売り出しに充ててもらっていた。それは金田も知らないことで、みのりや金田に迷惑をかけて申し訳ない。そう記していた。
猪俣の証言では、金田がかなえに指示をして横領させたという流れだったが、かなえの遺書では金田もみのりも関わりがないということになっている。
どちらが真実なのかは確かめてみなければならないが、いずれにせよ、金田とみのりの関係に姉かなえが深く関わっていることは間違いないようだ。
「金田の行方はわからんか?」
真田が訊く。
「一応、僕と八木沢で調べてみたんですが、復帰後、一時期メディアに露出してからは表に出てきていませんね」
浅倉の話に、芽衣がうなずく。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。