第11回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作 

文字数 2,412文字

累計100万部超の大人気シリーズ「もぐら」でおなじみの矢月秀作さんがtreeで「SATーlight(警視庁特殊班)」を好評連載中!

SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。

毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!

《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》


真田一徹  40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。


浅倉圭吾  28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)


八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。


平間秋介  27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。

「チェキ撮ろう!」

 平間が言う。

「いいの?」

「もちろん!」

「やった!」

 アイリは長テーブルを回り込んで、会場に出てきた。

 会場の端に行って、2人で腕を組む。男性スタッフがカメラを構える。

「今日は3枚いこうかな」

「いいの、3枚も!」

 アイリが目を丸くする。

「もっと撮りたいけど、給料前で」

 平間が苦笑する。

 カードサイズのインスタント写真は1枚千円。飲み代を考えれば、そこまで高いものでもないが、毎回となると出費はかさむ。

「無理しなくていいよ」

「無理はしてないから、大丈夫」

 平間は笑って見せた。

「じゃあ、サービス!」

 アイリは平間の右腕に両腕を抱き、胸の谷間で腕を包んだ。生温かく柔らかい感触が、服の上からも伝わってくる。

 平間は照れたような顔を見せつつ、アイリに少し身を寄せた。すると、2枚目からは頬も寄せてきた。香水と化粧と若い女の子の甘酸っぱい匂いが混ざり合い、得も言われぬ空気に包まれる。

 推し活は色恋ではないというが、自分好みの女の子から息づかいがわかるほど密着されては、別の好意を抱いてしまう者もいるだろう。

 アイリは3枚目のチェキを撮る際、頬にキスをするふりをしてつぶやいた。

「チェキにID書いとくから」

 驚いて振り向こうとする平間の顔を、アイリは自分の頬で押さえつけた。

 撮影したチェキを持って、長テーブルに戻っていく。カラーペンで一言書くのが通例だ。

 アイリは表と裏に、メッセージとサインを書き、平間に渡した。

「今日もありがとう!」

 そう言い、もう一度、平間の手をぎゅっと握った。

写真/アフロ

 物販が終わり、外に出る。他の男性ファン2人も出てきた。

「タクさん、お疲れさんです」

 小太り眼鏡の男が話しかけてくる。ライチという名前で呼ばれている。

「お疲れです。今日もよかったですねえ」

 言うと、もう1人の細身の男が口を開いた。キノピと呼ばれている男だ。

「アイリちゃんのヤプーのソロ、よかったよねー」

 ヤプーというのはライブで歌った2曲目の曲名だった。

「ほんと、よかったです。最高でした」

「タクさんはアイリちゃん推しだもんね」

 ライチが笑う。

「ライチさん推しのミミちゃんも、パフォーマンス上がってますよね」

「わかる? 成長してるよねー。フラップ初の武道館もあるかも」

 ライチは楽しそうに言う。

 それはない……と思いつつも、テンションを合わせた。

 3人で駅へ向かって歩きながら話していた。

「けどさあ。やっぱ、武道館に行くには、あれが問題になるんじゃない?」

 キノピが声を潜める。

「サポ?」

 ライチが訊いた。キノピがうなずく。

「だよねー」

 ライチは大きなため息をついた。

「あの、それ、こないだ来てた人も言ってたんですけど、ほんとにハニラバのメンバーがサポとかやってるんですか?」

 平間が訊いてみた。

 ライチとキノピは顔を見合わせた。キノピが平間を見やる。

「僕としては信じたくないんだけど、いつも休憩で入ってくるヤツらいるでしょ。あの一人と、その……」

 言いにくそうに、キノピはライチの方を見た。ライチが続きを話す。

「あくまでも、未確認情報なんだけどね。あのスーツの1人とアイリちゃんが、その……ホテルに……」

「そんなことないです! 絶対!」

 平間は眉を吊り上げた。

「聞いた話だから。ごめんごめん。絶対ないよね」

 ライチはあわてて打ち消した。

「まあでも、そうした噂が立つだけで、今の世の中、いろいろ難しくなるよね」

 キノピが言って、立ち止まった。

「あー、僕、ちょっと寄るところあるから」

 言うと、ライチもキノピに寄った。

「僕も用事があるんだ。タクさん、またね」

 ライチは笑みを作り、キノピと共にそそくさと平間の前から立ち去った。

 平間は2人を見送って、駅へ歩き出した。

 2人の様子で、アイリが男とホテルに入ったのを目撃したのは、他の誰でもなく、キノピかライチ、もしくは二人同時に、といったところなのだろう。

「何も、俺に言うことはないだろうに……」

 優しさで言ったのかもしれないが、平間が本当にアイリ推しなら、いらぬ世話だ。

「しかし、いい情報をもらったな」

 平間はにやりとして、ポケットに入れたアイリとのチェキを取り出した。

 チェキに書かれている文字を見てみる。2枚目の写真にLINEIDが記されていた。

「ちょっと掘り下げてみるか」

 平間は、写真の中で笑顔を見せるアイリを見つめた。

この続きは来週水曜日に掲載! お楽しみに!

矢月 秀作(やづき・しゅうさく)

1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。

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