第14回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作 

文字数 2,722文字

累計100万部超の大人気シリーズ「もぐら」でおなじみの矢月秀作さんがtreeで「SATーlight(警視庁特殊班)」を好評連載中!

SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。

第2章に突入!地下アイドルの闇に迫るSATメンバー!


毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!

《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》


真田一徹  40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。


浅倉圭吾  28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)


八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。


平間秋介  27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。

「僕は箱推しだから、全員とまんべんなく。これまではアイリちゃんも一緒だったけど、これからアイリちゃんは、タクさんの専属になりますね」

「専属とか……。あの、ちょっとへんなこと聞きますけど。デートって、その……」

 平間は言いにくそうに顔を伏せる。

 と、キノピは顔を寄せて、小声でつぶやいた。

「あるかもですよ」

 平間は顔を上げた。

 キノピは上体を起こして笑った。

「冗談です。僕もライチさんも、食事してちょっと飲んで話して帰るだけです」

「そうですか」

 平間は安堵したような表情を覗かせた。

「彼女たちにとって、僕らは推しであると同時に男友達みたいな感覚のようです。ほんと、くだらない話をして、さよならですから。深い話もしませんよ。これも彼女たちの営業なのかもしれませんけど、僕にとっては最高のファンサなんで、うれしいです。ただ、デートだから、もしもはあるかもですね。それはそれでいいと思うんだけど、僕は推しは推しのままでいてほしいので、あまり深入りしないようにしてます」

 キノピは話し、腕時計を見た。

「あ、行かなきゃ。じゃあまた、ライブで会いましょう」

 笑顔を見せ、平間の前から去っていった。

 キノピを見送る。本当に何もないのかと勘繰ったが、キノピの話しぶりを見た限りでは、本当にただのファンサービスのようでもある。

 とりあえず、どんなものか試してみるか。

 平間はアイリから指定されたビールバーに向かった。


     3


 芽衣はフォークギターを入れたソフトケースを抱えて、新宿にあるバーを訪れた。

 <S&G>という老舗のバーで、店内にはカウンターとボックス席が五つある、そこそこの広さのバーだ。

 江木葉子から、浜岡がよく出入りしている店だと聞き、寄ってみた。

 一番奥のボックス席に中年の男二人と若い女性が一人いる。十五人ほど座れる長いカウンターには、カップルらしき男女や独り飲みをしている中年男性がぽつりぽつりといた。

 芽衣はカウンターの端に座り、壁にギターを立てかけた。

 口ひげを蓄えたマスターが近づいてきた。

「いらっしゃいませ。何にいたしますか?」

「ジンライムください」

「かしこまりました」

 マスターはうなずき、氷を砕き始めた。

 落ち着いた雰囲気の店だった。客の話し声も静かで、BGMがよく聞こえる。

「お待たせしました」

 マスターがグラスを差し出した。大きな氷がグラスの真ん中に浮かび、ほんのり緑色の液体の中にカットしたライムが浮かんでいる。

 芽衣はグラスを取り、一口含んだ。ライムの甘酸っぱい味とジンの爽やかな刺激が口の中に溶けていく。

 こくりと飲み干すと、ライムの香りがスッと鼻に抜け、喉元が熱くなった。

 程よくかき混ぜていて、ジンとライムの味がしっかりと感じられながらも分離していない、丁寧に作られたカクテルだった。

 ふうっと一息ついて、BGMに耳を傾ける。

「あ、これ、聴いたことある」

 芽衣がつぶやくと、マスターは棚からCDケースを取って、芽衣の前に来た。

「これですよ」

 差し出す。

 サイモン&ガーファンクルのベストアルバムだった。

「二曲目のミセスロビンソンです」

「ここ、CDで音楽流しているんですか?」

「有線の時もありますけど、その時々の気分やお客様の顔ぶれを見て、CDをかけることもあります。うちは初めてですね?」

 マスターが訊いてきた。

「はい。通りかかって、雰囲気よさそうなんで、寄らせてもらいました」

「音楽やってるんですか?」

 マスターがちらっとギターケースを見た。

「やってる……と言いたいところなんですけど、ダテギターみたいなものです」

 芽衣は苦笑いをして、ジンライムを少し含んだ。

「弾くんでしょう?」

「弾きたいと思って買ったんですけど、Fコードで断念してます」

「なぜ、持ち歩いているんです?」

「なんか、かっこいいなと思って。私、歌手になりたくて、仕事を辞めて上京してきたんですけど、何度か受けたオーディションは簡単に落とされるし、レッスンとか通いたいけどお金もないし。地元では歌ウマで通ってたんですけど、甘くないですね。なら、シンガーソングライターだと思って、ギター弾こうと思ったんですけど、これもなかなか難しくて……。気分だけでもミュージシャンぽくしたくて、ギター持ち歩いてます」

 芽衣は仕込んできた背景をすらすらと話した。

「おもしろい方ですね」

 マスターが微笑む。

「そうですか? 私はちっともおもしろくないんですけど」

 ジンライムを呷った。飲み干して大きく息をつく。

「もう一杯ください」

「失礼しました。お待ちください」

 そう言い、また少し奥に引っ込んだ。

 二杯目を待つふりをしながら、もう一度、店内を見回す。浜岡の姿はない。

 浜岡の顔は、事前に彼のSNSで確認してきている。口と顎に薄いひげを生やして、べっ甲縁の眼鏡をかけたギョロ目の男だ。小柄だが、そのインパクトのある顔を見れば、一目でわかる。

 マスターが二杯目を差し出すと同時に、名刺を出してきた。

 谷はじめという名前だった。

「店長の谷です。今後ともごひいきに」

 そう言って、微笑む。

この続きは来週水曜日に掲載! お楽しみに!

矢月 秀作(やづき・しゅうさく)

1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。

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